第一章 三、団子汁に問う己の存在意義②

「くっそー! 負けたっっ!」

 二人目の最上位者、ヘイワンに転がされ、槍の石突きでボコボコに殴られたオルコットは、ゴロリと練兵場の中央に大の字になった。一人目のローヴには既に三回瞬殺された。

 練兵場は騎馬戦や行軍の訓練も想定してあるらしく、かなりの広さの広場と馬を繋ぐ厩、武器庫が一体となっている。武器庫の剣や槍、あと、何という名前かわからない三つ叉の槍やら幅広く湾曲しただんびらやら、色々な武器が収められていたが、いずれもよく手入れされていた。ちょっと砦を見直した。

 武器の整備は、狼人ローヴの役割だという。寡黙な彼は、森に棲んでいる黒狼の一族とは違い、灰銀色の髪をした、いつもこの世を憂えているような神秘的な美形だ。明らかにトロニアではない別の国から、少年の頃流れてきたらしい。森の外れの養蜂農園でしばらく暮らした後、砦で刀剣研ぎを学ぶことになったという。

 対して虎人ヘイワンも、西大陸人の見た目からはほど遠い。ヘムレンよりもさらに大柄で、比例してつくりの大きい目鼻立ちは、少し薄い琥珀色の肌といい、金色の混じる黒髪といい、遙か昔に一族ごと東諸島から流れてきたという話も頷ける。

 虎人の一族は、西の竹林の奥で織物や竹細工、弓矢の生産をしている。

 狼人たちは、木工、陶芸、を生業(なりわい)とし、鉄製品をも生み出しているというからなかなか手広い。砦の住人の武器も、狼人の作らしい。

 ローヴは少し反った不思議な剣を携えている。ヘムレンの「黒十字」の半分ほどの細身だが、長さは然程変わらない。鉄に皮を巻き付けた、有名な黒十字の黒い長柄に対して、青い糸を綺麗な模様に巻き付けた柄に透かしの入った繊細な鍔をしている。

 見たことのない剣を、ローヴは見たこともない、というより目で追えないほどの速さで振るった。俊敏さには自信があったのだが、狼の剣筋はまったく見えず、一合も打ち合うことなく剣をはね飛ばされること三度。仕合いの前も後もほとんど表情を変えなかったローヴは、ただ一言「遅い」と言って、短槍を携えたヘイワンにその場を譲った。

 あっさり終わった狼に対して、虎はオルコットをいなし、挑発し、まるでどこまで動けるか試しているかのように斬りかかるオルコットの短めの剣を躱しながら「ほらそこ隙あるよん」と槍の柄の方でさんざんにあしらった。痣だらけになった体は、汗と泥と疲労にまみれてもう、指一本動かせない。

「まあ、体格差をスピードでカバーしようって発送は間違ってないよねえ。ただ、動きに無駄ありすぎ。狼人や虎人の反射速度舐めてもらっちゃ困る」

 北にいたとき、獣人の戦闘奴隷は何度も見た。貴族の中には、それこそ狼人や豹人の護衛にごてごてと飾りのついた鎧を着せ、見せびらかしてまわるものも少なくなかった。奴隷同士を闘わせて楽しむ賭け事まである。その闘いも何度か見たことがあるが、ローヴやヘイワンほど鍛えられてはいなかったように思う。

「獣人、が騎士に、なって、るなんて」

「思わなかったか? 北の奴らは、獣人を頭の足りない生き物だと思ってるからなあ。ま、オルたんは順応早くていいよ」

 苦しい息の下でオルコットは、実家にいた犬人の雑役奴隷や他の貴族の館で見た猫人や兎人の愛玩奴隷も思い出す。同じ奴隷でも、人間の方が立場は上だった。幼い犬人の下働きを、同じく下働きの人間の少年が、難癖をつけては蹴飛ばしていたのを何度も止めた。オルコットに叱責された少年は平伏したが、何がいけないのか、という様子だった。

 ヘイワンもローヴも、砦の中で謙(へりくだ)っている様子はない。それどころか宴会の間、騎士団長や他の騎士たちと飲み比べをしていたり、ばあさんに撫で回されながら炙りソーセージを食わせてもらったり。人間と獣人の間に差はないようだ。

「こっち、では、違う、んだろ? きの、う聞いた」

「聞いただけで納得して、対応できるんだからたいしたもんさ。俺らから挑戦始めるなんざ、見所あるねえ」

 吠えるように虎は笑い、狼は「うむ」と重々しくうなずいた。

「やっぱ若いと頭柔いなあ。で、どうすんの? まだやる?」

 とんとんと短槍で肩を叩くヘイワンにオルコットは呻いた。

「足が立たねえよ」

「そか。んじゃちょっと脇に寄せといてやろーな。今からここは、じじいの遊び場だ」

 ほいさっと虎に片手でつまみ上げられ、練兵場の隅に運ばれていくとき、入ってくるヘムレンと小柄な白髪の老人が見えた。

 「あちら」の老人はヘムレンよりずっと年嵩のようだ。実際に幾つなのかまったくわからない。にこやかにヘムレンと談笑している姿は、まるで久々に息子とお出かけするおじいちゃんのように見える。

 最上位者、エイキチ。

 オルコットよりさらに小さな体躯は、昨日、女騎士ウィルマと「あちら」のふくふくした優しそうなツユコおばさんの膝を交互に枕西ながら、「次はシイタケ食いたい」「はい、あーん」と一口ずつ食べさせてもらっていた。潰れていたはずのヘムレンがむくりと起き上がり、「ずるい」と喚くのを後頭部への手刀一発で黙らせたのは、オルコットが来るまで砦の最年少だったイツキという娘だった。

「師匠、肉も食べないとだめだよ」

「イッちゃんが食わせてくれたら食う」

 「甘えん坊だねえ」とイツキは笑い、ウィルマの膝で口を開けるエイキチに、丸焼き鶏のパリパリした皮と軟らかくほぐした肉を食わせてやっていた。優しげな手つきと綺麗な横顔が妙に心に引っかかった。

 いいなあ…って、そうじゃなくって

 うっかり回想の海に沈みそうになったオルコットは、ぶんぶんと頭を振って意識を練兵場の中央で向かい合う二人に集中する。

「では、始めますかな」

 ヘムレンの声に、隣のローヴとヘイワンの耳がピンと立った。

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