第二章 一、鶏ハム入りコールスローサンドに新たな自分を見いだす②
「そろそろかな」
賄いで厚切りベーコンチーズトーストを頬張りながらシバタが呟いた。メガネがキラーンと光る。
「リピが、もう原っぱに入ったちゅうたな」
同じようにトーストを齧りながらガスが言う。
隣のテーブルで、オルコットはじゅうじゅういうベーコンと果てしなく伸びるチーズに苦戦している。男らしくくわっと大口を開けてかぶりつく、ヘイワンやローヴの食べ方に憧れるが、自分の口の大きさでは、ランゴルドのように両手で持ってちまちま囓るしかない。しかし、同じ食べ方なのに兎が三倍速いのはなぜだろう。
ランゴルドの向かいでは、やはり同じ食べ方でラリッサが勢いよく食事している。へにょんと垂れたランゴルドの耳とは対照的にラリッサのふわふわした白い耳は、チェリーブロンドの髪の上にぴんと立っている。
言うまでもなく、ラリッサとも仕合った。素手の女の子に剣をもって挑むのも憚られ、ちょっと腰が引けながらも徒手空拳の勝負を申し込んだ。結果は惨敗。鳩尾を肘で抉られ、胃液を吐いて地に伏した。
「うふん。ごはん前でよかったわねえ」
だんだんわかってきたことだが、らりっさの中味は見た目通りのゆるふわ美少女ではないようだ
ほう、と息をついてラリッサはイツキに声を掛けた。
「イツキちゃん、うちの兄様がごめんねえ。イツキちゃんのお気に入りに傷なんかつけちゃって。後で私もおしおきしとくね」
「頼むよ」
ランゴルドがびくりと肩をふるわせる。垂れた耳が頭にはり付いている。目に見えて顔色が悪い。隣のウィルマがいつもの笑顔で夏みかんのゼリーをさりげなく押しやると、黒ウサギの美貌が幸せそうに綻んだ。
なんか、羨ましい。
横目でその様子を見ながら、オルコットはカウンターから微妙に視線を逸らす。
今日は砦に大人数の客があるという。イツキはずっとハナの手伝いでパンの山を黙々と切っている。隣ではハナがいつもの通りに何かを刻んでいた。
「イツキちゃん、からしバター塗ったらコールスローと鶏ハム挟んじゃらんね」
「うん、あとの具は何」
「トマト、胡瓜とクリームチーズ。レタスと燻製卵」
ミネストローネを味わいながらも、オルコットの耳はぴくりと反応してしまう。聞こえてくるサンドイッチはどうにもうまそうだ。
ああでも、このもちもちした白いのが入ってるミネストローネもう一杯食いたい。そう思いながら躊躇っているのは、おかわりに行くとまた、イツキと対面しなくてはならなくなるわけで。そうするとあの黒い目が自分に向けられるわけで…
「うわあああああ」 ぐるぐる考えているとなんだかもやもやしたものが噴き出して、そこら辺を走り回りたい衝動がつきあげてきた。
突然のオルコットの叫びに皆が手を止めた。視線が集まる。さらにそれがいたたまれずに、俯いたまま食器をカウンターへ返すとくるりと踵を返し、ダッシュした。と、入り口のところで大事なことを思い出してぴたりと足を止め、まわれ右して「ごちそうさまでしたっ」と一礼。そして転がるように賄いから出た。そのまま走り去ろうとしたところに、突然、ばっさばっさという羽音とともに大きな黒い影が舞い降りてきた。
「うわうわうわうわ」
叫んで尻餅をついた。
え、何?
見上げると、賄いの戸口でつっかえるテツジよりさらにでかい生物が金色の目で見下ろしていた。昔、絵本で見た悪竜によく似た顔。瞳孔が縦だ。
「少年、ハナさんはいるか?」
美しい青緑の鱗に覆われた生物は、蜥蜴ににた口からしゅうしゅういう聞きづらい発音で人間の言葉を発した。あ、言葉通じるんだと思ったら、急にこの鱗生物が恐ろしくなくなった。
「初めまして、私は騎士オルコット。ハナさんなら賄いで昼食の仕込みしてますよ」
改めて見ると、鱗生物は全部で四体。今放しているのが一番大きく、それより少し小さいのが一体、もっと小さいのが二体いる。いずれもきらきら光る美しい青緑色の鱗に皮膜の張った大きな翼、大きく裂けたくちには鋭い歯、手と足の指にはこれまた鋭い爪。長い尾は強靱そうだ。
「すまん、名乗るのが遅れたな。私はうるく。竜人の長。こちらは妻のボルガと息子のバルク、娘のミルカ。よろしく、騎士オルコット」
差し出された四本指の手を握りながら、オルコットはぽろっと言ってしまった。
「うわあ、鱗ってすべすべで気持ちいい。見た目よりあったかいんだなあ」
バカ、俺のバカ。はっとして握手をしたままウルクの様子を窺うと、竜人は顔を歪めて歯を剥いていた。
ひいぃ怒らせた。オルコットは首をすくめた。
「騎士オルコット、おまえはよい人間だ」
ウルクも他の三人も、しゅごごごごごと身体を揺らしている。どうやら笑っているらしかった。
でも怖い。笑顔も怖い。
オルコットはちょっと涙目になった。
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