第二章 一、鶏ハム入りコールスローサンドに新たな自分を見いだす③、
ローヴが壁から垂れている黒い鉄の輪を引くと、ギギギ、ガコンと歯車が噛みあい、いくつもの歯車と錘(おもり)、それと鎖が金属音を立てながら連動し、重い扉が軋みつつ開き始める。 そうして北の正門が開くと、大小様々な白い毛玉の集団が雪崩れ込んできた。
出迎えに出てきた砦の面々から歓声があがる。毛玉たちをよくよく見ると山羊のような脚と胴体。首にあたるところに人間の上半身が生えている。胸までゆるくカールした毛に覆われ、頭髪も同じようにカールしている。薄くて大きな耳が顔の横に伸びており。黒目がちの円らな瞳は全員少し垂れていた。角はない。
「山羊…じゃないよな」
思わず呟いたオルコットのことばに全員がぴくりと耳を動かす。垂れ目が一斉にこちらを向いた。
「山羊違う」「ヤギちがう」「ちがう」「ちがうアルパカ」「アルパカ」「アルパカ」「アルパカ」「ぱか」「ぱか」「ぱか」
うわー、何なのこいつら。
オルコットが目を丸くしていると、「きゃーん、アルパカちゃ~ん」と雄叫びとも悲鳴ともつかない歓声をあげて、走り寄り様に一番小さな個体に抱きついたのはクリスタだ。
「ああん、今年生まれた子たちねえ。可愛いわ。ほんとに可愛いわ。とてつもなく可愛いわーん。これね、お姉さんからのお誕生プレゼント」
お姉さん? 思わず眉間に皺がよる。クリスタとハナは同年代だと思われるのだが、自分のことを「おばちゃん」と言い切るハナに対して、クリスタの自称は「お姉さん」なのだ。美人なのにこれはイタい。イタすぎる。
「おねえさん、ありがと」「ありがと」「ありがと」
クリスタから鮮やかな色のリボンを幾つも髪につけられた小さな子アルパカたちは、喜んでぴょんぴょん跳ねた。お姉さんと呼ばれたクリスタも満足そうだ。
ま、いっか。一つ頷いてオルコットもアルパカの荷下ろし作業のグループに加わった。大人のアルパカたちは、一見細身のようだが、強靱な足腰をしているらしく、背中に積まれた麻袋はずっしりしていた。ヘム連やテツジ、十陣たちが一人で軽々と運んでいるのに対し、オルコットはシバタと二人がかりでも息を切らしているのにがっくりきた。振り向くと、クリスタとウィルマも二人がかりだが、軽やかに笑いながら談笑している。
「急ぐから、先に行くよ」
一声かけて、荷運びの列をダッシュで追い抜いていったのは、一人で重荷を肩に担いだイツキだ。愕然とした。
あいつ、マジでありえねー。
どう見積もっても、オルコットの体重の二倍はありそうな袋が、羽毛を詰めたクッションに見えた。ため息しか出ない。
「オルたん、イツキちゃんは鍛え方が違うんだからしょうがないよ」
珍しくシバタが慰めてくれた。しかし、イツキとじぶんを引き比べているのがバレバレなのは辛い。
がっくり肩を落として、よたよたと歩を進めた。
荷物を教会の宝物庫に搬入し終わったところに、大きなかご一杯のサンドウィッチを持った女性陣とスケルトニオがやって来た。期待でちょっと気分が浮上する。
オルコットもアルパカたちに混じって列に並ぶ。後ろに一番大きくて立派なアルパカが並んだ。振り向くと優しそうな目をくりくりさせながら笑っている。オルコットも笑い返す。
「ハナさんがコールスローサンドとかとまとチーズサンドとかつくってたよ。いっぱい食べなよ」
耳がふるんと震え、黒い目が喜びに輝いた。
「コールスロー! 好き」「好きー」「好きー」「コールスロー!」「好き」
突如として起こった「コールスロー!」コールにハナは豪快に笑っている。
「足らんかったらまた作るけん、いっぱいたべり。
オルコットは三種類のサンドイッチを抱えて、アルパカたちと頬張った。
バゲットをスライスして鶏ハムとコールスローを挟んである。噛み応えがあって塩気の多いパンが、コールスローの酸味によく合う。鶏ハムは胡椒がきいて、これまたよく調和している。
ん? なんか甘い。ほのかな甘みを感じて、首を傾げる。ハナに訪ねると、「隠し味は蜂蜜ばい」と教えてくれた。
そういえば、鶏ハムにも蜂蜜すり込んだ。それでコールスローによく馴染むのか。
納得して、今度はトマトとクリームチーズのサンドイッチにかぶりつく。よくからしのきいたバターに、バジルが混ぜ込んである。やや固めのトマトスライスととろりと舌に絡むクリームチーズと、絶妙なバランスだ。
サチの作る燻製卵は、マヨネーズと和えても独特の風味を失わず、シャキシャキレタスとともに噛みしめると幸せな気分になった。
その後、歓喜のうちに食事を終えたアルパカが、オルコットを背中に乗せてくれた。馬とは違い、アルパカの体毛は空気を含んで軽く、手触りが最高だった。
「ねえ、走れる?」
オルコットのおねだりに、若くたくましいアルパカは「いーよー」と陽気に笑った。
呑気に応えたアルパカは、だが、いきなりトップスピードで走り始めた。馬より揺れる。オルコットは慌てて胴体にしがみついた。後ろを振り返ると、なぜだか全アルパカがついてきている。皆がいい笑顔だ。
やがてアルパカはスピードを落とすことなく城壁に辿り着いた。
「あぶな…んぎゃああああああああああああ!!」
城壁のわずかな段差をアルパカたちは器用に跳ねながら登っていった。断末魔のような悲鳴をあげながら、オルコットは必死でしがみついていた。
城壁の上はちょっとした通路になっていた。アルパカたちは気持ちよさそうに風に体毛を靡かせている。オルコットはあまりの高さに目を開けることもできない。
「おーいオルたーん! 気分はどーう?」
イツキの声だ。
「高いよー怖いよー」
恥も外聞もなく、オルコットは泣き叫んだ。下で見ている皆のことも、見栄を張りたい相手のイツキのことも、頭から飛んでわんわん泣いた。
俺、自分が高いとこ苦手なんて知らなかったよう。むせび泣くオルコットの足に子アルパカがそっと体をこすりつけた。
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