第3話 気になる妖精

「お嬢様、起きてください。お嬢様。お嬢様! ヴィンセント様とご一緒に朝食を召し上がれなくても知りませんよ」


 翌朝、イケメン妖精への地味な抵抗に疲れて眠りこけていた私に、ケイトの容赦のない声が響いた。

 そうだった。今日は珍しくお兄様もいらっしゃるんだった。 

 

「もっと早く起こしてくれればいいのに」

「随分前から声をおかけしております」

「……ごめんなさい」


 あたふたと支度する私にケイトの冷たい視線がささる。

 それでも何とか間に合わせて食堂に向かった。


「おはようございます」


 良かった。お兄様、いらっしゃる。


「おはよう、マリー。どうやら何事もなかったようだね」


 お兄様ったら、心配そうに眉根を寄せている顔も渋くて素敵。

 ん? 待って。お兄様から何事もなかったと言われる覚えは……。 

 まさか昨夜の絶叫を聞いていらしたのだろうか。振り返ってケイトの顔を見ると、ふいと逸らされてしまった。やられた……ケイトめ。


 このファティマ王国で建国以来続いている名門ストランド侯爵家の長女として生まれた私、マリアンヌ・ストランド。14歳。この春、待ちに待った王立学園に入学する。

 家族からはマリーの愛称で呼ばれ、可愛がられている。貴族の中には、政略結婚のせいか、家族関係が希薄なところも少なくないと聞く。うちみたいなところは稀なのだろうか。でも親友のソフィーのところも家族仲が良かったような。

 まぁ、王立学園に入学したら色々見えてくることもあるだろう。うんうん。勝手に納得した私は、無駄にキラキラした笑顔を向けるお兄様の隣の席に急いで座った。


 今朝のお兄様はサラサラとした濃紺の髪を肩口あたりで、ゆるりと纏められている。一般的には冷たい印象を与えると言われる灰色の瞳だが、それが甘いお顔をちょっと引き締め男の色気を醸し出していると、貴族令嬢達から騒がれている。

 5歳年上のお兄様、ヴィンセント・ストランド。ストランド侯爵家の跡取りであり、王立学園卒業後、同学年だったラインハルト王子の側近として執務室に詰めているお兄様は、いわゆる優良物件だそうだ。ただお兄様は私には甘々なので、ぴりっとしている姿が想像しにくい。本当にちゃんとやっているのだろうか。

 ともかくお兄様は、妹の私から見てもイケメンだし、魔法ばかりか剣の腕も優秀だと思う。願わくば、素敵なお姉さまとなる方をお迎えして欲しい……。

 

 私は口をもぐもぐさせながら、お兄様の横顔をちらりと見た。それに気が付いたお兄様が小声で話しかけてきた。


「またケイトを困らせたんだってね。最近、ケイトのため息がすごいって評判になっているよ」

「うっ」

「何かあるのなら言って。僕が相談に乗るよ」


 叱るでもなく片目をつぶって、ふわりとした笑顔を向けたお兄様に、思わず食べていたパンが喉に詰まりそうになる。


 ゴホゴホ。


「マリー大丈夫!?」


 お兄様は慌てて私の背中を撫でてくれる。

 実の兄とは言え、朝から全開のイケメンオーラは心臓に悪い。


 食事の最中、お父様とお母様から入学の準備の事で色々と助言をもらった。

 一応、真剣な顔で聞いておいたけれど、まぁ、お兄様という前例があるわけだし、詳しいお話はお兄様に聞けばいいかなと思っている。

 そもそも今日頑張って起きたのも、お兄様に学園のお話を聞くつもりだったからだ。


 というわけで朝食後、お兄様のお部屋に突撃したのだが、お父様とお話しされているとのことで、仕方なく部屋に戻った。

 ソファーに直行した私はクッションをかかえると、背中を預けて沈み込んだ。

 そんな私にケイトは、休む間なんて与えないぞとばかり、今日の予定をしゃべり出した。

 

(あれはいったい何なんだろう)


 ケイトの話はまったく耳に入ってこなかった。

 そう、昨夜の妖精のことが気になってしょうがなかったのだ。

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