第一章 六、豆アジ南蛮で歴史を考察してみました ー 会計②

 甘酸っぱい小さな小さなアジを頭からばりばり食べながら、柴田は竹の猪口を傾ける。軟らかくなった骨を口の中で噛み締めるたび、若い魚と酢が混ざり合ってなんとも言えない。そこにピリッとした辛みが残り、また酒がすすむ。

 大きな魚もよいが、こうして小さな魚を食べるとき、魚のもっとも美味しいところは骨まわりなのだと思う。

 旬のものを穫れたてで味わう贅沢。他者の命をいただき、死んだら自然に還ってゆく実感。静子が帰りたがった気持ちがわかる気がする。

 静子は穏やかに生き、苦しまずに死んだ。腕の中で、ふっと重くなった静子は、こういう死に方をしたかったのだと思った。

 幸せだったな。いや、今も幸せだ。

 もう一度、アジを噛み締める。思い出の中の静子が笑う。

 ふと、変なことに気付いた。

「どこに唐辛子があるのかわからんな。それと、腹を開けてないのに内臓はどこに行っちゃったんだろ?」

 照は「ワタクシそんなこと考えたこともございません」という顔で首をかしげた。花が含み笑いをしながら言った。

「秘密。樹ちゃんには伝授したけど」

 だったらいいや、と小松菜飯に手を伸ばす。これも柴田のお気に入りだ。刻まれた小松菜とこっそり隠れた鰹節の香のバランスが絶妙で飽きない。これを肴に酒を飲むのは反則だろうが、いいじゃないか。うまいんだから。

 漬け物の盛り合わせも出してくれた。タキフキ姉妹の漬ける様々な野菜は、どれも漬け物になって生まれ変わったように旨みが出る。

 ランゴルドと一緒に、瓜の粕漬けやたくあん漬けの手伝いをしたことがある。

 細身のランゴルドでも、やはり男手があると仕事が捗るらしい。

「うさちゃん、瓜に石を載せてくれんかの」「くれんかの」

 はいはい、と兎男は愛想良く言うことを聞く。彼自身が、双子姉妹の漬け物のファンなのだ。

 今日は、べったら漬けとつぼ漬け。これまた酒に合う。

「それはそうと、タキフキさん家の仏壇から見つかった古文書の解読終わったよ」

 豆腐の三つ葉あんかけを一欠片口に運んで、柴田は話題を転換した。双子姉妹の家は、「あちら」の村の中でももっとも古い。何度も改築されながら、百年以上の年を経ている。そして、神棚と仏壇は家以上に古い。

 その仏壇の裏板の隙間から、古文書が見つかったのは今年の初めのことである。

 大掃除に駆り出されたランゴルドが見つけたのだという。見るからに古い書き付けは、折りたたまれた上に虫に食われ、かなり傷んでいた。

 「あちら」の村は過疎化が進んでいる。そうでなくとも、この砦のそもそもの成り立ちを考えると、歴史マニアを自負する身として手をこまねいてはおられない。

 「あちら」で専門家を呼び、まずは修復。そして解読。実に二ヶ月もかかった。

 ちなみにかかった費用は、シバタのポケットマネーである。歴史書を読むことと、遺跡・古墳巡り以外にたいした趣味もないので、「あちら」の村の出納係としての給料には、ほとんど手をつけていない。

 もっとも、週一回の非常勤では、たかが知れているが。

「狼人の古老の口伝は、全部記録したんだっけ?」

 小松菜飯をさらに海苔で巻いてあぐあぐやりながら、照が訊いた。

 花に協力してもらって、この地最古の住人である狼一族の伝説はもう柴田のPCの中だ。

 照称するところの「無駄知識の泉」を頭の中に持っている花。必要なことを抽出して記憶するのではなく、「とりあえず丸っと記憶の泉に放り込む」という大胆な覚え方をする。それを、後から入れた情報と結びつけて整理するらしい。学生時代の歴史の勉強方法は、ひたすらその時代に関する本を読みまくる、というものだそうだ。口伝の整理にこれほど向いている人材はいないだろう。

 まあ、便利だが無駄も多い。歴代アメリカ大統領のフルネームと歴代プリキュア全員の名前が同カテゴリに記憶されているのを知ったときには、軽く目眩がしたものだ。

 古老の語る長い長い話を、メモすることなく記憶してくれた。トロニア語から日本語への自動翻訳つきの、超親切対応である。行ったり来たりする話を時系列に並べ変えるという、おまけまであった。

 照が電子手帳の代わりに花に一言言ってすます、というのも頷ける。

「で、柴さんの知りたいことってエンリカ姫の晩年と、砦の存在理由。なんだよね?」

 花が確認するように指を折ると、うん、と相槌をうった。花に黙って頷いても通用しない。

「それじゃあ、今まで分かってることをおさらいしようか」

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