第一章 七、トマトがけイワシの蒲焼きで色恋の初歩を知る②

 朝食に集まってきていた面々は、ウィルマの報告にむせながら爆笑した。屈辱に震えていたオルコットだったが、ヘムレンが「ぶははははははは! お子様ならではじゃのう」と肺活量の限りに笑っているのを、右代表で腹に拳を叩き込んで黙らせた。

「まあ、朝ごはんたべり。今日は豆腐とわかめの味噌汁、伊達巻き、スナックえんどうと粗挽きソーセージの中華炒め、それにフキさんの奈良漬けばい」

 笑いながらいうハナの言葉は半分以上の意味が分からなかったが、きっとまた美味しいものに違いない。

「タキばあちゃん、フキばあちゃん、ただいま。梅と瓜漬ける前に帰ってこれてよかったよ

 ちゃんと服を着たランゴルドを改めて見ると、頭にへたった黒く長い耳がある。兄妹で毛色が違うらしい。簡素な普段着でもやっぱり美貌は際立っている。ただ、双子姉妹の前に座る彼は、どこかのほほんとした雰囲気を漂わせていた。

「うさちゃんおかえり。ぜんまいの佃煮食べるかの?」

「石蕗(つわぶき)の佃煮も食べるかの?」

 あ、タキフキばあちゃんズの佃煮、ご飯に合うんだよな。俺、キクラゲのが好き…って、そうじゃなくって!

 もう一度、注意深くランゴルドを観察する。

 この色気滴る黒ウサギが、最上位。どんな剣の使い手なんだ?

 ヘイワンによると、ランゴルドは「とにかく手数が多いくせに無駄がない」「身軽で跳躍力はピカ一」「泣こうが喚こうが土下座しようが許してくれない」らしい。

 うわ、勝負したら、こっちが死ぬまでやめてくれないわけぇ?!

 ちょっとげんなりした。ランゴルドは、良くも悪くも曲者のようだ。オルコットの苦手とするタイプである。騎士見習いの同期にも、トリッキーな剣を使う者がいた。それほど強くはなかったが、一度こてんぱんに負かしたら、後々ずっと恨まれて嫌がらせされた。

 やだなあ、あいつみたいにしつこかったら。

ふるふる首を振ると、オルコットは諸々のことに蓋をして、カウンターに並んだ。

 朝食を摂りながら、シバタはランゴルドとラリッサに告げた。

「ランゴルドもラリッサも、稼ぎは多いけど、損失も多い。特にラリッサ。もう少し我慢することを覚えないと、ずっとランゴルドと出稼ぎだよ?」

「でもっ、でも、気持ち悪いおじさんとか、もてなさそうなお兄さんとか、お尻なでたりスカートめくったり抱きついたり押し倒したりするの。それも我慢するの?」

 オルコットの眉間に皺が寄った。フォークに刺した伊達巻きがふわふわと甘い。そんな印象の白兎。

 我慢…?」

 低い呟きが聞こえ、そちらを向くとランゴルドも、美しい眉をひそめて、パリパリと奈良漬を囓っている。兄としても不愉快なのだろう。

 ラリッサはハナと同じくらい小さい。見た目少女で、いつもうるうるした色素の薄い赤みがかった目で、上目遣いにこちらを窺ってくる。

 ふわりとした水色のドレスに白いエプロン。細い左手首に、お針子の証である針山。

 端的に言って、とてつもなく可憐だ。

 イツキより年上と聞かされてびっくりしたものだ。

 白くて小さくてふわふわした兎を劣情の対象にしようとする輩には本当に腹が立つし、それを「我慢しろ」と言うシバタにもむかつく。

「そう、そこは一歩ひいて我慢するんだ」

 冷徹なシバタの言葉に、かっと頭に血が上る。フォークを持つ手がぷるぷると震えた。前からシバタは何となく苦手だったが、これはもう許せない。

 立ち上がって抗議しようとしたとき、隣のジョウナス司祭が、恐ろしい力で阻んだ。驚いて顔を見ると、目顔で「黙っていろ」と諭される。

「我慢して、その場をなんとか逃げ出すことに専念するんだ。そして」

 キラーンとメガネが光った。

「人の見ていない所で半殺しの目にあわせてやればいい。当然の権利だし、そういう輩には必ず前科がある。他の被害者のためにも、徹底的にやりなさい」

「やっちゃっていいの?」

 嬉しそうにラリッサが破顔する。うふふんと笑う姿はやっぱり可憐だ。悪者丸出しの顔で、シバタはにやりと笑った。

「バレなければいいんだよ、何事もね」

「はぁい」

 うふふ、と可愛く笑ったラリッサは、舌足らずな口調で楽しそうに続けた。

「じゃあ、バレないようにがんばるぅ! 女の子の敵は、ピーをキッタンギッタンにピーしてやっちゃうんだからぁ!」

「う」と、シバタを含むその場にいた男たちが声もなく呻いた。たらりとこめかみに汗が一条伝う。

 忘れてた。こいつ、十二位だった…

 ということは、鉄鞭でしばき倒すクリスタや、怪力無双のクニチカより強いということだ。見た目に惑わされてはいけない。

「おろし金、貸そか? ピーラーもあるばい」

 うわああああああ、やめてええええええ!!

 ひらひらとハナの示した物体を見て、男たちは声なき悲鳴をあげた。

 何故かみんな、ちょっと前屈みで痛そうな顔をしていた。

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