第10話



イザベラが去ったあと、オウロの屋敷に集められた親族にホセが遺産分与の趣旨を話した。


自分たちが貰えて当たり前と思っていた遺産、ホセの話に場が荒れる。


「旦那様の遺言では、ローザ様には遺産の四割を、ミダルダ様には一割を、そして残りの全てを イザベラ女士に譲渡するとの旨が記されています。」


「なぁ、なぁ、何ですってぇぇ!?」


イザベラが遺産の半分を譲り受ける旨を聞いたミダルダは、怒りも露わに屋敷中を荒らし周り、怒鳴り散らし始めた。


「奥様落ち着いて下さいませ、これでは話がすすみません」



「フンギィぃぃぃぃ!……フウ、フウ……」


手元のナプキンを噛み締めてなんとか落ち着きを取り戻すと、ミダルダは荒々しく再び席に着く。


「あんな小娘にぃ、遺産を半分もですってぇェ!

それにぃ私が1割なんてぇェとんだ泥棒猫を招き入れたもんだわねぇ!キィィィィィィィ~!!」


それでもやはり納得がいかないミダルダは、髪の毛を掻き乱しながらホセを睨みつける。


「… 奥様、旦那様の遺した遺言状にはしっかりとそう書き記されているのです」


呆れたようにホセがミダルダを論する。


「何が遺言書よォォ! ローザ、貴方は何とも思わないのぉ?! 私達の遺産が半分もあの泥棒猫に持っていかれるのよォ!?」


興奮して激昂すると語尾が伸びるミダルダ、納得いかずローザをこちら側に引き入れようと彼女に振る。



「……」


なぜか顔全体をウェールで覆っているローザは、無言のままにミダルダとは目も合わせようとしない。


「チッ、相変わらず つまらない娘ね…」



無言のまま言葉を発そうとしないローザに舌打ちをし苛立ちを隠せないミダルダ。


「ところでホセ、貴方はいつまでこの屋敷に居座るつもりなのぉ? もう貴方の様な者を、汚らしいインディアンをこの屋敷においておく必要は無いのよぉぉ!!」


ミダルダが意地悪く八つ当たりも兼ねて、ホセに屋敷から出て行く様に促す。



「…… 旦那様の遺言では、私に財産分与の諸手続きを全面的に任せるとの記載がございます。それが終わり次第 私もお暇させていただく所存でございます」


「フン!なぜ、なんでこんな事にぃぃ… 認めない!認めないわぁぁぁぁあ!!」


突然立ち上がると誰かを探すように醜悪な視線を辺りにまき散らすミダルダ。


「ピエトロぉ! ピエトロはどこに居るのぉォ!? 出てきて私を慰めてぇ、お願いピエトロォォォ……」


そしてミダルダは愛しいピエトロを求めて、フラフラと何処かに行ってしまった。



「ふう…… では仕切り直して、ローザお嬢様も旦那様の遺言状に意見はありませんかな?」


「ええ問題ないわ。ホセ、貴方に全て任せます」


いやにあっさりと遺言状を認めたローザに思うところがあるホセだったが、イザベラが遺産を受け継ぐ事に意はなさそうだったのでよしとしておくことに。



その後正式な遺言の執行日、執行官や裁判官同席でのその場では、ミダルダ達がそうそう口を出せる状況では無く、なし崩しの内に財産分与の手続きは進んでいった。


これは ミダルダ達の強い反抗を危惧したオウロが、親友だった執行官と裁判官の2人の力添えを、 事前に画策しておいたのだ。


「キィィィィ! そんなの私は決して認めないわよぉォ!!」


反論も出来ぬままに そしてミダルダは 、ピエトロの居る自室に引き上げて行ってしまった。


ホセは 1人残ったローザに 話を振る。


「ローザ様も この趣旨で異論はございませぬな。」


ローザはまたしても顔全体をヴェールで隠しているためその顔色が伺えない。


「…ええ、問題はありません」


彼女からも反対の攻勢を受けると思っていたホセは、前とおなじようなローザの予想外の反応に驚きを隠せ無かった。だがその気が変わる前にと 話しを進めることにしたのだ。


(安心してくだされイザベラ様、これで遺産の半分は貴方様のものです)



一段落ついて胸を撫で下ろすホセ。だがその頃、自室に引き上げていたミダルダたちは、案の定、よからぬ策略をめぐらせていた。


イザベラに遺産の半分がいく事がどうしても認められない彼女。


たとえ遺言状があったとしても認めない、力尽くででもあの小娘に目に物を見せてやる、という蛇にも勝る執念深さが今のミダルダの全てなのだ。


「許さないわぁァ! 決してぇ、決してぇェ、あ、あんな小娘なんぞにィィ!!」


「ミダルダ、冷静に成るんだ!」


ミダルダの肩に手を添えて落ち着くように促すピエトロ。それでもミダルダのヒートは止まらない。


「そうよぉ思えばあの娘が来てからはどくな事が無かったわぁ。バレない様に小刻みに毒を盛って死ぬ寸前まで追い込んだのに回復しだすなんて反則よぉ!」


そうオウロの病の原因はミダルダが食事係を脅して盛らせた毒のせいだったのだ。


だがイザベラがオウロの看病をする様になってからは、イザベラが四六時中付きっきりで看病するため薬を盛るタイミングが無かったのだ。


「まさかあの娘が四六時中付きっきりで看病するとは思わなかったわ…… でも最後に貴方が用意した薬は抜群の効果だったわね」


「まあ高い薬だったからね、調べても証拠も残らないしあれだけ衰弱していればイチコロさ」


流石にイザベラも寝ずにはいられない。彼女が眠る僅かな隙を狙われた様だ。


「そしてェ後はあ、あの子娘さえ居なくなればぁ…… 居なくなればぁァ…… そうよぉォ! あの子娘が居なくなれば遺産は私達のモノに成るのよぉぉ!!」


ミダルダのヒートは上がっていく。


「手筈は整っている。あのお嬢ちゃんさえ居なくなれば全て上手くいくはずさ」


どうやらイザベラを陥れるための何らかの策略が練られているようだ。


「ああ私のピエトロォ…… 本当に使える男ねェ、貴方さえいれば私は幸せよぉぉお」


心底ウザそうに瞳を閉じてキスを迫るミダルダに嫌々唇をかさねるピエトロ。



彼ピエトロ.アレハンドロは本当の庭師ではない。

この男の真の職業は人攫いにはじまる悪事全般だ。


エスパニアの田舎町の孤児院で育った彼は、幼い頃からのその美麗な顔と愛嬌で孤児院のシスターにいろいろな意味で特別に可愛がられていた。


人に取り入るのにも長けていた彼は、他の子供達からのやっかみも有ったが、彼に手を出す者はシスターに厳しい罰を受けるため、彼に構う者は孤児院では居なくなった。


13歳になったとき彼は孤児院の運営費を盗むと、夢でもあった役者の道を目指すため、首都のマドリードに落ち延びる。


そこで持ち前の見た目と、人に取りいる天性の才能を活かし大きな劇団に所属する事が出来たのだが……

劇団で見習いとして3年。彼にしては頑張った方だったが、悲しいかな彼には絶望的というほどに役者としての才能が無かったのだ。


見た目は良くとも台本棒読みの大根役者ではどうしようもなかった。


少数の女性のファンは付くだろうが、大成は不可能……

役者に見切りを付けるとピエトロは、劇団の運営資金を強奪しアメリカ大陸へと渡った。


そこで庭師としてミダルダに見初められ今にいたる。



(…… ウザいババアだが金が入るまでは我慢のしどころだ。そしてその後は…… フフフフフ)

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