思い出
その時は楽しく感じていても、いつかは昔となってセピア色になっていく。脳はそのようになっていると思っていた。
いい思い出も悪い思い出も、運命的な転換点もトラウマもいつかは薄れ、色落ちた静止画へ。ドラマより現実感のない〝
そうして夥しい時間薬に晒されて、慢性的副作用で脳内のアルバムは徐々に劣化、腐り落ちていく――平成になる頃までは、そう思っていた。
昭和から平成へ、平成から令和へと改元されてから、剥がれ落ちる記憶は小型機械に閉じ込められていつでも見られるようになった。明瞭な色彩が細やかな動きを見せ、好きな時間に無制限で追憶することができる。
三か月ほど前、ある動画にハマった。
私の年齢の三分の一ほどしかない未成年の彼女が、ゲーム配信や流行り曲を歌ってみたなどの動画を投稿するチャンネル。年金暮らしの私はすぐにファンになった。
チャンネル登録者数は三十万とやや少なく、再生数は二千程しかなかったが、それでも彼女の幼い声とドジなミスを繰り返し、敵の追手にあと一歩という所で機転を利かせ見事に回避していく。
しゃべりも上手く、立て板に水なゲーム実況者としての一進一退なゲーム進行と、スリリングなアクションの両立……次第に舌を巻く思いが募っていった。
あっという間に時が過ぎていく。楽しいと思える時間が、このチャンネルには詰まっていた……はずだった。
去年の暮れ。
除夜の鐘が鳴る頃に、彼女がこの世を去ったらしい。
私がそれを知ったのはすべてが終わった後。年始から一週間も経つ現在だった。
彼女が所属していた事務所によれば、精神的に参っていたことと恋人のDVを苦に、衝動的に自殺してしまったということ。
本来ならば私が先に逝くべきだったはずなのに、現実とは残酷なものだ。
それよりも――
「ご冥福をお祈りいたします」
「ご冥福をお祈りいたします」
「ご冥福をお祈りいたします」
彼女の最後の投稿動画――『遺作』はともかく、このような哀悼の意を表するコメントの多さたるや、いかほどだろう。
動画再生しなければコメントできない仕様もあって、一気に数はうなぎ登り。急上昇一位を掻っ攫って、四千倍でも一向に届かない再生数の暴力……一方、ファンとの思い出は地の底へ埋もれていった。
「ご冥福をお祈りいたします」
「ご冥福をお祈りいたします」
「ご冥福をお祈りいたします」
見ず知らずの人だかりが、土足で踏み込んでいく。
未成年の自殺だからと置いていくその言葉は、哀悼ではなく単純に壊すだけ。
楽しかった思い出が、希薄になることなく砕かれていく。その現象に、私は我慢ならない。
私たち、ファンとの思い出を穢すな。
けれども、コメントは増えていくばかり……
「ご冥福をお祈りいたします」
「ご冥福をお祈りいたします」
「ご冥福をお祈りいたします」
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