第一章一、牛すじカレーに人生を見失う②
スケルトニオに案内され、厩に馬を預け、馬丁に世話を頼む。ひょろ長い老人はガスと名乗った。
「どちらもいい馬ですなあ。かわいがられとる」
ガスがオルコットの葦毛馬の首をぽんぽんと叩いた。
「セレンをよろしく」
丁寧に頭を下げたオルコットに、ガスはまかしとけと請け合った。垂れ下がった目尻が優しい。大切な馬を預けるのに躊躇う必要はなさそうだ。
なにしろ都の南西、ケッセル子爵領エナの村では、危うく売り飛ばされるところだったのだ。ついでにオルコットも売られるところだった。
宿を求めた二人を快く泊めてくれた純朴そうな農夫兄弟が、夜中にぼそぼそとセレンの売値の相談をしていた。
「あのちっこいのも。色街に行ったら高かんべ?」
「んだなや」
それを立ち聞きして彼らを叩きのめしたのは、他ならぬオルコット自身であった。
オルコットが大暴れしている間、鼾をかいて眠っていたヘムレンが、「だからやめとけと言うたのに」と虫の息の兄弟をつま先でつつきながらあくび混じりに呟いた。どうやらオルコットとセレンをまとめて売らないか、ともちかけられていたらしい。
じじい、いつか殺す。世間は油断ならないと学んだ一件だった。
そんなことが些末に思えるほどそれから色々、ほんとうに色々あったのだが、思い出したくもない。
よく懐いてくれる馬たちだけをよすがに、ここまでやって来たのだ。
ヘムレンの黒馬はヘリオという。大柄な主人を乗せるにふさわしい大きな馬だが、優しくて面倒見がよい。旅の途中。山越えに疲れたセレンを何度も立ち止まって待ってくれた。ヘムレンが先を急がせているのに、セレンが追いつくまで頑として動こうとしなかった。主人よりもよくできた馬である。
「ヘリオ、セレンを頼むよ」
軽く叩くと黒馬はぶひんと返事をした。
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