第8話 誰でもではないらしい
王妃様主催のお茶会かぁ。懐かしい。
10年前の回想を終えた私はソファーにもたれたまま、目の前でしゃべり続けているケイトをぼんやりと眺めていた。
ここ10年、妖精を見ることはおろか妖精の話を聞かれることもなかった。秘密にしようという決意は何だったのかと思うほどに。ところがひと月ほど前、突如あの妖精は現れた。
その日私は侯爵邸の庭園の一角に作ってもらった私専用スペースで、花の手入れをしていた。ふわふわと漂う何かを見つけて自然とそれを目で追った。するとその何かが止まった。
パタパタパタ。
優雅に羽ばたくその姿……。
過去の記憶が見事にフラッシュバックした私はパッと目をそらした。恐る恐る視線を戻して様子を窺う。ん? こちらに近寄って来ようとしてる? 私は咄嗟に近くで作業をしていた庭師のヨゼフを呼んだ。
「ヨゼフ」
「どうしました、マリーお嬢様」
呼んでみたものの、その先の事までは考えてなかった。
「えっと」
ヨゼフは言葉に詰まった私に柔らかい笑みを浮かべて言った。
「そろそろ春向けのお花を植えましょうか」
白いお鬚をたくわえたヨゼフは、今ではすっかり好々爺になったが、かなり凄腕の庭師だったりする。彼の育てたこの侯爵邸の薔薇は国内の品評会で優勝したことがあるのだ。
「お嬢様はご領地に群生している白い花を覚えておいでですか。これから植えるのであれば、あれなどいかがですかな」
「領地に群生……。あっ、北の森にも咲いてた花ね。素敵!」
あの森の泉の周りにも、たくさん咲いていたっけ。そういえばアーサー様とはあそこで初めて会ったんだったわ。
ふふ。お元気かしら。今度お手紙を書いてみよう。
「それではご領地から苗を取り寄せましょう」
「うん、お願い」
それから鬼の形相をしたケイトが呼びに来るまでヨゼフと話し込んでいた私は、妖精のことなどすっかり忘れていた。
だがこの日を境に妖精は頻繁に現れるようになった。ダンスのお稽古の最中にフロアをふわふわと漂っていたり、外国語のお勉強中に窓の外からじっとこちらを窺っていたり。
はっきり言うと私は疲れ切っていた。お茶会の件は伏せておくにしても、誰かに相談してみるのもいいかもしれない。
お兄様はどうかしら。でもお兄様は理論派だから、もしかしたらお茶会の件まで探られるかもしれない。やっぱりお兄様は止めておこう。
じゃ、ケイト。ケイトにしよう。
でもここで疑問が浮かんだ。
そういえば私以外に妖精目撃の話を聞かないのはなぜだろう。
まさかとは思うけど、みんなには見えていないとか? でもお茶会の時は王妃様もコレット様も見えていたのに。
……もしかして誰でも見えるわけじゃない!?
今更の事実に愕然とする。これうっかり相談していたら病院送り、はたまた領地で静養なんて羽目に陥っていたんじゃ。危うくこの春からの学園生活を棒に振るところだった。とは言えそうなると、一人でこの状況を乗り切るしかないってことだよね。せめて妖精が話しかけてこなければ何とかなりそうなんだけどなぁ。
そう。昨夜あろうことか妖精は私に向かって声を発したのだ。
『ねぇ、見えてるよね』
「……さま……お嬢様! 聞いてらっしゃいますか」
「見えてません!」
しまった。やってしまった。
両手を腰に当てて仁王立ちのケイトが呆れたように私を見下ろしている。
「……何が見えてないのですか。まったく最近のお嬢様ときたら一体どうされたのですか。いい加減しっかりして頂かないと、3ヶ月後には王立学園にご入学なのですよ」
「そっ、そうですね……」
「はぁぁぁ」
これは早いところ何とかしないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます