第5話


それから程なくしてイザベラは、ボリビアの町 ラ・プラタに流れ着いていた。


興味を惹かれるものに恥から関心を抱き、寄り道をし過ぎたせいでお腹の虫が騒がしいのは愛嬌だ。


だが食事を食べるだけの金銭の持ち合わせが今のイザベラには無い。



なぜなら彼女は、町の広場で残飯を求めてひもじそうに座る兄妹と思われる2人の子供たちに、有り金の殆どを恵んでしまったからだ。


子供たちをあまりにも可哀想に思い、思わず声を掛けてしまったのだ。


「貴方たち大丈夫? お腹が空いているの? このお金で何か好きなものを食べなさい」


「「……」」


子供たちは初めキョトンとしていたが、イザベラの手からお金の袋を奪い取ると、妹の手を取りどこかへ走り去って行ってしまった。


「……あのお金でお腹一杯にご飯が食べられでばいいのだけど」


子供たちにあげてしまったため僅かながらの金銭しか持たないイザベラ。ひもじさを紛らわすために方々を辺り歩き、ここで運命の出会いをする。


イザベラはその町で出会ったホセ.カンサコと云う男にある頼まれごとをされたのだ。



彼の第一印象は誠実が服を着て歩いているといった印象で、痩せ型だが背が高く、長い髪をオールバックに纏めた初老の男性で、鼻下の髭が凛々しい。

少々喜怒哀楽の表現が激しいが、その真は優しさに溢れていると感じた。


彼はいわゆる現地人の血を引いたインディアンといわれる、当時は蔑まれている立場の人間だ。


だが綺麗にタキシードを着こなし姿勢を正した彼にそうゆう印象は感じない。



出会いは食堂の入り口付近、他の大勢の人々が行き交う中で突然の大声を上げて走る様に近づいて来た彼。


はじめイザベラも彼に警戒していたのだが、彼の嘘偽り無い必死な眼に動かされ、話だけでもと近くの店に連れ込まれたのだ。



まあ食事を奢ってくれるというのも彼の話を聞くことを決めた要因の一つなのだが、もう一つの理由が彼女の人並みならぬ第六感ともいうべき感覚が、彼は自分にとって害悪ではないと教えてくれたからだ。


彼の話によると、なんでも、彼が仕えている屋敷の主人が重い病にかかっているだしく、家を出た娘にイザベラがそっくりに似ていることから、その娘の代わりを演じて欲しいと云う事なのだが……


突然の話にイザベラも困惑を隠せない。



「我が主 オウロ. ボリバール様に残された時間は 後わずか…… 最近は娘に会いたい、会いたいとうわ言の様に呟くばかり……

残り僅かな旦那様の時間、その時間を旦那様には安らかに過ごして欲しいのです……」


「それならばなぜその実の娘を探さないのですか? 私に話をするよりその娘さんにお話をする方が先決ではないのですか?」


「おっしゃる通りなのですが…… 彼女は、あのお嬢様は、母親方の血が濃かったのでしょうか、「父が死んでから来い」と……

「興味の有るのは遺産のみ、遺産分与の時に来なさい」と言い残し病気で苦しむ旦那様を残して家を出て行ったのです……」


「そ、そんなことを…」



「1人娘のあまりにも無情な態度が……あまりにも、あまりにも…… このままでは旦那様が気の毒で、気の毒で……」


ホセが泣いて懇願する姿に、イザベラは黙って見過ごす事が出来なかった。



それは以前ともに暮らし、家族と呼べる関係になったあの夫婦から受けた愛情。他人とはいえ見捨てることなく、彼女を受け入れてくれた無償の優しさが、他人を見捨てはいけないという選択を彼女にさせたのかもしれない。


イザベラはいわば生まれたての子犬の様なもの。一番最初に触れ合った人間の特性に影響され、人としての人間性を構築しているのだ。


一番最初に交流したのがあの夫婦だったことが彼女に与えた影響は計り知れない。



「…… 分かりました、そのお話をお受けましょう」


「ま、誠でございますか!?」


興奮気味に起き上がり、イザベラに迫るホセ。



「落ち着いてください」


「こ、これは失礼をしました……」


取り乱したとばかりにイザベラに一礼して席に座り直すホセ。



「この話をお受けるにあたり条件があります。その条件とは、私を家から出たという娘さんに会わせてください」


「そ、そんな事でよろしいのならばいかようにでも。いやそれ以外にも金銭的な保証も約束しましょう」



何故か彼女は、この出会いに運命めいたものを感じていた。


自分はこの人について行き、オウロという人物に会わなければ行けない。そしてその娘にも会わなくてはならない。



彼女の第六感は人の域をこえている。そう思わせる使命感のような何かが彼女を突き動かしていた。




オウロの屋敷はボリビア一の商家というだけあり、広さも大きさも他の建物とは桁違いだ。


ホセの案内でやって来た屋敷では、オウロの妻ミダルダがイザベラを待っていた。


ホセのお嬢様にそっくりな人物を見つけたとの連絡に様子を伺いに来たのだ。



「!!……こいつは驚いた……本当にあの娘にソックリじゃない……」


ミダルダはしばらく呆気に取られた様にイザベラを見つめていたが、次の瞬間には下卑た計算ずくな笑みを口元に浮かべていた。


「少し若すぎる気もするけど、あの呆けた頭なら大丈夫だわ。まったくどこに行ったのか知らないけど、あの娘には本当手を焼かせられるわぁ!」


よほどフラストレーションが溜まっていたのか実の娘の愚痴を吐き出すと、使用人に用意させていた娘の服をむんずと掴むミダルダ。そしてイザベラにその服を投げて渡した。



「ほらっその汚い服じゃ格好がつかないわ、その服を着てなさい」


ミダルダはこちらから頼んで来てもらっているにも関わらず、さも当たり前といった上から目線の態度でイザベラに指示を出す。



「いい貴方にはあの人が死ぬまでの間、あの人の面倒を見てもらうわ。なに、そばに居て笑っていれば良いのよ」


下卑た笑顔でそう言い放つミダルダにイザベラの心情は複雑だ。


「なんなら早くあの人が死ぬ様に食事に毒を盛りなさい。安心しなさい、上手くいけばあの人が死んだ暁には褒美ぐらいあげるから」


ミダルダのあまりの言い草に震える握り拳を必死に抑えるホセ。


イザベラ自身もミダルダの態度に我慢がならない。


「貴方という人は…… 私は、貴方から頼まれたのではありません。ホセさんから頼まれたのです。だから貴方の指示はうけません」


そう言うとイザベラは、ミダルダの目を真っ直ぐに見つめ返した。



「ふんっ、生意気な小娘ねぇ!まあいいわ、好きにしなさいな」


蛇の様な眼光をホセに向けて一喝する。



「ホセェ!お前に任せるからしっかりおやりぃ!!」



そう言い残すとミダルダは、いろんな意味で可愛がって居る庭師のピエトロの元に足早に去っていった。

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