第9話 ライ

 古くから魔法に秀でた一族であるトランド侯爵家。そもそも図書室にはかなりの蔵書があるが魔法に関連する書籍は、これを目当てに訪れる客人もいる程で、王都の図書館にも引けを取らない。


 妖精のことを調べてみようと、今日は図書室にこもっている。何を調べているか知られる訳にはいかないので、ケイトにはしばらく集中したいから放っておいてと言った。さすがに下手な言い訳かと思ったのに「ようやく、やる気になられたのですね」と目を潤ませたケイトの姿に、『ようやく』という言葉に引っ掛かりながらも罪悪感を感じていた。

 妖精の出没がいつまで続くか分からないが、王立学園への入学までには決着をつけなければ。もし学園で遭遇したとしたら周りに不自然に思われないように振る舞える自信がなかった。


 魔法の書架が並ぶコーナーに向かう。そもそも妖精がどの分類に入るのすから不透明だったが、我が屋で一番を誇るの魔法分野から調べてみようと思っていた。

 だが目の前にずらりと並ぶ蔵書を前に、私の心は早くも挫折しかけていた。思っていた以上に数が多い……。

 

 気を取り直して一番端の本をぱらぱらと開いた。この辺りのものは既に勉強していて目新しさがない。

 うーん。家庭教師の先生からは今まで妖精の話なんて聞いたことがなかったしなぁ。

 それでも次々と本を開いていく。この書架はもうないかぁ。次の書架に移りあれこれ読んでいると、その中の一冊に挿絵が載っていた。


 あっ、妖精!?


 そこには当時の国王と妖精が並び描かれていた。でも、この本はファティマ国創生期の話が書かれたもののはず。なんでこんな本に妖精が書かれているんだろ。

 私はその本を抱えると、急いで窓辺のソファに移動した。


 なになに。

 どうやら古より国と妖精は一体であり、妖精の加護によって繁栄し続けているとのことらしい。

 確かに妖精やらノームの話なら子供の頃に読んだ絵本にもあった。だけど何ていうか、そういう妖精は国と一体っていう感じじゃなかった。

 国王と妖精。それが並び描かれる意味って何だろう。今一つはっきりとしない。


 私は目を閉じて、こめかみを強く押し込んだ。

 ふぅ。もう少しだけ続きを読むかと目を開けた。


「しーーーーーっ」


 ???

 事実を受け入れるのを私の頭は拒否していた。

 何せ目の前の見開きのページの上には、あの妖精が座っていたのだから。


 妖精は自分の唇の前に人差し指を立てて、静かにと合図しているようだ。

 私は出し損ねた声を飲み込み、こくこくと頷いた。


「叫ぶのは禁止。どう?」

「……いや、だってそれは……」

「僕の名前は、ライ。君はマリーだよね」


 ライと名乗る妖精はパタパタと羽を動かして、さらに距離を詰めてこようとした。


「ちっ、近っ」

「あっ、ごめんね。じゃ、このまま座ってるから」


 ちょこんと座り直した妖精ライ。

 何だか、可愛い? いやいや、そんな場合じゃなかった。


「それじゃ、改めまして、マリー」

「あの……どうして、私の名前を知ってるんでしょうか」

「だってヴィーの妹でしょ?」


 ん? なぜ、ここでお兄様の愛称が?

 というか、それ答えになっていないのでは……。

 目の前の妖精の返事に思考が追いついていかない。


「えぇっと、そのヴィーというのは兄のヴィンセントのことでしょうか……もしそうなら、私が妹のマリアンヌですが」


 妖精というのは、貴族事情に精通しているものなのだろうか。

 よく分からないけれど、私の手持ちの情報だけで答えは出せそうになかった。


「マリアンヌでマリーね。じゃ、マリーよろしく」


 こてんと首を倒してにっこり笑ったライの態度には、あざとさしか感じられない。

 相手からどう見られるか、相手にどう見せるか、それらを常に意識している者。

 何となくそんな感じがした。

 妖精なのにそんな必要があるのかと不思議に思う。


 やめ、やめ。考えるのはやめよう!

 そう思ったら、何だか凄くすっきりした。もう、いいや。


「まぁ、100歩譲って、マリーって呼んでも構いません」

「いいね。そういう気安い感じ」

「それで、ライさんでしたっけ?」

「さんはいらないよ。はいやり直し」


 ライはくすくす笑った。


「……めんどくさっ。わかりました。ライって呼べばいいんですね。それでライは妖精なの?」

「それねぇ。うーん、なんだと思う?」

「私が聞いてるんですけど。それに、なんで私につきまとってるの?」

「なんでだと思う?」

「……だから、聞いてるのは私です!」


 再びくすくす笑ったライは、顎に手を当てて黙り込んだ。


「そうだなぁ。これは提案なんだけど、しばらく僕と一緒に行動してみない?」

「は?」

「僕がストランド邸に来たら、マリーと一緒に居させてくれればいいよ。うん。いいね、そうしよう」

「いや、それは嫌っていうか、迷惑っていうか……」


「誰にも気づいてもらえなくて……僕はずっと寂しくて。だからマリーと話すの、すっごく楽しいんだけどなぁ」

 

 上目遣いのライ。……あざとい。あざといのではあるのだが……。


「……もぅ、わかりました! でも、私室への立ち入りは禁止!」

「はははっ。手厳しいな。あっ、もうこんな時間か。じゃ、よろしく」


 大笑いしたライは、こちらの事などお構いなしに、言いたいことだけ言って、すーーっと消えてしまった。


 はて、いまの会話は一体何だったんだろう。

 ライが座っていた場所を眺めた。そこには、もう妖精の姿はない。夢ではないかと、自分の頬をつねってみたが、ただ痛いだけだった。

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