駅のトイレ
くそ、なんてこった。今の時間帯に食あたりかよ。
せっかく緊急事態宣言で早期退勤できたってのに。
家でゆっくりしたかったという願いもむなしく、刻刻と腹痛が迫ってくる。
自宅の最寄り駅まで、まだ十駅もある。駅間距離が短くとも、二十分ほどかかるだろうか。
我慢できるか?――いや、無理せず降りよう。社会的に死ぬのは勘弁願いたい。
いっそ自殺したほうがましだ。
まだ本気を出していない痛みに我慢して次の駅のトイレへ急ぐが、個室が満室だ。くそ、こんなときに空気読めねぇな。
二分だけ我慢したが、何も音沙汰なし。
俺を煽るように、締め切ったドアの向こう側から不快な物体が落ちる音と跳ねる水音。このまま改札を出て外に行ってもいいが、何せ地下鉄だ。東京都内を甘く見たら終わる。俺には土地勘がない……諦めるか。
次だ次。次の駅に行こう。幸い電車なんてものの三分で来る。一分したら次の電車だ。
俺は駆け込み乗車上等で間一髪間に合った。身体に大ダメージを負ったが。
この行為が愚考だと後で分かるのだが、この時の俺は知らない。
次の駅でも降りて、探して、入る――ダメ。
次の駅でも降りて、探して、入る――ダメ。
次の駅でも降りて、探して、入る――ダメ。
ああ、もうだめだ……もう持たない。次がラストチャンスだぞ……。
腹痛が最高潮になってきて、ようやく電車の速度が落ちていく。
普段なら些細な負荷、今は多大な負荷だ。身体を急がせて席を立つ。ホームに身を降ろす。
自分でもわかる。完全にくの字に折れ曲がっている。気にしないことにした。
あともう少しだ! 行ける……! これでまたトイレが満員だったら……いや、そんなことは考えるな! 神は俺を見捨てない!
男性トイレが見えて、中に入った。
歓喜にふるえそうになった。一つだけ空いている!
気が緩みそうになると同時に駆け込み、ドアを閉めた。
ふぅー、危ない、危ない。コロナなのになんでこんなに混んで――ん?
便座を下ろすとき、ポスターが見えた。最初の文字を読むと、
『不要不急の大便は自粛願います!』
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