第9話
イザベラがローザの屋敷から戻って1時間ほど後、オウロは息を引き取った。
オウロの願いも虚しく、結局ローザがオウロの元を訪れる事は無かったのだ……
それでも オウロとの死に際の最期のやり取り、
「……さ、最期に、 貴方の、本当の名を……教えて、欲しい……」
「 ……イザベラです」
「い、イザベラさん…… あ、貴方に出会えて、よかった……そ、そして…… ありがとう」そしてオウロは安らかな笑顔と共に 息を引き取った。
オウロの最後の言葉はイザベラに対しての感謝の言葉だった。
彼はイザベラが自分の娘のローザではないという事を知っていたのだ。
それでも、たとえそれらの事実を知っていたとしても、 ホセやイザベラのオウロを想う心を無下に出来なかったのだろう。
それ以上に なんの見返りも望まず、 ただ無償に オウロの介護を続けてくれていたイザベラの存在が、家族に見捨てられた哀れなオウロには救いだったのだ。
その後もイザベラは、オウロの埋葬までを見届けると静かに屋敷を出る事を決めた。
オウロの葬式には彼を慕う数多くの人々が参列し
彼の死を悲しんだ。オウロの妻ミダルダも葬式には参列していたが、大袈裟な泣き姿を数多くの参列者に見られたことで、嘆き悲しむ未亡人を演じられたと屋敷の奥でほくそ笑んでいた。
イザベラにも思うところはあったが、ミダルダは彼女にとって何の価値も見出せない者だ。それどころか害悪でしかない。
興味も価値もない者に時間を割く暇は今のイザベラにはないのだ。
だが唯一の気がかりは、葬式にすら参加しなかったオウロの娘ローザの事だ。
あの日、初めてローザに会った日に感じた感覚は…… ローザがまるで泣き叫ぶ子供の様でイザベラの心を揺さぶった。
ローザが大好きなオモチャを取り上げられて泣き叫ぶ子供の様にイザベラには感じたのだ。
(なにかきっとオウロさんに会えない事情があったのかもしれない…… 今となっては何もかも手遅れだけども……)
旅支度を終え誰にも気付かれる事なく屋敷を出ようとしているイザベラ。せめてホセだけには別れの挨拶をしたかったが事後処理で忙しく動くホセに気を使うことにした。
1人誰も居ぬ玄関から出て行こうとしているイザベラ。だがそんなイザベラをオウロの執事のホセが呼び止めたのだ。
「イザベラ様にお話しがございます」
ホセはイザベラが1人出て行くというその考えを見抜いていたのだ。
「……」
「イザベラ様、お願いでございます」
ホセの話を聞くため応接室に赴くイザベラ。
応接室に着くとホセが紅茶を煎れて出してくれた。
「フウ、落ち着きますな」
「それで話しというのはなんですか?」
イザベラも紅茶を一口飲むと、本題に入るよう促す。
「はい、じつはオウロ様が貴方に全財産の半分を譲渡すると遺言に遺されました」
「えっ!?」
話の内容とは、なんとオウロがイザベラに、小国の国家資産にも匹敵する程の財産の半分を譲渡するというのだ。
「それに伴い、相続のための手続きなのですが…」
「ま、待って、ちょっと待ってください! 私は 、私にはその資格はありません! 遺産だなんて、そんな…… だからそのお金は受け取れません。」
突然の話に動揺を隠せないイザベラ。
「…… そんな貴方だからこそ、旦那様は遺産の譲渡をお決めになったのです。どうか旦那様の最後の意思を無下になされませぬよう、お願いいたします。」
ホセはイザベラに対して深々と頭を下げ懇願する。
イザベラに対して最大級の敬意をもって対する心積りなのだ。
ホセは短い付き合いの中でイザベラがそう言うという事を分かっていた。初めて会った時に突然の自分のわがままを、親身になって聞き、そして叶えてくれたイザベラ。
彼女のためならなんでも出来る。そう決意させる程の恩を彼は受けているのだから。
「イザベラ様、貴方様に!貴方様に旦那様の遺産を受け取って欲しいのです!どうか、どうかお願い致します……」
ホセの必死の懇願にもなにも返せず無言でいたイザベラ。だがなんとかホセの気持ちに応えようと口を開く。
「…… オウロさんには恩が有りました。とても簡単には返せない恩が…… その恩に対しての私なりの恩返しだったのです」
「旦那様に?」
「はい。かけがえのない物を貰いました……
そのお金は貧しい人達のために使ってあげて下さい」
「貴方と云う人は…… 貴方の様に慈悲の心に満ち溢れ、欲のカケラも無いお方は見たことがない。だからこそイザベラさん!」
「…私にはこの体が有ります。オウロさんの娘のローザさんから授かったこの体が」
「? な、何んのことを…」
「いえ…… ではホセさん、そろそろ私は行きます。あまり無理をなさらずに、ではお元気で」
「イ、イザベラ様!」
そしてイザベラはホセに笑顔だけを残して屋敷をあとにした。
「…… イザベラ様、たとえ貴方に譲り受けの意思が無くとも、それを許さぬ者等が居るのです。貴方の身は私が必ずお守りいたしますぞ!」
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