第二章 二、桃だれ焼き肉で出演者を募ってみました ー 司祭②

 夕食を終えて外に出ると、若い者たちが炭や焼き網の用意をしていた。

 普段は砦で見ない狼人や虎人の姿もある。その中に旧知の顔を見つけて、ジョウナスは歩み寄った。

「ソンミンさん、トールさん、よく来てくださいました。ご助力いただきありがとうございます」

 虎人と狼人の長たちが揃ってこちらを振り向いた。

 白く丸い耳のソンミンは、東方の血を感じさせる褐色の肌をしているが、完全に獣になったときは、神々しいまでに美しい白虎だ。もう百歳を遙かに超えているはずなのに、未だに矍鑠としている。

 それに対してトールのほうはずっと若い。ふっさりとした黒い尾に精悍な顔つきをしている。いつもむっつりと口を引き結んでいるので気難しいと思われがちだが、一人娘のニーナにはめろめろな父親であることをローヴがぼやきまじりに洩らしたことがある。どうやらローヴを婿養子に迎えて、次代の長にしようという目論見があるらしい。

 当野天才狼少女はテルの第二夫人の座以外に興味はないそうだ。

「ローヴなんていやでございますです。…馬鹿だし」

 身も蓋もない。

 幼女にばっさり斬り捨てられたローヴは、「うむ。もっともだ」と重々しくうなずいて、ヘイワンやイツキに惘れられた。

「ジョウナスさん、我らも砦の方々にはお世話になっとるからのう。なあ、トールや」

「そうだ。狼も虎も竜も、もちろん人間も。この地に住まうものは皆、持ちつ持たれつ、お互いがなくては生きていけぬ。故に砦に力を貸すのは助力とは言わないで欲しい」

 白虎と黒狼の力強い言葉に、ジョウナスは目頭が熱くなる。砦に「あちら」がめりこんで五百余年。貧しかった土地でなんとか生きてきた人々が、ようやく明日の食事を心配せずにくらせるようになったのだ。この人々を、この暮らしを何としてでも守らなければならない。

「ああ、ヘイワンの奥さんと子どもも来てますな」

 丸太を担ぐヘイワンの尻尾を一人の子が小さな手で掴み、さらにその尻尾を次のこが掴み、という要領で四人の子どもが数珠つなぎになっている。なんともほほえましい光景だった。野菜の笊を運びながらクスクス笑って見ている華奢な女性が、ヘイワンの愛妻メイリンだ。何度か砦を訪れたことがある。

「父親の手伝いをすると言って無理矢理ついてきたが、あれでは手伝っているのか邪魔しているのかわからんのう」

 惘れるソンミンの言葉に華やかな声が重なった。

「子虎ちゃんたち、こっちにいらっしゃい。桃のお菓子があるわよー」

 くるりん。

 子どもたちは現金なもので、一斉に回れ右してクリスタの方へわっと駆け寄る。

「すまん、クリスタ」

 子虎に取り囲まれて笑顔のクリスタに、ヘイワンが片手で拝んで頭を下げると彼女は悪戯っぽく笑って固めを瞑ってみせた。

 石で組まれた長い長い竃が六列。丸太を椅子代わりにし、所々に肉を盛った木の盆や切った野菜を盛った竹笊がのった小さな卓が配置されている。大きな瓶が三つ搬入され、そこにはハナ特製のたれが注がれた。

 そうこうしているうちに、会場の準備が整い、後は今回の特別出演者たちを待つだけとなった。シバタはチェックに余念がない。

「うーん、完璧なはずなんだが、何か忘れているような…ハナさん、何か足りないものないかな?」

 シバタが傍らのハナに問いかけると、白い杖をついたハナは軽く肩をすくめた。

「あたしには見えんとよ。シバさん、あんた忘れとろ?」

「あ、そうだった。うん、何か忘れてる気がしたけど、まあいいかな」

 ジョウナスも考えてみたが、何も思いつかない。そこにヘイワンそっくりの、だが一回り体格のよい虎人を先頭に樽を担いだ一団が到着した。

 ああ、飲み物を忘れていたのか、と納得しかけたところ、遠くから不思議な声が聞こえてきた。

「べぇーーー」「べぇーーー」「べぇー」「べぇー」「べぇー」「べ、べ、べ、べ」べべべ」「べべべべべ」

 べべべべべべべべべ…連続で聞こえてくるのは、どうやら城壁の上のアルパカたちらしい。ハナが言った。

「アルパカ警報装置作動中たいね。不審者が近づくとああやってみんなで報せあうとよ」

「なるほど。しかしハナサン、よくそんなこと知ってますな」

 ふふんと自慢そうにハナは胸を張った。

「去年ボルガに聞いとったと。今回の企みに使えると思うてね。アルパカくんたちにおってもらっとるんよ」

「ほう、それでアルパカ…」

 頷き賭けたジョウナスと同様に、ハッと「そのこと」を思い出した砦の面々は同時に叫んだ。

「「「「「あーーーっ! オルたん!!」」」」」

「誰かっ、ウルクとボルガ呼んでくれ。早くっ!」

 ジョウナスは慌てふためくシバタというものを初めて見た。

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