当て馬王子の悩み

 フィルドール王国より南に位置する隣国、パルティ王国は、冬が訪れることのない、常夏の『南国』。

 その国の王子、ナーニャ・スカルトは幼い頃から成長が早かった。


 ギルドラードのような精神的な意味合いだけでなく、肉体的な意味合いも込めて、だ。


 10歳の頃には身長は160cm弱はあり、顔つきも大人っぽかった。

 黙っていれば15-6歳くらいには見えただろう。


 顔つきは美しく、かつ、その浅黒の肌と燃えるような赤い髪の色は男らしさも強調した。


 つまり、何が言いたいかというと、ナーニャ・スカルトは幼いころから、それはもうとてつもなくモテた。

 『少年』と呼ばれる年齢の時から、『男性』としてモテた。


 そりゃあもうよりどり見取りで、気を抜けばベッドの中に、父の愛人がもぐりこんでいたり、パーティーに出ればあっという間に女性に囲まれ、積極的な女性などはわざとズボンを濡らし、着替えを手伝うと言い出すものまでいた。

 バルティ王国は、他の国に比べると多少『性に自由』がある。


 10歳の時に流れるがまま、初体験を経験したナーニャは思った。

 「女体って素晴らしいな。」

 そしてそれから5年間は、差し出される体をありがたく、ひとつ残らず頂戴した。


 しかし、15歳の時。

 いつものように、名前すら知らない女性が、自分の上にまたがっている最中に、思った。

 (今日の女性も美しいし、気持ちがいいけど…)


 なんか、飽きたな、と。


 とたん、ナーニャのイチモツはしゅるるん、と縮こまった。

 

 以来、ナーニャのイチモツは立ち上がることができなくなったのである。

 いわゆるEDというやつである。


 これはまずい、とナーニャは思った。


 子作りができないとなると、継承権を失ってしまうだろう。

 最悪これまでの素行の悪さが影響し、王家を追い出されるかもしれない。

 『立たなくなった自分』を養ってくれる女性もいるわけがなく、路頭に迷うことになってしまうかもしれない。


 このまま女性の関係を拒み続ければ、きっといつかはバレてしまう。

 それならば、女性から迫られないようにすればよい。


 そう思って考え付いた苦肉の策が『女言葉』だった。


 「あらやだ、今日はどこの子猫ちゃんと約束していたかしら?ベットにいるのは誰?」


 そもそもナーニャの外見が、ガタイがよく男前だからこそ、この女言葉はより、ナーニャの存在を異質なものに感じさせた。

 それからは見事に、女性が迫ってくることはなくなったのである。


 ありがたいが、むなしくもある。

 性格も外見も地位も、以前のナーニャと何一つ変わらないというのに。

 たった一つ言葉使いを変えただけで、好意はすべて吹っ飛んでいったのだ。




 留学先のフィルドール王国でも、扱いは同じだった。

 「残念な王子様、」

 「顔はいいのにねぇ」

 なんて声があちこちから聞こえてきていたなか、唯一何も気に留めず、自分に接触してきたのがロミロアだった。


 自分の婚約者が王子だということもあり、隣国の王子である、ナーニャに多少興味を抱いただけだったのだろう。


 (ギル王子がほれ込んでいるっていう噂の割には…つまらない地味な女だな)

と心の中で思いながら、適当に愛想笑いを浮かべて話を合わせていた時のこと。


 甘いいい匂いにつられて、調理室に入ると、ロミロアが一人お菓子を焼いていた。

 お裾分けに、と一つくれたそのお菓子があまりにもおいしくて、驚いて、

 「すごいわね!」

 と純粋にほめると、ロミロアはホワン、と笑顔を浮かべた。

 「ありがとうございます。」


 何故、このタイミングで、と思わざるを得ない。


 そのロミロアの笑顔を見た途端に、ナーニャのイチモツはビンビンに立ち上がったのだ。

 実に1年ぶりのことだった。


 

 

 (治った…のか?)

 その後、身分を隠して酒場や仮面舞踏会に出向き、女性の体を確かめてみようとしたが、イチモツはヘタレたままだった。


 ただ一人。

 ロミロアの前でのみ、元気を取り戻す。

 ロミロアの笑顔を見るたび、ちらりと見えるうなじの白さにみいられるたび、わずかに手が触れただけでも、まるで病気かのようにイチモツは、痛いほどに立ち上がるのだ。


 (惚れている…ということか…?)


 何度もロミロアを襲いそうになった。

 しかし、相手はこの国の王子の婚約者。

 国際問題になってはいけないと、必死になって自分を抑え、あくまでも『よき友人』を演じ続けた。


 (ギル王子はまだ子供だ…きっとチャンスは来るはずだ…)


 必死にそう言い聞かせたまま、留学期間は終わった。

 国に帰ってもロミロアとの連絡を続け、ただ静かに、チャンスを待っていたのだ。




◆◆◆


 (そのチャンスがやっと来たというのに…)


 婚約破棄式の翌日、ロミロアに呼ばれて、彼女の屋敷に行くと、ロミロアは静かに頭を下げた。

 「ごめんね、ナーニャ。せっかく迎えに来ていただいたけど、婚約破棄はなくなったの。」

 「そ、そうなんだ…」

 「心配かけたようで、申し訳なかったね。」

 

 なぜか屋敷には、ギルドラードもいた。

 その笑顔は、ロミロアが言うには、『天使のような笑顔』だという話だが、ナーニャの目には『顔立ちの整った糞生意気なガキの笑顔』にしか見えなかった。


 「はは、ずいぶん余裕だな?昨日はあんなに泣いてたのになぁ?」

 「あぁ、見苦しい所見せて悪かったね。で、ナーニャ王子はその口調が素なのかな?」


 バチバチ、と視線を交わす。


 (コイツ…ただの9歳児じゃねぇな…)

 子供だ子供だと言い聞かせてきたが、よくよく考えると自分も10歳の頃にはすでに女性の体を知っていた。

 (まさかと思うが…)

 すでにギルドラードも、ロミロアに手を出していたりするのだろうか。


「君が教会に来てくれなかったら、俺は自分の誤解にも気づかずに、婚約破棄書にサインしてただろうね。いやぁ本当、ロミロアはいい友人をもったよね。本当にナーニャ王子には感謝してるんだよ。」


ぐぬぬ…


「そうだな。俺は今後もロミロアのいい友人、だからな。友人、としてロミロアを傷つけるやつは許せねぇんだよ。」

 「うん、そうだね。でも安心して。俺はもう二度と、ロミロアを手放すつもりなんてないから。君の出る幕は、もう二度と訪れないよ。」

 クスクスクス、とギルドラードは笑った。

 笑っていながらも、はっきりとこちらに向ける強い視線に、図らずもナーニャは、一歩後ずさってしまったのである。


 「何の話ですか?」

 ロミロアだけが事情を呑み込めず、ぽけーっと二人の会話を聞いていた。




◆◆◆


 (散々だ…)

 好きな女性を迎えに来たら、女性は婚約者とよりを戻し。

 その婚約者に一言言ってやろうと思ったら、威圧されて後ずさってしまった。

 これを当て馬、といわず何といおうか。


(甘いものでも食ったら、さっさと国に帰ろう…)

 「ドーナツ一つ…」

 「ドーナツ一つください!」

 ナーニャの注文から一呼吸後に、少女が駆け込んできた。

 「あらぁ、ごめんなさいね。これ、最後の一つなのよ。ここは女の子に譲ってあげてもらえるかしら、お兄さん。」

 「いやいやおかしいだろ。俺が先だっただろうが。」

 パルティ王国には『お菓子』という文化がない。

 お菓子を食べられるのはこの機会しかないのだ。


 「え、ちょっとお兄さん、心狭す…」

 少女は不服そうにこちらを見上げ、言葉をとぎった。

 どこかで見たことのある顔だ。

 「あー…やっぱり譲ります。お姉ちゃんに振られて、傷心中ですもんね。」

 「はぁ!?」

 (って事はロミロアの妹か…)

 「別に傷心してねぇし?」

 というか、残念ながら降られてもいない。

 「じゃあ譲ってくださいよ。ていうか口調どうしたんですか?おかまじゃなかったんですか?」


 (近頃のガキは…)

 人の気持ちを考える、とかいう心はないのか、とのナーニャは思った。

 

 「まぁいいですよ。じゃあ半分こしましょうか。」

 返事をしないナーニャに、仕方がないわね、というようにシャリーンはつぶやいて、ナーニャの手を引くと、広場のベンチに座った。


 「はい」

 シャリーンはドーナツを半分に割ると、ナーニャに渡す。

 「…いや、もういいよ。俺金払ってねーし。別にもういらねぇよ。」

 「遠慮しなくていいですよ。ここのドーナツ大きいし、私一人だと食べ切れませんしね。」

 そう言われて差し出されれば、断る理由もなく。

 

 実はかなり食べたかったので遠慮なく受け取った。


 「てか、傷心中はお前の方じゃねぇの?」

 「え?何故?」

 「自分との婚約がどーのとか、ギルドラードに言ってたじゃねぇか。」

 「あぁ、あれはもうどうでもいいんです。」

 パクリパクリと大口でドーナツを食べ進めながら、シャリーンは答える。

 見た目も性格も口調も、まるでロミロアとは似ていない。

 あえて言うなら目元が少し似ているような気はするが、言われなければ姉妹とも気が付かないだろう。


 (似てたら少しは反応したのかもな…)

 ナーニャのイチモツセンサーも起動しなかった。


 「お母様が、ギル様は私のことが好きに違いないっていうから、そういえばよく初等部でも声かけられるし、もしかしてそうかなーって思ってただけで。まぁギル様かっこいいし、私の事好きなら婚約してもいいかなーって思ったけど、お姉ちゃんとより戻せたんならそれが一番ですし。」

 本当にチクリとも気にしていない様子で、シャリーンは答えた。

 「私ともあろうものが、危うくお母様の口車に乗せられるところだったわ。お母様は早く宝石商の所に娘を嫁がせたいだけなのに。危ない危ない。」


義母とロミロアが、あまりうまくいっていないという話は聞いたことがあった。

 「宝石商、な…。」

 「お母様は宝石商に借金をしているの。で、宝石商のポルトヴァは貴族の嫁を貰って箔をつけたいみたいで、借金の代わりに娘を差し出せって言ってるわけ。まぁ、お姉さまはギル様と結婚するから、ポルトヴァと結婚するのは私になるわね。」

 「え。」

 宝石商の話は聞いたことがある。もう60過ぎのおじさんのはずだが…

 「お前まだ9歳だろ?」

 「えぇ。だからあと9年後までポルトヴァが生きていれば、の話ね。」

 男女ともに18歳まで結婚ができないのがこの国の決まりだ。

 あっさりというその様子に、ナーニャは苦笑いを浮かべた。

 「それでいいのか?お前は?」

 「まぁいいんじゃないかしら。私好きな人はいないし。宝石は好きだし。」

 

 『妹は馬鹿じゃないんですよ。まだ子供ですけど。ただ、直接的なだけで。思ったことを言うし、やりたいことをやる。そういう意味では少し、ナーニャに似ているかもしれませんね。この国の令嬢としては、苦労も多いでしょうね。』


 いつぞや、ロミロアが言った言葉を思い出す。

 子供と似てるといわれても、と複雑な気持ちだったが、今シャリーンの言葉を聞いていると、確かに少し似ているところがあるのかもしれない。


 「それとも、お姉ちゃんみたいに、私のことも助けてくれます?ナーニャ様。」

 「そうだなぁ…。」


 ちらり、と念のためイチモツを確認する。

 なかなかに悪くない娘だと思ったが、やはりイチモツの反応はない。

 …相手は9歳児なのだから、反応されても微妙な気持ちではあるが。


「…お前はおかし作れるか?」

 「いえ、全然。」

 「お菓子が作れるようになったら助けてやる。その時は連絡しろ。」


 ドーナツ半分のお礼だ。

 シャリーンには連絡先を渡し、2人は別れた。




◆◆◆


 国に帰ってすぐに、シャリーンから手紙が届いた。

 「助けを求めるには早すぎるが…。」

 封筒には、手紙とともに、小さな瓶に詰められた金平糖が入っていた。


 『ナーニャ様へ

  今後お世話になるかもしれませんので、お菓子を同封しておきます。

  シャリーンより。』


 たったそれだけの短い手紙に、ナーニャは声を上げて笑ってしまった。


 ナーニャは短く返事を書き、またその返事が短くシャリーンから届いた。


 こうして、2人は『文通』を始めたのである。


 シャリーンからの手紙は、とても短く、それでいて、かなり笑えるものだった。

 『同級生に、『お姉さまの婚約者を奪おうとした』とかわけのわからないことを言われたので、飛び蹴りしたらお母様に怒られました。』

 とか

 『ポルトヴァ様に大きなルビーのついたネックレスをもらいました。とてもきれいですけど、重いです。大きくてきれいで軽い宝石ってこの世にないのかしら。』

 とか

 『ギル様があまりにも生意気なので、今日、得意の馬術で対決しました。勝ちました。ギル様は平然としていたけれど、内心泣くほど悔しがっていることでしょう。』

 とか。


 ナーニャは、その返事に、

 『そりゃ怒られるだろ。飛び蹴りはやめとけ。』とか

 『そんなものはない』だとか

 『笑える。それは見たかった』だとか、一言短い返事を書いた。

 そして時々思い出したかのように

 『そんなことよりお菓子作りの腕は磨いているんだろうな?』と書き加えたが、それに対する返事は帰ってこなかった。


 そんな色気も何もない短い手紙は、五年間。

 ナーニャが22歳。シャリーンが14歳になるまで続いた。

 いつしかナーニャはシャリーンの手紙が届くのを、楽しく思っていた。


 その間、ナーニャのイチモツは、相変わらず微動だに反応しなかった。

 国では相変わらず『女言葉』を使い、女性を避け続けていたが、いよいよ、限界がやってきた。


 「いい加減結婚しなさい!」

 と、最終的に両親に言われ、しぶしぶに婚約者を募集することとなってしまったのだ。

 

 (どうやったら結婚相手にイチモツのことがばれずに済むか…)

 結婚相手など誰でもいい。イチモツのことに不満を持ってくれない相手であれば。

 …いや、夫のイチモツが起たないことに不満を持たない女性などいないだろうが…


 『お姉さまが誕生日のケーキを焼いてくださいました。ケーキ作れるってもうプロですよね。』

 そんな短い手紙が、シャリーンから届いていた。

 『婚約者を募集することになった。お前がお菓子を作れるようになって、俺に助けを求めてきても、側妃扱いになるが不満を言うなよ。というかお前お菓子作れるようになってないだろ?』


 いつもより少しだけ長く、返事を書いた。

 『あら、ナーニャ様結婚されるんですか?お姉さまの事はもういいんですか?』

 と相変わらず短いシャリーンからの手紙に、

 『いつまでも引きずっているわけがないだろう。今婚約者を選んでいるところだ。』

 と返事を書いた。

 しばらくして、

 『それは知りませんでした。』

 とだけ返事が来た。


 さて、なんと返事を返そうか、と筆を執って悩んでいるところで、

 「お客様が見えられてます。」

 と執事が呼びに来た。


 「なんでお前がいるんだ?」

 お客様、ことシャリーン・ハルクは5年ぶりだが、一目でわかった。

 身長が少し伸びて、少しだけ女性らしい体つきになっていたが顔つきにはまだ幼さが残っていた。


 「お菓子を作りまして。」

 シャリーンは何事もない様子で、包装したビニールを突き出した。

 見るからに焦げた、黒い何かがその中に入っていた。

 「なんだこれは…」

 (これは、お菓子、なのか?というか、わざわざお菓子を渡すためだけに来たのか?)

 一応差し出されたそれを、口に運んでみた。

 「苦い。」

 「ですよね、やっぱり。焦げましたもんね。」

 「なぜわざわざ失敗したお菓子を持ってきたんだ…。」

 「私の今の実力を知っていただこうと思いまして。」

 「あぁ、知った。」

 残念である、ということを。


 「そうですか、では。」

 (???)

 意味が分からないままに、シャリーンは立ち上がり、一礼をすると去ろうとした。

 「ああ?んん?」

 くるり、とシャリーンが振り返る。

 「あの、」

 少しだけ間を持って、シャリーンが言う。

 「会いたくなったので来ました。」


  あまりにド直球の言葉に、ナーニャは言葉を失った。


 「では、失礼します。」

 「えぇ?かえんの?」

 「言いたいことはいったので、もう帰りますけど?」

 「あ?うん?それでいいのか?お前は、俺が好きなんじゃねぇの?」

 「え?」

 

 シャリーンはポカン、と口を開けた。


 「そうなんですか?」

 「しらねぇよ!でもわざわざ会うために隣の国まで来るんだから、好きなんじゃねぇの?普通は。」

 「そう…なの…かな?」

 首をかしげるシャリーンにナーニャはクククと笑った。


 「まぁ、今のところわかりませんので、今日は帰ります。」

 シャリーンの言葉にナーニャは再び言葉を失う。

 「おい。」

 「ナーニャ様の事を好きなのかどうか、考えてみます。」


 (…その間に俺が婚約者を見つけたらどうするつもりなんだ…。)


 シャリーンは言葉通り去り、ナーニャの手元には焦げたクッキーだけが残った。


 「…あと四年、か。」

 再び手元のクッキーを口に運んだ。

 ガリリと口の中をただただ『苦さ』が支配して、ボロボロと崩れた欠片がソファーに散らばる。

 

 あと4年すれば、一応シャリーンも結婚できる年にはなるわけで。

 まぁありえないことではあるが、4年後までに婚約者が決まっていなければ、正妻として迎えることも、できなくはないわけで。


 「だから何だってんだ…」


 子供相手に、何を真剣に考えているんだ、と、立ち上がって、ズボンにこぼれたクッキーのかけらをはらいながら気が付く。


 (嘘だろ…)


 ナーニャのイチモツが、そりゃあまぁ見事にそそり立っていた。





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