新手の詐欺2

 退社して帰路で電話してみると、これ幸いとジム見学の予約ができた。

 とっぷりと夜の闇に暮れる東京駅で待つワゴン車に乗り込むと、見学者は他にいないようですぐに発車した。社会人でも嬉しい、夜でも営業中のジムと駅まで結ぶ、無料の送迎バス。運転免許のない菊池には有難い。


「ええ、報奨金については本当ですよ。マイナス一キロにつき、一万円の報奨金がでます。入会金が十万ですから、十キロで元が取れると聞いて、今流行りのジムらしいですね」

 運転手に聞くとこう返ってくる。夜の道ですいすいと進むバス。路線バスとは大違いだ。

「初心者でも大丈夫ですよね」

「はい。私どものジムは、老若男女問わず入会者を拒みません。運動不足の方でも、糖質制限ダイエットに切り替えられます。具合が悪くなっても、気兼ねなく。コロナ対策もバッチリですから万全です」

 聞けば、毎日の消毒のみならず、スタッフ全員にPCR検査も行っているのだという。頻度は隔週一回。やりすぎな気もするが、閉鎖的空間であるジムでは、これが普通なのだろうか。

「そういえばですが、菊池さんは免許、持ってないんですよね」

「ええ、まあ、このご時世、要らないんじゃないかと」

 別に自分が取る必要はないだろう。将来はセミリタイヤして、男性に寄生する気満々なのだ。

「では、教育免許はどうです?」

「えーっと、中学理科持ってます」

「そうですか。なら大丈夫ですね」

 ……大丈夫? 聞いてみると、最初は口を濁しかけたが、すぐに話し始める。

「えっとですね。もしかすると、菊池さん。あなた、報奨金が倍になるコースに入会できると聞いたら、入会します?」

 報奨金が倍! 一キロ当たり、二万円になるというのだ。

 菊池は渡りに船と言った様子で運転手に意気込みを言うまで懇願する。今年の夏までに、十二・三キロは痩せたいのだ。

「おお、すごい。そんなに頑張るんですか? これはありがたい……」

 しばらくして車は止まった。だが、目の前にあるのはジムではなく校門。


「えっと、これってどういう――」

 運転手と共に車を降りた。夜でも校舎の明かりは絶えることを知らない。

「実は、教育現場は人手不足なんですよ。理由? 理由は……『ブラック環境過ぎて、痩せるから』だそうで……菊池さんにはもってこいでしょう」

 嫌な予感がして、そうはさせまいと腕を拘束される。

「菊池さん、逃げなくても! しかし昔取った杵柄というものですね。教育免許が今、功を奏するんですから……大丈夫、残業代は支払えませんが、『報奨金』位は支払いますって。その代わり、痩せるまで、菊池さんを使い倒してあげますからね!」


 運転手は学校長らしい。

 まさかと思って後ろを振り返った。ワゴン車は彼方に消えつつあった。

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