第一章 三、団子汁に問う己の存在意義①
「で、私がサルマーク騎士団長、兼、ハイジア村およびダモス町領主、兼、トマト、ピーマンおよび里芋、ジャガイモ畑の管理責任者のレイトメニエスです。騎士ヘムレン、騎士オルコット、エンリカ砦へようこそ。昨夜はよく眠れましたか?」
そういえばこの人、昨日へそ出して踊ってたよなあ。そんでもって後ろの骨董品みたいなばあさんに首根っこ掴まれて猫の子みたいに引きずられて消えたんだった。
朝も早くから賄いで、またもや米と呼ばれる穀物を炊いたものと何か茶色いスープに野菜の具が入ったもの、白い野菜を摺りおろしたものに黒い調味料をかけて食べさせられ、まるで売られていく子牛のように疲れ切った目をして二人の新入りは領主館の最上階、騎士団長の執務室へと連れてこられた。
いや、深夜まで酷使した胃腸に、柔らかく炊いた米も味噌汁という香ばしく体のあたたまるスープも優しかったし、大根という野菜の甘く少し苦みのある摺りおろしは、泥のようにへたった体を多少なりとも回復させたけれども。
ハナは今日も淡々と食事を供し、「今日は大変やね」と声を掛けてくれたが、何が「大変」なのか、もう悪い予感しかしない。
ここへ二人を案内してきたのは、騎士団長の右後ろ、本棚と窓の間に置物のように収まっている骸骨のように細い黒服の老婆だ。目の前の騎士団長を「若様」と呼ぶ彼女は、どう見ても七十より下には見えないし、ちょび髭の顔が妙に横長くのっぺりした「若様」は四十より下には見えない。
オルコットが沈黙を守っていると、馬鹿笑いしているときとは別人のように、深く渋みのある声でヘムレンが答えた。
「いや、一睡もしておりませんな。テツさんたちと飲み明かし、未だ酒精にとり憑かれており申す」
あ、嘘つけ。ヘムじいなんか、最初に潰れやがったくせに。
オルコットはほんの数時間前まで続いていた狂乱の一夜を、頭痛と共に思い出す。砦の中に点在する不思議な建造物の一つに引きずり込まれ、明らかに騎士ではなく、さらに言うと明らかにトロニア人でもない老人集団に取り囲まれて悪魔集会のような宴を強要されていたのだ。
しまいには人じゃないのも混ざってたし。
狼やら虎やらも乱入し、飲む食うしゃべる乱闘する。で、この砦についてはもう説明される必要はないほどよく理解した。なにしろ、酔った老人の話は長い。くどい。そして同じところをくるくる回る。
数限りなく髪に結ばれてゆく色とりどりのリボンと同じくらい、際限なく食べ物を口に押し込んでくる魔女のようなばあさんたちと女騎士二人と闘いながら、絡んでくるスケルトニオ他砦の騎士たちを文字通り蹴散らし、虎に嘗め回され狼に抱き上げられ、あと何かいろんな人たちの間を転々とした気がするが、よく覚えていない。
最後はメガネの中年男が「あと一杯で予算超過」と宣言するに至って、やっとお開き。
ぴたり、と動きを止めた魑魅魍魎は、糸の切れた操り人形のようにその場に潰れた。
女騎士の豊かな胸に押し潰されたオルコットは、牧場で牛に懐かれる夢を見て魘された。ヘムレンに言ったら、「わしは虎じゃったのに」と羨ましがられた。夢の話かと思ったら、実際に虎の枕にされていたらしい。
「同じ虎でも雌ならなあ」
しみじみと呟いたのは、エロじじいとしていっそ天晴れだ。
「私も最後までお付き合いしたかったのですが」
「なりませぬ」
残念そうな騎士団長を、抑揚のない声で老婆が遮った。
「アンヌマリー、たまには…」
「なりませぬ」
にべもない却下に、騎士団長はがっくりと肩を落とした。それでも職務は果たさねば、と二人に向き直り、それぞれに説明のための紙を手渡す。
「これより一ヶ月、貴方がたは『挑戦者』となります。現在、二名ほど他所に赴いておりますが、残り二十五名。ヒューガ家のハナさんテルさん夫妻は覗きますが、他の人たちは「こちら」も「あちら」も、騎士も平民も、年齢も性別も、すべて関係ありません。皆が貴方がたの敵になります。勝った場合は砦内の順位が上がり、担当決定時に考慮されます。負ければ順位は下がり、選択の自由はなくなります。順位と選択可能な職務はそこに書いてある通りです。上位の者から腕試しをするもよし。下位から積み上げるもよし。同じ人物への挑戦回数に制限はありません。一ヶ月後には順位確定し、担当が決定します」
つまり、ぬるま湯に思えた砦の中は、実力主義をはるかに超えた弱肉強食の野生の荒野というわけだ。
これだ。これでなくっちゃこんなド田舎まで来た意味ないし。オルコットの胸は弾む。腕には覚えがある。近衛騎士団長付きこの従卒として騎士見習いをしていたときも、同期の見習いどころか、稽古をつけてくれる中堅騎士にも負けなかった。
こでひとつ、実力を見せつけて「オルたん」などとほざけないようにしてやる。
「この『最上位』の五人は、いずれ劣らぬ猛者というわけですな」
「そうです。ただ、ランゴルドは先程申しました通りタ行しております。十二位のラリッサも同様です」
キラーンとヘムレンの目が輝いた…気がした。
「女騎士がもう一人? 楽しみじゃな」
ああ、ヘムじいはぶれないな。首尾一貫した価値観は、いっそ清々しい。
「いえ、ラリッサはランゴルドの妹でお針子です。小柄でとても可愛らしい娘ですよ」
ヘムレンは深く頷いて、満足げに破顔したが、オルコットは内心がっくりきていた。
昨日会った「あちら」の人々はとても戦闘に向いているとは思えない。ばあさんとかばあさんとかばあさんとかじいさんとかじいさんとかおっさんとかおばさんとか。
しかもお針子の娘が十二位。これでは砦のレベルが知れるというものだ。
「ん?」
しぼんだ期待感と共に、順位表を眺めていたオルコットは、そこにある名前に目を疑った。
『十七位 アンヌマリー』
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