第15話


彼女は宇宙船での生活時に人間の体についての知識は完璧に把握していた。人間の急所についても。


イザベラは ミヒャエルから抜き取った心臓をその場に投げ捨てると、彼女の後ろで震えているアンナに歩み寄る。


「さあアンナ、他の見張りが来る前にここから逃げましょう」


だがイザベラがアンナの縄を解こうと手を伸ばした時、なぜかアンナがその手から逃がれるかの様に退いたのだ。


「アンナ ?」


「い、嫌 ……こ、来ないで……化け物 ……」


「ア、アンナ……」



イザベラはアンナのその一言で理解した。アンナはイザベラを恐れているのだ。


犯罪者とは云え、目の前で人が惨殺される処を見ていたのだ。それも無理からぬことだろう……


イザベラにとっては自らを守るための仕方のない行為だったのだが、そのためにアンナに与えたショックは予想以上のモノだったのだ。



それでも彼女は前に進む事に躊躇いは無かった。それは彼との約束の「 生き抜いてくれ 」を守るために。


「…… 私は行くわアンナ、出来ることなら貴方も、今のうちに逃げてね …… 」


イザベラはミヒャエルが手にしていたナイフをアンナの前に置くと、震え怯えきっているアンナを残してその場から立ち去った。



………………



その頃イザベラを連れて国外逃亡を目論むピエトロは、人攫いのアジトに向かっていた。


「フッ、イザベラを側にカリブ辺りにでも小さな島を買って、のんびり過ごすのも悪くない」


これから向かう彼にとって希望の泉のはずの場所で、自身の破滅が待ち受けているとも知らずに、ピエトロは呑気に未来の展望を考えていた。


所々から煙が上がるアジトのボロ屋を目にするまでは。


「な、何があったと云うんだ !?」


慌ててボロ屋に駆け寄るピエトロの視界に、胸元を露わにしたまま返り血で赤く汚れたイザベラの姿が写る。


「な、イ、イザベラか!? 」


(な、なんだアレは?!……イザベラから青白い光の波が……)

心なしかイザベラの周りの大気が青白く歪んで見える。


「……貴方の仲間は、私が全員殺したわ」


「な、何をバカな……


そのピエトロの言葉を遮る様にイザベラが、扉の影に隠れていた自身の手から、ピエトロに向けて何かを放り投げる。


それはボロ屋の入り口で見張りをしていた男の生首だったのだ。


「! 」


焦ったピエトロは、火縄に火も付いていない状態で銃に手をかける。


ピエトロが懐から銃を取り出そうとしたその時、それよりも早く動いたイザベラが、銃を持つピエトロの右腕をへし折ったのだ。



「ギィヤアァァァァァ……!!」



腕を肘の辺りからへし折られ断末魔の叫びをあげ続けるピエトロ。そんな彼にイザベラが言い放つ。


「貴方の腕はもう二度と動く事はないでしょう。あの時言ったはずよ「私には関わるな」と」



その言葉通りピエトロの腕は、皮一枚で繋がっている状態だ。これではもう二度とその手を犯罪に染める事は出来無いだろう。


イザベラは泣き叫ぶピエトロの隣を通り過ぎると、もうそこに人が攫われてくる事は無いであろうボロ屋を後にした。

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