新手の詐欺1

 『え!? たった一か月でマイナス十五キロ!?』


 ひと際異彩を放つ広告。南国風の島を背景にして、中央に寛ぐのはグラビア女優。私、こんなに痩せましたよ!――とでもいうように、ビーチパラソルの下でポーズを決めている。腰をひねってまで、しま模様のビキニを見せびらかしたいらしい。

 どうやら、宣伝文句を見るに減量ジムを謳う広告らしい。コロナ対策として、周囲の窓は少し開けられていて、換気で水着の彼女を煽情的に靡かせる。広告として、そこまでの効果はないだろうに思えた。一人を除いて。


 午前の路線バス。フレックスタイムとはいえ、未だ満席の手すりにつかまる菊池理恵は、腹にあるものをつまんだ。スーツ越しにでも判る、コロナ太りが止まらないのだ。

 三十路に入ろうとしているというのに、ウエストからいつまで経ってもどかないそれは、諦念するほどの脂肪。貫禄の、肉のベルトだ。

 これでは彼氏ができるのは当分先だろう。信号に摑まったらしいバスが減速していって菊池の足がもつれてしまう。周囲に軽く会釈してため息。

 昔はこれくらい耐えられたのになぁ、と。下半身の筋力すら心もとないのだと自覚して、スマホに手を伸ばしてひそかに無音アプリを立ち上げた。レンズを広告チラシに向け、ズームしてみる。

『報奨金システム導入。マイナス一キロでも可!』という吹き出しで、嫌でもにやけてしまう。

 お金、水着。

 今年こそ……

 欲求不満の親指が、無音撮影を許可した。(次話に続く)

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