第一章 ナスとゴーヤのおらんだで大人のずるさに笑ってみました ー 騎士団長②
恐々と緑色の半月型を口に入れた騎士団長は、「あんま、苦くねー」と目を瞠った。なぜかシバタとジョウナスの悪徳コンビが得意そうに微笑む。そうするとますます悪人らしくなる。
「ゴーヤは中のわたを丁寧に取って軽く塩茹ですっと。それからすぐに冷水で締めとけばにがくないんよ。わたも天ぷらにすっと、なかなか乙でつまみによかと」
ハナの説明に、レイトメニエスは唸った。
「俺の人生で、またひとつ敵が減ったな」
「母ちゃん、ゴーヤおかわりだっちゃ。ぷるるん」
「よかよ」
「あ、僕も。ナス多めで」
騎士たちやじじばば集団には及ばないが、皆、旺盛な食欲を見せている。ハナは満足気に頷いて、キッチンに向かった。そっとテルがその後を追う。
「ところで、巡検使が来るとか。今回の税金逃れはどうしましょうかねえ」
ジョウナスが人参の葉を噛み締めながら聖人の微笑みで言った。静かな口調だが、内容と目つきが不穏きわまりない。
巡検使はトロニア全土を巡り、十五歳以上六十歳未満の国民の数、農作物の出来や、特産品の売れ行きを調査し、課税する全権を担う。
国政における実務担当者である伯爵位にあるものが就任することがほとんどだが、稀に子爵や男爵など、下位貴族があたることもある。
ちなみに王家の血を繋ぐスペアである公爵家、国境守備の要として強大な軍事力を保有する侯爵家は、逆に国政に関与することを許されていない。何もかもがトロニア王家の、ひいては国体存続のために存在しているのだ。
辺境伯であるレイトメニエスは侯爵と同格。金はなく、軍事力もないが、結構偉い。
そんなことより、税務調査である。
前回、前々回はなんとなくなんとかなってしまったが、そんな幸運は、そうそう続かないだろう。
シバタが渋い顔で酒を舐める手を止める。メガネが光った。
「僕はね、税金は滞りなく納める主義だったんだけど、十五年前に宗旨変えしたよ。税金を取るだけ取って、こちらが飢え死にしそうになってもお構いなし。それじゃあこちらも独立財政めざすよね。つまり不正蓄財ってわけなんだけど」
騎士団長、会計、司祭、三人の顔が強張る。
ちょうど十五年前、異常気象により稲を食う虫が大量発生した。シバタの主導により、村や町、狼人、虎人、竜人にも新たな産業の仕組みを完成させかけたところに、この地方存亡の危機が襲いかかってきたのだ。
レイトメニエスはトロニア王宮へ、ジョウナスはヴィスタ大神殿へ、それぞれ嵐のように救援要請の手紙を出したが、一粒の小麦も送られてくることはなく、人々の命を繋いだのは「あちら」からの救援物資と、多くの人々の形振り構わぬ出稼ぎのおかげだった。
その中でも、ローヴ、ヘイワン、ランゴルドはトロニア本国で剣闘士として命を賭して莫大な金額を稼ぎ出し、未だに「銀の神狼」「金の王虎」「黒の魔兎」の異名は伝説となっている。
騎士団所属の騎士には傭兵働きが禁じられているが、ほとんどが隠れて出稼ぎに行った。クリスタやラリッサなどは女のひとり旅という危険を冒してカラハンやノルドオウスまで趣、現地の金持ち相手に服飾品を注文生産した。村人や町民の中には出稼ぎ先で過労死したものまでいる。それでも皆、女や子どもを売ることだけはすまいと必死だった。
それだけ働いていても、トロニアの商人やカラハンの貴族からの借金を返すのに、実に三年の月日を要した。
「あの試練は乗り越えるのが大変でしたな。収容の足らぬ私など、ついうっかり呪いの言葉を吐きながら、大神官の護符をぎぞ、いや、代理で作成させていただく始末で」
「あの護符のデキったらハンパねーわ。本物より御利益あんじゃね?」
俺も持ってるし、とレイトメニエスは首元からごそごそと護符袋を引き出して見せた。ぷはっとシバタは噴き出し、向こうでハナやテルも笑っていた。
「あの時、マイヤやホブ、何人もの人々を死なせたこと、カーロ一家が海から帰ってこなかったこと、マキさんカヨさんの赤ん坊がすぐに亡くなってしまったこと、子どもたちが毎日腹を空かせてロムラの蜜を吸ってたこと、皆笑わなくなってたこと。僕は全部赦せない」
シバタは昏い目で吐き捨てる。司祭も騎士団長もおし黙った。
ロムラの蜜は甘いが、蔓は棘だらけで人間が扱おうとすれば傷だらけになる。三人は、顔も手も血まみれになって花をしゃぶっていた子どもたちを思う。あんな光景を二度と繰り返さないためなら何でもする。
司祭がぐいっと酒を呷った。いつも情愛に満ちた目が、剣呑な光を帯びている。
「人頭税と酒税、ごまかすならそこですな」
「十年に一度の税務調査だからね、逆さに振ってポケットの中身まで浚われるよ。まあ、巡検使の資質にもよるけど、まず買収はきかない」
「いっそ、待ち伏せて闇討ちすっか?」
「巡検使は身分を隠して来る。たぶん隊商に紛れてるんじゃないかな?」
うーんと三人は考えこんだ。
「それ、うちが何とかするっちゃ」
両手に皿を持ったテルが、満面の笑みでうきうきと言った。なぜか後ろからついてきたハナが、片手で顔を覆う。「またか」と小さく呟く声は、にこにこするテルにスルーされた。
「獣人は人頭税の対象外だっちゃ。だったらケモミミと尻尾、いっぱい用意するっちゃ。ぽこぺん」
あ、とレイトメニエスは声をあげた。いつもテルがハナやオルコットに装着させている熊やら兎やらの耳や尻尾は、偽獣人を作るのに使える。その分税金は減るはずだ。
「ありがとう、助かるよ。幸い騎士にも税がかからない。よって、騎士の数を多く見せかけ、酒と鉱物の収入を隠し、ここ特有の豊かな食生活を無理なく納得させなくてはならないね。かと言って、育成している産業に新たな税金をかけられても困るなあ」
皿を受け取りながらシバタは言った。それにもテルが答える。今日はいつになく口数が多い。
「鉱物は森に預けるっちゃ。鉄も石英も加工工房はあっちだし。製品は夜のうちに狼さんたちに港に運んでもらうっちゃ」
「父ちゃん、それだと隊商に売る分がなくなるばい」
ハナがツッコミ、テルは頭をかいた。
「で、ここからが悪だくみの相談なんやけど」
ハナがにやりと片頬で笑った。邪悪な笑みは魔女を思わせる。
ハナの語る内容を聞いて、レイトメニエスは嘆息した。
「ハナサン、あんた会計や坊主なんてメじゃねえワルだな、おい」
「結果が出ればよかろうもん。まあ、みなさんのご協力を頼まんとねえ」
にかっと笑ったハナに、ぱんとシバタは手を打って同意を示した。
「よし、それじゃあテルさん、耳と尻尾の用意を」
「らじゃーだっちゃ。きゃぴるん」
「私は演技の稽古でもしましょうかねえ。あ、あと神殿への報告もぎぞ、いや、少し大げさにしなくては」
「あたしはアルパカくんたち、虎人、狼人、竜人をおもてなしせんとね。「あちら」からもちょっと応援呼ぶけん、ちょっと大人数やねえ。イツキちゃんに牛捌いてもらおかね」
「そして僕は醸造所のほうを細工しておくよ。裏帳簿も作っておかなくちゃ」
話はまとまった、とばかりに皆が食事を再開したところに、取り残された騎士団長が割り込んだ。
「待て待て待て、俺は何すりゃいいのよ?」
「夏野菜の収穫期ばい。しっかり働かな」
「俺だけハブかよ」
ハナの温かい励ましに、レイトメニエスは生のゴーヤを囓ったような顔をして拗ねた。
第一章 忘却砦で食ったり働いたり(違)はこれにて終了です。
第二章 忘却砦にあっちこっちの客が来ててんやわんや(もっと違)をお楽しみに。
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