閑話 花さんの手抜きだけどバレない料理教室③

「さて、こりゃ困った」

 食材の山を前に、花、樹、そして今日は露子が唸っている。産地直送の困るところは、収穫が一気にどかっとくることだ。カポチャや芋のようにある程度保存のきくものはよいが、今日の敵はイワシ、トマト、ゴーヤといった足の早いものばかりだ。これは手強い。

「大ぶりのイワシは今日の蒲焼きにしよう。あとはミンチにして生姜と玉ねぎと混ぜてイワシハンバーグの素作る。レンジで蒸して冷凍しておく。ゴーヤの半分は明日のおらんだ。もう半分は砂糖菓子作っとこう」

「ゴーヤで砂糖菓子できるの? あらあらまあまあ、すごいわねえ」

 露子が小さい目を瞠った。実のところ露子はあまり料理が得意ではない。フェルトやリボンを恐ろしい細かさで帽子に整形していく魔法の丸マッチ委指は、食品に対しては無力らしい。基本的なことはできるのだが、いかんせん段取りとタイミングが悪い。一つのことを始めたら、終わるまで次にかかれない。

 ゴーヤはそんな彼女に向いている食材と言える。後はつくしの袴取りだとか、栗の鬼皮剥きだとか、延々と同じ作業を続けられるのは、露子の得意とするところである。

「それ、作り始めると手が離せなくなるから作ってなかったんだよね。今日は人手があるからいいと思う。大人も子どももカリカリ食べちゃうから、教会に来た子たちにおやつであげよう」

 教会には、将来村や町で教師となるべく、初等教育を追えた子どもの中から、選抜された年嵩の子が寄宿して学んでいる。日々の食事は自分達で作れるが、やはり甘い物は欲しいらしい。今は夏休みで家に帰っている。稲刈りが済むまで戻ってこない。

「あらあら、私でも戦力になるのねえ」

 おっとりゆったり露子は微笑した。この平和でふくふくした様子からは、若い頃の「極悪レディース総長」の姿を喚起することが難しい。夫の鉄二はその見かけのままに「爆走鉄人連合総長」だったらしい。「人呼んで「ハーレーのテツ」。照の名付けは「微笑みハリセンボン」と「暴走熊」。どっちもひねりがないなあと花は思う。

「よし。手順としては、今日の昼食をやっつけつつ、夕食や明日の仕込みも同時にやるよ。露子さん、昼過ぎてもいい?」

「いいわよ」

 それでは、と花は段取りを説明し、三人はそれぞれの作業にかかった。

 樹は頭を落としたイワシを手開きにして内臓と骨、ひれを除き、大きさで選り分けている。おおきいのが今から蒲焼きになる分だ。

 露子はひたすら、盾に割ったゴーヤのワタをスプーンでこそぎとっている。ワタはあとで晩酌組のおつまみにするべく、天ぷらになる予定だ。

 そして花は、湯を沸かしながらトマトの山を流に並べ始めた。おしりの方に薄く十字に切れ目を入れて、へたを下にする。つまりは湯剥きだ。しっかり育ったトマトは皮も厚い。

 沸き立った湯を注意しながら流しに注いでいく。ここらへんは聴覚頼りになる。トマトが湯をはね返す水音を聞きながら、慎重に作業を続けた。十五個ほどのトマトは、みんなちょっと川を脱ぎかけているはずだ。

 湯剥きしたトマトのへたをとってレンジでラップせずに三分。ほかほかのトマトをフォークで「うりゃあっ」と潰す。多少粗めでも気にしない。あとは薬味だが、今日はミョウガを甘酢漬けにしてあるのをみじん切りにして入れた。

「花ちゃん、ゴーヤできたけどどうするの?」

「花さん、イワシできた」

 露子にはゴーヤを厚めの輪切りにしてもらうことにして、崩しトマトを背後の棚に置き、ハンバーグ用のイワシを冷蔵庫に放り込んだ。

「あとのトマトはどうするの?」

「全部トマトソースにして冷凍」

 あらまあ、、と再び露子は目を丸くした。

 これも実は炊飯器ががんばる。みじんぎりにした玉ねぎとニンニクを炒めたら、湯むきしてざく切りにしたトマトと炊飯器へ。酒をちょっと、あとはすいっちポン。二回ほどやったら、鍋に移し水分とばして出来上がり。軽く塩コショウだけして、料理に合わせて味付けすればいい。

「にパスタとかハヤシライスとか煮込みハンバーグとかロールキャベツとか、コンソメスープでのばしてミネストローネ。焼いた厚揚げにのっけてもいいし、ミートソースに進化させてもいいし。あ、明日の朝ごはん、ゴーダチーズ削って、トマトチーズリゾットにしよっか? あとはカレー豆とロースハムマリネ。どう?」

 次々と出てくる料理名に露子は唸った。

「カレー豆って?」「解凍しといた水煮大豆にちょいと醤油を足して、炒めた玉ねぎとカレー粉を馴染ませたらレンジでチン」

「聞いてると簡単そうだけど、きっと私には無理ねえ」

 花の手抜きその4「手間のかかるソースは進化形を想定して薄味。小分けして冷凍」

 同じ行程はなるべくまとめてやっつけておけば、あとで楽ができる。そして「このソース手作りなんだよー」と付け加えることも忘れない。

 特別漢に人間は弱いものだ。

 ふふふ、と含み笑いをする花に、樹は「また邪悪な笑いをと惘れていた。

 さて、蒲焼きである。

深めのフライパンに醤油、砂糖、酒、生姜を入れちょっと煮詰めたたれに、樹が粉をはたいて油で焼いたイワシを次々と放り込んでからめる。気持ちのよいくらいイワシが減っていく。今日は露子がてきぱきと片付けて暮れるので、花と樹は調理に専念できた。

「それで花ちゃん、ゴーヤの砂糖菓子ってどうするの?」

 あらかた人がいなくなったところで、露子は輪切りになったゴーヤのやまを指してわくわくした様子で訊いた。

「まず重さを量ってだいたい半分弱くらいのさとうをどさっとかけて二十分放置。そしたら水が出てくるから、火に掛けて中火で色が変わるまで煮る。で、一度ざるにあけて水切り。煮汁はまた煮詰めるから、ざるの下に鍋置いてね。とろ火で粘りが出るまで煮詰めたら火を切手ごーやにからめる。バットにクッキングペーパー敷いてごーやをくっつかないように並べて冷ます。粗熱とれたら、粉黒砂糖まぶしてできあがり。風通しのいいところで一日干したら歯ごたえあっておいしいよ」

 ふむふむ、露子はメモをとって作業にかかった。。樹は既にプロセッサーにかけたイワシとおろし生姜、人参、玉ねぎのみじんぎりをぐいぐい練っている。そこに花は小さなフリーザーバッグを差し出した。

「これ、何?」

「とろろ。これと小麦粉、塩、酒入れてまた練ったら口当たりがいいよ。いつものハンバーグの三分の二の大きさに整形してね」

 あとはレンジに四分かけるだけなので、樹に任せておけば大丈夫だ。照り焼きかトマトソースか、あ、しそおろしもいいな。いっそ味噌で…ま、何でもあの連中は平らげてくれるはず。好き嫌いのない人って好きさ。籠絡しやすいから。

 妄想、もとい構想を練りながらぐふぐふ気味悪く笑う花を、「また邪悪な顔してる」と樹が惘れた。

「生まれつきです」

 いつものように花は返した。

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