第一章 四、筍ハンバーグで少年を愛でてみました ー 虎③
「ハナさん、二人分お願いします」
いつもニコニコしているウィルマが、笑ったままちょっと困り顔という器用な表情で入ってきた。大きな荷物を担いでいる。
「よう来たね。ウィルマ…と誰?」
ハナは砦内の人々を声ですべて判別できるらしく、間違えたのを見たことはない。もちろん声を出さない者は「いない」と判断されるから、挨拶は大事だ。
「オルたんがここの前で行き倒れてたので、運んで来ました」
あまり二人の体格差はないのに、生真面目なウィルマらしく丁寧な扱いで、オルコットは床に下ろされた。壁に背を凭せかけられたのは、ウィルマならではだろう。他の者ならそこら辺に転がしておく。
ハナはハンバーグを焼き始め、イツキが素早く手伝いに入った。こういうところもイツキには敵わないと思う。ヘイワンが迂闊に手を出せば大惨事になるのは目に見えている。
「ここの前ということは、おばばさまですかね?」
ウィルマが小首を傾げた。おそらくそれは正しい。砦内に老婆は何人もいるが、力尽きた少年を無情にも放置したままなのは、「若様」以外は全部石ころな「おばばさま」ことアンヌマリーだけだ。黒装束の老婆は自分よりも遙かに長い大鎌を死神のようにふるう。「若様」のためでなければ、わざわざ練兵場まで付き合うわけはないから、ここで手短に済ませたのだろう。
「私とやってから、僅か五日でおばばさままで辿り着くとは、可愛い顔して根性ありますね」
「オルたん、誰かに勝てた?」
イツキの問いにウィルマは苦笑して首を横に振った。
「上位から順に挑戦しているようですよ。なかなか元気な子で、育て方によっては化けるかも」
おやぁ? ウィルマが他人に興味持つのって珍しいねえ。
その口調から、なんとなくウィルマがオルコットを育てたがっているような気がした。それなら適任かもしれない。同じくらいの長さの剣を使うし、とにかく基本がしっかりしている。若いのに戦闘経験も豊富だ。勝機がなくとも粘りに粘ってとにかく負けない。
騎士らしい騎士の戦い方を学ぶにはウィルマを師匠にするのが早道だ。
ウィルマは平民から騎士になった叩き上げだという。男でも難しいのに女の身で、それもけして恵まれた体格ではないのに。どれほどの辛酸を舐めてきたことだろう。
驚くべきは、砦に来てからも努力を重ね、工夫をして、長足の進歩を遂げたことだ。、おそらくヘムレンともいい勝負をするのではないだろうか。
「ウィルマ、できたばい。おかわり組はもちょっと待ちよ」
ハナに呼ばれて、ウィルマはやはり笑顔でカウンターに向かった。メニューを聞いて小さく歓声をあげる。ハナは二人分の皿を置きながら、少し気遣わしげに尋ねた。
「オルたん、ズタボロニなっちょるんよね? ハンバーグみたいな重たいもん食べられると? 何か消化にいいもん作ろうか?」
「大丈夫ですよ。吐いても食べさせます。甘やかすと死ぬのが早くなりますからね」
ウィルマはますます笑みを深くして首を振った。ハナはそれ以上何も言わず残りの肉を焼き始めた。
あ、こりゃ本気で弟子にするつもりだな。ヘイワンは悟った。さて、オルコットはウィルマの指導についていけるだろうか。
「ウィルマちゃん、オルたん可愛がるならあたしも時々混ぜて」
「イツキちゃんはオルたん壊しちゃうから、当分お預け」
ひょこんと顔を出したイツキに、ウィルマは再び首をふってみせ、今度は声をたてて笑った。ちぇーとふくれたイツキも笑い出した。
「俺もまざりたい」
ローヴが羨ましそうに呟いた。ヘイワンにはまったく同意できない。
「あんなおっかねえお嬢さんたちに、よくもまあ…おまいさん勇者だねえ」
おっかねえとは何だ、とイツキが眉をつり上げたが、ヘイワンの意見は変わらない。
「ではローヴさんに質問です。あなたは夜道でいきなり、やる気満々のイツキさん、ウィルマさんに出くわしました。さて、どうしますか?」
「逃げる」
間髪入れずにローヴは答えた。ヘイワンは腹を抱えて笑う。なんだ、おまいさんも怖いんじゃないか。
ハナもつられて笑っていた。
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