閑話。花さんの手抜きだけどバレない料理教室②
「オルたんがんばったねえ」
じゃこ天やら様々な魚やらの山を前に、樹は感嘆のため息を洩らした。
今日の午前中、ウィルマとオルコットは港でこれだけのものを貰ってきた。もちろん物々交換の結果だ。オルコットを連れて行くと交換のレートが上がる、と読んだ柴田は正しい。
おばさまおばあさま方の母性本能を直撃した妖精さんは、彼自身の知らないところで砦の財政に貢献している。
「あれだけ可愛くて細くてちっこかったら、もっと食べさせてやんなきゃって思うよ」
「だよねー。中味も可愛いし。うちの照さん、さっそく「闘犬ポメラニアン」ってこっそり呼んでる」
ぎゃはははと樹は大笑いし、花もつられて笑う。
樹のことを「肉食ガゼル」と呼んでいることは秘密。ちなみにスケルトニオは「リアルミト爺」、騎士団長は!ムスカ蛙」。花は笑いすぎて、危うく発作をおこすところだった。アニヲタ恐るべし。
「とりあえず、昼ごはんをちゃっちゃと作って、それから魚を始末しよう。蛤みたいな貝は塩水につけて、残りを冷蔵庫にいれといて」
蛤もどきは吸い物でもいいが、量があるのでバター焼きにするつもりだ。殻を外してネギと一緒にパスタにからめてもいいし、ちょいと醤油を足して、蒸したざく切りキャベツに載せてもいい。まあ、砂抜きしている間に考えよう。砂抜きが必要なところは蛤というより浅蜊だなあ。
頭の中でめまぐるしくメニューを考えていると、樹が「よいしょ」と桶を出してきて、たっぷりの塩水に貝をざらざらと沈めた。
「おっけ、で、後は?」
「ひたすら大根おろしてね」
それから二人はしゃべりながら作業を続けた。寸胴でいりこべーすのうどんだしを作りながら、小松菜を茹でている花に樹は尋ねた。
「それ、何?」
「小松菜ごはん。みじん切りして、たっぷりの鰹節と混ぜる。で、醤油を振っておく、二合に対して大さじ一から二ぐらいかな? まあ薄味のほうがいいよね。で、炊きあがったところに気合いを入れて必死で混ぜ込むんだ。あとは五分蒸らしてできあがり」
「へーえ」
樹は大根を丸ごと一本掴んでゴリゴリおろす。細く見える(見えてないが)のに、筋力が尋常でないのは鍛え方のせいか。
「あちら」の重力はこちらの三割増しだ。賄いの中では、花のいるキッチンまでが「あちら」だから、花はいよいよ心臓が弱ってきたら、樹に賄いを譲って、こちらこちらに完全移住する気でいる。
「もう一つの釜はフキさんのはちみつ梅を刻んで混ぜ込むよ。両方ともおにぎりにしておくね」
「うあああ、もうお腹空いてきた。つまみ食いなんてしたらとまんないよう」
二本目の大根をおろしながら、樹はじたばた足踏みした。彼女の胃はブラックホールかクラインの壷だ。「満腹になったら動きが鈍る」と言って、いつも腹八分で止めているらしいが、それは常人の五人前だと思う。まともに「つまみ食い」をされたら、おにぎりにありつけない人が出てしまう。
「樹ちゃんには特別に梅小松菜雑炊を作ったげるから。卵いっぱい入れてあげようね」
これはだし汁でかさ増しして誤魔化そうという策略。しかし樹は味を想像したらしく、うっとりとした声をあげた。
「あああ、もう食べたい」
「ただうどんだしにおにぎり入れてほぐしたら、それに溶き卵加えるだけなんだけどね」
「おにぎりしたの使うんだ?
「もともとは照さんが日曜日の朝に食べてたもんでね。ほかにもひじきごはんとかゴボウごはんとか、色んなおにぎりを冷凍保存してたからね」
花の手抜きその二「同カテゴリーのものは二種類以上合体させる」。たとえば余りごはんに冷凍ホワイトソース、ミートソースを重ね、粉チーズを振って電子レンジで三分、オーブントースターで三分でミートドリア。冷凍枝豆(剥き)、冷凍大豆(水煮)、冷凍キドニービーンズ(同左)を混ぜてドレッシングをかければカラフル豆サラダ。
ちなみに冷凍おにぎりアレンジは、雑炊バージョンの他にもお茶漬けバージョンやネギ油で炒めたチャーハンバージョンもある。いずれも二種類取り合わせて、軽くわさび醤油にごまとか、塩コショウにネギとか、ちょっとだけ加えれば「朝からこんなに」と喜ぶ夫。ふふふ、可愛いやつめ。
「花さん、顔が邪悪だよ」
「生まれつきです」
すまして答えた花はおにぎりの製作にかかった。
そして昼食の波がひいたころ、花は力尽きて、キッチン用の椅子にへたりこんだ。心臓はポンコツだしそれ以上にストライキを起こしている臓器もある。無理はできない。
「花さん、苦しい? ニトロいる?」
「んー、ちょっとスタミナ切れなだけ」
樹が顔を覗き込んでくる。娘がいたらこんな漢字なのかな、と思う。
「言ってくれたら魚の処理はあたしがするから」
花はずるずると椅子を調理台の端につけて、小さな小さなアジの山を引き寄せた。ごそごそと廃棄物用のボウルと使用済みの割り箸を準備する。
「座ってできることするから、樹ちゃんはサワラを捌いて切り身にしてくれる? 半分は白味噌とみりんを練ったのにつけて、半分は軽く塩してあとでアジ揚げるときに一緒に天ぷらにしてね」
「おっけ。あと、エビは?」
「殻剥いて片栗粉まぶして洗って背ワタも取ってね、、。夜は冬瓜と一緒に炊くから。殻はまとめて唐揚げしてやると、晩酌組がつまみにするよ」
「花さん、何するつもり?」
「壷抜き。こうやって口から割り箸を一本、えらの外側を通してまた身のほうに突き刺す。で、二本目も同じように。二本まとめて握り混んだら、こっちの手はアジを持って逆方向にねじる。で、割り箸をそのまま引き抜くと」
「あ、ワタが抜けた」
ずるりと抜けた内臓とえらをボウルに落とし、花は次のアジを手に取る。なるほど、と樹は呟き、黙って自分の作業を進めた。
それぞれの作業に一区切りつくと。二人は次の段階に移った。
「アジは腹にちょっと穴開けとかないと爆発するんだよねえ」
次々と揚げ物をこなしていく樹の隣で花は新玉ねぎを薄くスライスしている。ボウルに山盛りの玉ねぎと千切りの人参。彩りに赤や黄色のぱぷりかを少々。好みによるが、南蛮漬けは野菜たっぷりのほうが花は好きだ。
せっかくレイさんたちが丹精込めた新鮮野菜がいっぱいあるんだから、食べなきゃバチがあたる。
陽の光をたっぷり吸って、食べ頃になるまで畑で育った野菜はそれだけで美味しい。「あちら」と気候の似ている砦では、今までの移住者が持ち込んだ作物がよく育った。古くは菜っ葉や大根、ゴボウといったもの。最近はアスパラガスやパプリカといったもの。いずれも三割増しの大きさに育っている。
よっこらしょと立ち上がった花は調味料棚から一本のボトルを取り出した。
「それ何?」
訊いてくる樹に、花は小皿に出したものを黙って差し出す。くん、とにおいを嗅いでから、樹は口をつけた。
「酢…だけどまろやか。あ、でもピリピリくるね」
「正体はこれです」
流しの下を開けて、大きな広口の瓶を示す。液体の中に緑色の物が沈んでいる。
「米酢に青唐辛子を漬けてあるんだ。で、こちらのボトルは南蛮用にみりん足したもの。材料に合わせて薄口醤油や砂糖を足すの。青魚は醤油多め砂糖をなし。白身魚は醤油少なめ砂糖なし。豚肉は醤油少なめ砂糖しっかり。鶏肉は醤油そこそこ砂糖しっかり。小ネギだの生姜だの、薬味や漬け野菜を変えたり、ナンプラーやコチュジャン、ワインやオリーブオイル足したり、とろみをつけたりすればまあ、基本は同じなんだけど違う料理だと思ってくれるよね」
花の手抜きその三「合わせ調味料は共通部分を大量に作ってバリエーションを増やす」
同じ味付けだと、「これ、材料変えただけじゃ…」と気づかれることもある。その回避のために、省くところは省いて一手間掛ける。当然、今回のサワラのように事前に揚げて冷凍しておいて、身動きできないときには解凍してオーブンにつっこみ、ストックしてある小ネギとおろし生姜、南蛮酢をかけて五分で終わり、という真似もできる。バレない。
男ってそのへん抜けてるんだよなあ。花の呟きに樹は噴き出した。
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