第2話 見えてるよね
「ぎゃーーーーーーーーーっ」
私の口から発せられたその声は、これが淑女かというような絶叫だった。
間もなく王立学院に入学する年齢だとはいっても、まだまだ自分は少女だと思っていた。だからこそ、可憐な「きゃーーっ」という、か細い声が出るものだと信じていたのに……。
あまりに逞しい絶叫に自分で自分に驚いてしまい心臓がバクバクしている。
少し落ち着こうと胸に手を当てようとした瞬間、水差しが床に落ちた。
ガシャン。
派手な音がして、中の水が床に広がっていく。
そう言えば水を飲もうとしていたんだった……。どうするのよ、これ。呆然とその光景を眺めていると、バタバタと足音がして勢いよく扉が開かれた。
「お嬢様! マリーお嬢様!」
私をお嬢様と呼ぶ声が扉から入ってきた。お仕着せ姿の彼女、私の専属侍女であるケイトだ。
ケイトは私が幼少の頃からの侍女で年も近い。そのせいもあって、私はケイトを友達のように思っている。彼女の方はどう思っているのか……。確かにケイトは私に対して話す際、敬語を崩したりしないが、それは彼女が職務に忠実だから。それでも多少なりと気安く接してくれていることを思うと、手のかかる妹ぐらいには考えていてくれないかなぁ、という願望を抱いている。
「お嬢様! どうされました。お怪我はございませんか」
ケイトの言葉に我に返った私は、慌てて水差しを指した。
「ちょっと変な夢を見て水を飲もうと思ったんだけど、落としてしまって……ごめんね、ケイト」
「お怪我はないんですね。マリー様」
ケイトはちょっと安心したような、それでいて呆れたような表情を浮かべている。
「うっ、うん。大丈夫」
「まったく変な時間に目が覚めたものですね。いつもなら、いくら声をおかけしても起きないのに」
チクリと嫌味を言いながらケイトはさっさと水差しを拾い上げ、こぼれた水をふき取っていく。
実に有能な侍女である。
彼女が片付けている間、私はちらちらと辺りを見回した。
どうやら妖精の姿は消えたみたいだ。取り敢えず危機は脱したかしらね。
「何事もなくてよかったです」
いつの間にか片付け終わったケイトは優しいまなざしを私に向けたが、時計を確認すると直ぐに眉をひそめた。
「まだ朝までには時間がございますから、もう少し横になってくださいませ。それではお休みなさいませ」
ケイトはそれだけ言うと、すたすたと扉に向かって歩いていく。
「ケイトぉ……」
私はケイトの後ろ姿に手を伸ばし小さく呼びかけてみたが、無情にもドアはパタンと閉まった。
再び一人きりになった部屋は思った以上に静かだった。これじゃ羽音がしたら直ぐにわかるじゃない。今日はこれ以上あの妖精に煩わされたくなかった。
こんな時はケイトの言う通り寝るに限るわね。私はそそくさとベッドに潜りこむと、ランプの明かりが消えるように思い浮かべた。
途端に薄暗くなった室内で、私はあっという間に眠りについた。
マリアンヌ嬢の規則的な寝息が聞こえてくる。
(ったく、顔は可愛いのになんて叫び声だ……)
このサイズの時にあの大音量はまずいだろ。俺は軽く耳を押さえて小さく声を出してみる。
うん。大丈夫そうだ。
(それにしてもあの反応、やはり俺の姿が見えているみたいだし声も聞こえているようだね)
俺はパタパタと羽ばたきしながら顎に手をあてた。
ここのところずっと探っていたが、今日マリアンヌ嬢が俺を認識していることに確信が持てた。
しかしなぜ彼女が……。妖精の姿が見えるのはコレットだけの筈じゃなかったのか。マリアンヌ嬢は、あの時――10年前のお茶会の時から見えていたのだろうか。それなら何故その時に言わなかったのか。
(まだ分からないことばかりだな)
俺はヴィーへの報告は先延ばしにすると決めた。
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