仕切り直し

仏花

「え、そんなに待たせるの?」

 不謹慎ながら、最初に思ったのはこれだった。


 身内に不幸があった。僕からみると母方の祖母にあたる人だ。

 八十二歳でこの世を去った。

 自分は未だ二十代半ばをぎりぎり保ったくらいの年齢なので、三倍以上もある。人生の大先輩、それも現役だった。


 医者にかかるとき、七十五歳以上であれば一割負担で済むのだが、祖母には常日頃から不労所得がある。三割負担で支払うほど、家賃収入があるためだ。

 よく、リハビリで通ったクリニックで終わり際、

「あれ、どうして金額が三倍になるの。え?」

 と、レジ前で驚かれたくらいだ。


 死因は老衰とされているが昨今の事情を考えるにそれはどうなのだろう、と思う。コロナ禍で家族と話す機会は設けられず、老人ホームも同様にして「見舞いは遠慮してください」とスタッフは言った。今年は、という言葉も忘れない。

 家族だからこそ、今年は、今年は……、と何度も繰り返す。

 謝絶されたように、彼女は独り、ベッドで鳴いた。

 ガラガラヘビのように、寂しく。

 だが、コロナ禍特有の措置で人員削減されており、施設のスタッフに忙殺された。見放され、一人ポツリと過ごしたのだ。


 一か月も。


 手元にあるボタンを押しても、来なかった。

 それだけに、気づくのが遅れてしまった母は今でも後悔している。

 激高した母は発覚後、急いで別の施設に移したもののときすでに遅し。すぐさま危篤になって苦しみながら死んでいった。

 一か月前までは認知症気味でも会話ができていたというのに。例えば、

 昨今のコロナ事情だったり。

 芸能だったり。

 息子のことだったり。


 ――まだ、息子のこと、覚えてる?

 ――ああ、○○でしょ。当り前だよそんなの。

 ぶっきらぼうにしゃべるその顔が、枯れた花のように突然しおれたのだ。

 ベッドの上で、こうして無言を貫くだけで必死になっていって、一月末の日曜に臨終と相成った。


 通夜は一週間後になるという。それを聞いて、冒頭の文に繋がるわけだ。

 昔はドライアイスを敷き詰めた布団のなかに寝かせ、棺を待ったものだ。亡くなった次の、次の日くらいには通夜をして、三日目で出棺。火葬場に行って、帰って告別式……というように慌しくて忙しかった覚えがある。

 だが、現代はもっと忙しい。疫病がはびこっているからか、極力やるなと通達されているのか、それとも単純にマンパワーが足りないのか、小さな骨壺に人ひとり分の人生を収めるように、初七日しょなぬか一日にすべての葬儀を済ませようとしている。

 これでは何のための儀式なのか。

 それも逝ってから、一週間も待たされて。

 物言わぬ身体にも、逝去に自粛を図るつもり? なんと罰当たりな。



 今夜もよく冷えてるね。

 窓を叩く風に乗って、他人事のように夜がいた。

 だから今夜も孤独死の延長戦として闘う、永久凍土のごとき身体にこの水を捧げよう。


 僕は今、眠る祖母の方角に向けたユリの花の前にいる。一リットルペットボトルを花瓶のなかに注ぎ、余った水をラッパ飲みする。

 僕はふた口分だけ、白き花は息を吹き返したように光輝く。

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