閑話 花さんの手抜きだけどバレない料理教室①
賄いには炊飯器が四つある。一升炊きの電気炊飯器一台と二升炊きが三台。電気の方は主に豆や骨付き肉の下ごしらえに使う。あと、業務用冷蔵庫と冷凍庫。そして大きな電子レンジとガスオーブン。ただし、花は炎が見えないので、ガス器具は樹がいないときはダメだと照から禁じられている。
使う包丁はセラミックのペティナイフとステンレスの小出刃、牛刀。永吉の研ぐ鋼の包丁に憧れないでもないが、あまり切れすぎる刃物は危険だ。
「できることはできるときにできるだけの量を」が花のモットーで、持病のために無理がきかない代わりに知恵を絞る。
料理が好きだ。そして、それを食べてもらうことも。
病気を持ち、失明して、かつての仕事ができなくなった花にとって、この賄いで料理することはもう、生きていくのに必要なことだ。
ここは様々な食材が手に入るし、「あちら」の村も量こそ少ないが、山海の珍味に不自由しない。料理好きにとってはまさに天国といえる。
もともと田舎育ちの花は、魚や鶏を捌くのも、採れ過ぎた野菜を加工するのも慣れている。
おまけに仕事で世界のあちこちで暮らし、照の大学の留学生とつきあううちに、「なんちゃって各国料理」のレパートリーも増えた。
今は、狼人のおかみさんたちの香草料理や周辺国の料理を勉強中だ。この前、ボルンジから来た商人が教えてくれた豆と小エビの煮物はなかなか好評だった。素揚げにしたものに、ちょっと癖のある香辛料。トルティーヤのような皮で包んで、みんなもしゃもしゃやっていた。香辛料が苦手なタキフキ姉妹やアンヌマリーには、少しスパイスを控えて卵とじしてやると、喜んで食べていたようだ。
「花さん、牛すじ煮えたよ」
「じゃあ樹ちゃん、こっち炒めるの代わって」
今日は比較的手間のかかる牛すじカレー。いかに炊飯器ががんばってくれようと、野菜は許してくれない。玉ねぎとニンニクは丁寧に炒め、ジャガイモ、人参、その他季節の野菜をたっぷり。寸胴に炒めた野菜とはさみで切った牛すじをいれてさらに煮る。カレー粉、醤油に味噌、オイスターソース、そして皮付きのりんごをミキサーにかけたのと蜂蜜。最後に塩を少しずつ加えながら煮ていく。
レンコンは大量に茹でてスライス。三分の一はミ⭕カンのかんたん酢につけてある。あとは筑前煮に入れたりはさみ揚げにしたり。花の最近のお気に入りは小さく刻んだレンコンをポテトサラダに入れることだ。レンコンの食感がいい。酒のつまみに、レンコンチップスも作っておかなければ。
「樹ちゃん、牛肉の塊は焼き肉するからちょっと切り分けて冷凍ね。食べる前にたれ漬けするから。あと細かいのは、アスパラ巻き巻きの分を別にして、「牛丼の元」を作り置きしよう」
花の手抜きその一「素をいっぱい作って使い回し」
玉ねぎと一緒に甘辛く煮たものは、茹でたジャガイモ・人参、糸こんにゃくと十分煮て『肉じゃが』、豆腐と長ネギを足して五分煮たら『肉豆腐』、そしてささがきゴボウと合わせて卵でとじれば『柳川風』、肉じゃがを煮詰めてつぶし、成形してコロッケにするのはどこの主婦もやっていることだろう。玉ねぎと水に大豆、ナンプラー数滴、黒砂糖少々、豆板醤少々にレモン汁でタイ風邪にもなるから肉じゃがは多めに作って、残りはたいていコロッケにしている。柳川を寿司揚げに詰めて薄味の出しでさっと煮にしたのもなかなかいけた。本当は餅もいれたかったのだが、高齢者には危険物なのでやめた。いかに元気でも、年は侮れない。
そう、花の「手抜き」は、「あー、今日は色々作るのめんどくさい」「なんで毎日違うメニュー要求すんのさ」という状態の時に、バレないように手間を省いていくものだ。
当然、冷凍・作り置きは当たり前。しかし、それを「まんま」出すのではなく、一工夫する。ひじきを煮たら、水煮大豆と合わせて豆ひじき。コチュジャン少々を足しておやきの具。ベーコンと中華麺と炒めて白だし少々、目玉焼きを載せて和風焼きそば。だし醤油と水溶き片栗粉であんを創って、レンジてチンした豆腐にかけてあんかけ豆腐。
傍目には手間暇かけて時間をかけて、に思われるように。実際には冷凍保存した「素」のアレンジ五分に作り置き常備菜をちょちょいと盛り付け、白だしかなんかで吸い物を作れば、十五分で一汁三菜。むろん食べる人たちには内緒だ。ばあさまたちにはわかっているかもしれないが。
樹には米ばあちゃんが基本的な和食を食べさせていたらしく、なかなかに筋がいい。砦の老人たちも、それぞれに得意料理がある。花はとても助けられている。
その樹は、いい匂いに炒まった野菜にカレー粉を加えて、こちらを振り向いた。
「牛の焼き肉は久しぶりだねえ。あ、肉のいいとこはどうするの?」
「部位別にステーキね。ヒレはじいさまばあさまに。シャトーぶりあんは希望者で争奪戦。サーロインは若手に分配して」
タンとテールはシチューになることが決定している。脳味噌はどうしよっかな? 牛骨のスープでカラハンのスパイス煮込みにしよっかな。砦の者が手塩にかけて育てた牛だ。なるべく無駄にしたくない。
さて、これから昼までカレーを煮ながら夕飯のサワラの塩麹漬けを焼いて、五目豆を解凍して…と考えて、花は笑ってしまった。なんだ、することほとんどないじゃないか。酢味噌の作り置きでもしておこう。あ、明日はイカとブロッコリーの酢味噌和えなんかいいかも。茹でるだけだし。
こちらの考えを読んだように、鮮やかな手つきで次々と肉を捌きながら樹がクスリと笑った。
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