第一章 八、ナスとゴーヤのおらんだで大人のずるさに笑ってみました ー 騎士団長①

「トマトもピーマンもデキいいからさぁ、今度ソーセージ入れたラタトゥイユ作ってよぉ。また食いてえなあ、ハナさんのラタトゥイユ。俺って、うまいもんを不味くして食わせられて育てられてっから、性格も悪くなんのよ」

「よかよ。去年作ったのが気に入っちょるんね?」

 ピーマンやナスの夏野菜をトマトで煮込んだラタトゥイユ。ハナの作るラタトゥイユは、ニンニクをしっかり効かせてあるうえに、クニチカ謹製の炙りチキンポークソーセージが入っていた。ボリュームがあるくせに野菜が主体で、湿気の多い夏にぴったりの逸品だった。

 ガーリックバターを塗った薄切りバゲットを合わせたり、白飯にかけたり。中には、冷やしうどんで食べるものまでいた。

「俺さあ、トマトもピーマンも人類の敵だと思ってたわけ。ヨネばあちゃんの代に、ちこっと「あ、これもしかしてウマいかも?」って思って。ハナさんのラタトゥイユとかトマトリゾットとかピーマンのおかか炒めとか食って、目が覚めたね。俺は間違った食い方させられてたんだってさ」

 焼いただけの肉。添えられたわずかな野菜。冷め切ったスープ。他に人のいない食卓。仕える侍女の投げやりな様子。

 あれでまともなガキが育つ門かよ。レイトメニエスはぶつぶつと毒づく。

 しかし、もうメニューも味も覚えていない。忘却砦にやって来てから、北のことは何もかも忘れてしまった。

 今では、忘れたことを幸いだと思う。

 夕食の人の波が引いた頃、レイトメニエスは賄いにやって来る。だらしない格好でテーブルに肘をつき、ハナにおねだりをしつつくだらない話をして夕食の皿を待つ。これが一日の終わりの楽しみだ。

 小さめの包丁をリズミカルに動かして、ハナは何か野菜を刻んでいる。ジャクジャクと新鮮な野菜が抵抗する音と共に、ぷんと人参のにおいが漂ってくる。

「ニンジンのサラダかなんか作ってくれんの?」

「葉っぱをみじん切りにしてじゃこと一緒に卵とじ。ちょっと醤油と砂糖で味つけちょると」

「へえ。人参の葉っぱも若いうちはうまいもんねえ。あ、じゃこはカリカリにしてくれる?」

 ふふふとハナは笑い、やがてぴちぴちという音と香ばしいにおいがしてきた。

「さすがレイさん、野菜は専門家たいね」

「まかしてちょ」

 邪魔者扱いされつづけてきた実家から、本当の「厄介払い」で追い出され、ここへ来てからしばらくは荒れた。

 賄いのヨネばあちゃんは、可愛げのない少年レイトメニエスに、温かく甘いカボチャの味噌汁を出してくれた。それを食べながら、熱く胸をせり上がってくるものを堪えられなかったのを覚えている。

『子どもはいっぱい食べて大きく育たんとねえ』

 ヨネばあちゃんは皺だらけの手で、頭を何度も撫でてくれた。

『誰でも、生まれてきた意味があるんよ』

 レイトメニエスが初めて育てた野菜を、ヨネばあちゃんはおいしい料理にしてくれた。よくできたと褒めてくれた。

 俺を育ててくれたのは、ばあちゃんとアンヌだな。レイトメニエスは思う。

「ところでレイさん、何か報せは来ちょらんと?」

「んー、つまんねーことばっかだよお。巡検使が粗探しに来やがるとか、オルたんの母親がさっさと息子を返せとか。あ、カラハンの王太子后とノルドオウスの第三姫がドレスの発注。やっべ、またクリスタ忙しくなるじゃん」

 一応はここで一番偉い人であるレイトメニエスの元に、すべての便りは集約される。山や海を越えてくるので、普通の手紙は来ない。鳥便だと要件のみのごく短文。飛龍便でも神一枚が限度だ。

 しかしお高い飛龍便はよほどのことでない限り使われない、はずだ。

「しっかしオルたんも苦労すんなあ。週1で飛龍便ってヤバくない? しかも内容が内容だしぃ」

 器用にナイフを指でくるくる回しながら、レイトメニエスは足をぶらぶらさせる。アンヌマリーが見ていたら、「若様なりませぬ」とお仕置きをくらいそうな行儀の悪さである。

「あん子はいい子やね」

 レイトメニエスは口を尖らせた。

「いい子すぎて、なーんか気にくわないんだよねー。俺なんかあの年頃には、遊ぶのと手抜きすんのと、あ、あとは女のことで忙しかったもんよ」

「手抜きで忙しい、はよかねえ」

 あ、そこツッコむ? とレイトメニエスが笑い、立ち上がってカウンターに歩み寄ったとき、賄いに新たな客が現れた。

「こんばんは」

「ハナさん、村の子が桃持ってきたよ」

 酒の徳利を下げたシバタと篭に山盛りの桃を捧げ持った司祭のジョウナスだった。

「よう来たね。もうすぐ父ちゃんも帰ってくるけん、ごはんでもたべながら待っちょって」

「今日は何?」

 ジョウナスがわくわくを抑えきれないように訊く。

「今日はねえ、人参の葉っぱの卵とじ。、ゴーヤとナスのおらんだ、人参とキャベツの酢の物、もずくの味噌汁ばい。海老の殻を唐揚げにしてもろうちょるけん、つまみにどうぞ」

「おらんだ?」

 シバタが怪訝な顔をする。

「国のオランダとは関係なかと。あたしの里のほうの郷土料理でね、ゴーヤとナス、それとたまに豚肉を炒めて甘味噌をからめるったい」

 うげげ、と蛙顔の騎士団長は舌を出した。

「ゴーヤってあの、ボコボコした苦いやつぅ? ありえねー。あれこそ、人類の永遠の敵だぜ?」

「レイさんは食わず嫌いしてるから損してるんだよ。まあ、騙されたと思って食べてごらん」

 まったく信用できない悪党顔でシバタが勧めると、レイトメニエスはますます渋い顔になった。

「まったく同じ台詞で、毎年このくそ坊主が騙しやがんだよ。いい感じに酔っ払った頃を見計らって生のゴーヤ囓らせんの。こっちがうげうげしてんの見て爆笑しやがって。鬼か、てめえ」

「神の試練ですよ。耐えてください」

 罪悪感の欠片も見当たらない顔で、ジョウナスはにっこり笑った。トロニア人の信仰する女神ヴィスタは愛と試練の神である。愛すべき人間の成長を促すため、様々な試練を与えるという。

 レイトメニエスは、ジョウナスに向かって歯を剥いた。

「おめーの愛も試練もいらんわ」

 たまらずハナとシバタが爆笑したところへ『ただいまー、母ちゃん』と、玄関の方からテルの声が聞こえた。皆、声をそろえて「おかえりー」と返す。

 さて、エンリカ砦首脳会議。別名、腹黒陰謀会議の始まりである。

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