第二章 二、桃だれ焼き肉で出演者を募ってみました ー 司祭③
「えー、この度は『北のやつらに贅沢させるためにこっちが飢えてたまるか。税金なんざくそくらえ』略して『巡検使帰れ』作戦にご協力いただきありがとうございます」
どこが略なんじゃー? レイトメニエスの挨拶にどこからか野次が飛ぶ。テツジやツユコが通訳して、「あちら」から来た客人たちも一緒になって皆でゲラゲラ笑う。
テツジの昔の仲間だという連中は、そろいもそろって驚くほどに人相が悪かった。彼らが夜中に訪ねてきたら、問答無用で祈り数珠を脳天に打ち込むことだろう。
ツユコの友達という女性たちは普通のおばさんに見えるのに。
今回の作戦において要となるメンバーが勢揃いしていた。
「けっ、どーせ俺は言語センスねーよ。まあ、皆に世話になるけど、これも俺たちエンリカ砦を中心とするこの地方の奴らの明日がかかってる。よろしく頼むぜ。今日はたらふく食って飲んでお互いの顔を覚えてくれ。同士討ちだけはすんじゃねーぞ」
「若様!」
レイトメニエスの挨拶が終わった途端、すっくと立った黒衣の老婆に、蛙顔が露骨に怯えた。
「ア、アンヌ…」
「ご立派でいらっしゃいます。アンヌマリーめは感服つかまつりました」
「ガ、ガキじゃねーんだから、こんなとこで褒めんなよ」
滅多にないアンヌマリーのお褒めの言葉に、騎士団長はかなり憮然としていた。が、ふくれっ面で横を向いた顔が、うれしさに口元が緩みそうになるのを必死で押さえているのがわかって、ジョウナスは微笑まずにはいられなかった。
「まあ、細けーこたいーから、好きなだけ飲んでくいやがれ! 土産に肉も野菜も持って帰れよ。サルマーク騎士団が丹精込めて育てた牛も豚も野菜もうめーぞ!」
おおーっと皆が雄叫びをあげた。そして竃に火が入れられ、宴が始まった。
賄いの前に食堂のテーブルが出され、そこには飯を入れた大きなお櫃と白い三角の握り飯を山と盛った大皿が幾つも置かれている。傍らにハナが座り、握り飯を取りに来たものはハナから何かを塗ってもらっていた。
あれは何だろう?
好奇心が抑えられずに、ジョウナスも自分の皿を持って長い列に並んだ。
ジョウナスの前には憔悴しきったオルコットがいた。あれからすぐ、城壁の上に竜人夫婦が向かい、両側から腕と脇を支えてぐったりしたオルコットを下ろしてきたのだ。もちろん空を飛んで。
つり下げられた形になったオルコットは、もう叫ぶ気力もないようで、タキフキの作る干し柿のように、ぷらーんと風に揺れていた。
ちょうど帰ってきていたテルが「きゃぴい、リアル・エヴァだっちゃ」。映画の通りナリヨと謎の呟きを洩らし、ハナが「このアニヲタめ」と惘れていたが、今考えても何のことやらわからない。
「オルたん、大丈夫ですか?」
肩を落とした少年の姿はいかにも頼りなく、小柄な体がいっそう小さく見える。ところが、ジョウナスが労りの言葉をかけると、オルコットは振り向きざまにこちらをキッと睨みつけてきた
「司祭さん、あんたも笑ってたくせに」
「おや、よく分かりましたね」
「ほんとに笑ってたのかよ!」
きーっと猿のように喚いたオルコットは、驚いて注目する人々に歯を剥いて威嚇する。その様子も愛らしく、また微笑みを誘われた。
やがてオルコットとジョウナスの番になり、オルコットは五つ、ジョウナスは一つ握り飯を取った。ハナは、醤油のたれを刷毛で飯の表面に塗り、「あんまり焼き過ぎんとよ」と笑った。
席に着くと、既に宴は進行していて、金網の上には肉や野菜が所狭しと並べられていた。たれに漬け込まれた肉は、香ばしいいい匂いを発し、炭の上に脂が落ちてジュッと音を立てる。鼻腔をくすぐるのは、ネギやニンニクを焼いたときのあの匂いだ。
たまらない。もう夕食を食べたのに、ジョウナスの舌があの肉を味わいたいと求めている。
誘惑に負けて、肉を三枚、玉ねぎとカボチャ、トウモロコシを皿にとり、握り飯を網に乗せる。
さて、いただくか。たれをつけた肉を噛み締める。醤油、味噌、あとは何だろう? 大事に育てられた牛は不思議な香りと甘味を纏ってジョウナスの舌を楽しませる。野菜も太陽の光を存分に吸って力強い。表面がカリッと香ばしく焼けた握り飯は、いつもよりしっかり握られて中はもちもちしていた。
「ハナサン、このたれ何が入っているんですか?」
尋ねてきたのは恥ずかしそうにしているメイリンだった。きっとヘイワンや子どもたちに食べさせてやりたいのだろう。
「ニンニクを醤油に一週間漬けて、それをつぶしたのに摺りおろしたしょうが、玉ねぎ、桃と醤油、味噌蜂蜜、酒、すりごまを加えて一煮立ちさせるんよ、それに唐辛子をいれて三日寝かせると出来上がりばい。秋冬はリンゴでよか」
「ああ、あの甘味は桃と蜂蜜なんですね。作ってみます」
賄いに一番近い一角から『ああ、桃と蜂蜜かあ』と、ため息のような異国後が聞こえた。見ると、異界のおばさん連中が手を叩いて喜んでいる。料理をするひとたちは、こちらも「あちら」も同じことに興味を持つらしい。
ふと手を休めて周囲を見回す。こちらではヘムレンとスケルトニオがおばさんたちに囲まれて幸せそうな顔をしている。あちらではクリスタが膝に乗せた虎の子に肉を食べさせ、異界の男たちはレイトメニエスと肩を組んで踊るもの、丸呑みする竜人のために肉を冷ましてやるもの、ヘイワンと腕相撲するもの、ラリッサに抱きつこうとして反撃の蹴りをくらうもの、実に楽しそうだ。
不機嫌だったオルコットも満腹になるにつれ立ち直ってきたらしい。アルパカたちの好物のカボチャをせっせと焼いてやっている。
ああ、いい夜だ。
みながこの暮らしを守りたがっている。もちろんジョウナスも。
「なぁんだ、結局食ってんじゃねえか」
酒の杯を持ったエイキチだった。よっこらしょとジョウナスの隣に座ると、杯を差し出してくる。
「いい夜じゃねえか、おい」
「そうですね」
杯に満ちた酒をひと舐めし、ジョウナスは微笑んだ。
エイキチはジョウナスの皿からカボチャをひょいとつまみあげると、もしゃもしゃ咀嚼して飲み込んだ。
「うめえ。ここのメシはほんとにうめえな」
少しエイキチの声の響きが変わった。不審を顔に浮かべたジョウナスに、老剣客はニッと笑いかけた。
「司祭さん、あんたァあと二年って言ってたなあ。俺ァあと百日くらいらしいぜ」
囁くような声だった。
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