第17話


ローザの屋敷には、 以前に訪れた時の様な嫌な匂いの煙も、怪しげな者共の姿も無く、綺麗に掃除された屋敷に数人の召使いが居る程度だった。


もうすっかり副作用も治り判断力も戻ってきたイザベラ。キョロキョロと屋敷内を確かめる。


以前に見た時とは違う屋敷の中の様子に戸惑いはするが、自分には関係がないため興味をなくす。


「……」


「フフッ、前と違う室内がきになる?」


「いいえ興味は無いわ」


イザベラは興味無さそうだが構わずローザは話し出す。


「あの連中はね…… 私に定期的に薬を運んでくれて、遊んでくれる人たちなの。何もかもを忘れられるお薬…… 今はもう必要ないのだけどね」


「……」


「フフフ興味ないかしら」



イザベラの破られ、胸がはだけていた上半身には、 ローザが着ていた上着が羽織られている。


ローザは 召使いに、イザベラの体を洗う様に指示すると、自身のワードローブにイザベラを案内した。


ローザは屋敷に引き篭もりで体が鈍っていたのか、異様に歩くのが遅い。


彼女に合わせていては日が暮れてしまいそうだ。



小さな部屋程もあるワードローブ。


「さあ、この中から好きな服を選らんで。背丈も私と変わらないから貴方にも合うはずよ」


そこには、いかにも高価そうな様々な服が所狭しと掛けられている。



「これなんかどうかしら、8年前の16歳の誕生日に、お父様から貰ったプレゼント…… 今の貴方と同じ年の頃にね」


その当時を思い出しているのか、愛しむ様にその服を胸に抱く。


「着てみて、貴方にならきっと似合うわ」


「そんな、大切な思い出のある服をいただく訳にはいかないわ……」


一瞬、ヴェールで覆われ見えるはずのない彼女の顔に、その仕草に、なぜか悲しげなモノをイザベラは感じた。



「……いいの受け取って、もう私がここにある服を着る事はないのだから……」


「え?」


「ここにある服は全て8年前に買った物ばかり。

どの服にも思い出があるの、あの頃の思い出が……」


ローザは一枚一枚、思い出を確かめるかの様に服を触っていく。ヴェール越しにローザの声が震えているのが分かる。


きっと泣きたいのを我慢しているのだろう。



「……私は、梅毒と云う病気にかかっているの。あと5〜6年程の命よ。そのうちこの鼻も、腐り落ちる事でしょう……」



そしてローザは おもむろに、その顔を覆っていたヴェールを取り去った。



「 ! 」


そこには梅毒に侵され、悲惨な状態の顔があった。生え際が後退し顔中に赤い丘疹が現れ、鼻の辺りがゴム腫によって腫れ上がっている。


以前会った時よりも酷い……


それらの症状から、ローザの梅毒が第三期の状態だという事が分かる。それも極めて悪い状態だ。



彼女は他にも2つの性病と、毎日の飲酒や薬物の乱用、寝不足による肝臓障害をも患っていたのだ。

彼女の日々の不摂生も病状を進めさせた原因の一つだろう。


ローザは再びヴェールを着けると、自身の過去について話し出した。



「私は…… 8年前の16歳の夏のある日、母の愛人だった男に襲われたの。そ、その男は、私を犯しながらケラケラと笑っていたわ……


そ、それから、私の人生は…… 全てが変わったの…… 」


イザベラはローザの衝撃の告白に言葉を無くす。


「 ……… 」



「あの頃は、そばに居てくれなかったお父様の事を恨みもしたわ。そして、自暴自棄になったのかしら、私の日々の生活も乱れていったわ……」


その頃のオウロは、商売のための店舗を増やすため、それに適した土地を探して近隣諸国を飛び回っており、ほとんど屋敷には帰ることはなかったのだ。


商店を大きくしようと家族のために頑張っていたオウロだが、その影で自身の大切な娘に、不幸な出来事が起きていたなど知る由もなかった。



「その頃はお父様も元気で仕事でよく海外を回っていたわ。その頃にお父様と行った 山間の綺麗な町の記憶が懐かしい……


あの時の思い出が、 私にとって最後の記憶なの……」


ローザの時間は、8年前のあの時で止まっている。現実を受け入れられず、さらに自身を傷付け続ける日々、その間に彼女の心と体は限界を迎えていた。


「お父様が病いで倒れたと聞いた時は すぐさまその側に駆け付けたかった。だけど、こんな姿を…… お、お父様に見せたく無かったの……

醜く腐っていく私の姿を……」



彼女は知られたくなかったのだ、大好きだった父親に自身の身に起きた不幸な出来事を。


病気に気づいた時にも本当はオウロに助けて欲しかった、彼に頼りたかった。彼に頼れば今ほど症状が進む事もなかっただろう。


だが彼女にはそれが出来なかった。オウロのことを思えばこそ出来なかったのだ。



ローザの話を聞いていたイザベラの目から涙が溢れでる。


「……だから、オウロさんに会いに行こうとしなかったのね…… 本当は会いたくて、会いに行きたくて仕方がなかったでしょうに……」


それまで必死に堪えていたローザの頬にも涙が伝う。



「私のために泣いてくれるのね…… 私にそっくりな貴方が…… お父様の最後を看取ってくれたのが嬉しかったの。

私とそっくりな、綺麗なままの貴方が……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る