理性と本能
「ん…?あ…ギルドラード様、起きたんですね。」
すぐそこ。ベットの端に頭をもたれるようにして眠っていたロミロアが、むっくりと顔を起こした。
「え、あ?ど、どうして君が、」
「ギルドラード様が話してくれないからですよ…」
まだ眠たそうに、薄めを開けたロミロアがあくび交じりで答える。
確かに。自分の右手がしっかりとロミロアのドレスの袖をつかんでいることに気が付いて、ギルドラードは慌てて手を離した。
「す、すまない!」
「はい…ふふ、ギルドラード様、目が腫れてますね。氷か何か、持ってきますね。」
ふらふらとロミロアが立ち上がり、部屋を出ていった。
(あぁ、どうしよう…)
ロミロアがいなくなった部屋で、ギルドラードは一人うなだれる。
勘違いして、暴走して婚約破棄を言い出して。昨日はあんな子供っぽいところを見られて。
まだ婚約破棄は成立していない、していないけれど。
何を言えばロミロアの心を引き留めることができるのか。
ギルドラードにはまるで自信がなかった。
「ごめんなさい。」
氷水を受け取りながら、素直に頭を下げるギルドラードに、ロミロアは戸惑いを隠せなかった。
「本当に…ここ数日の事…ごめん…なさい。」
王家、とは絶対的な君主。
多少のミスがあろうとも、下々に頭を下げるべきではない。
そのように教育されているはずのギルドラードが、それを自覚しているはずのギルドラードが、こんな風に頭を下げるなんて…。
「いえ、あの、えぇ…はい。」
寝ぐせで横髪がピヨンと跳ねているのが、とても可愛らしい。
…なんてことを悠長に考えているあたり、ロミロアはギルドラードの事をとっくに許している。
いや、許すというか…そもそも恨むつもりもないのである。
「その…虫のいい話だとは思うが…まだ…僕を婚約者として…認めてくれるだろうか…。」
その顔は、まるで縋ってくる子犬。
『はいもちろんですとも!』と全力で肯定したくなってしまうのを、必死の理性で打ちとめた。
「その…それは…」
今回のことに関しては許すも許さないもない。
誤解だったということもあるし、悲しくはあるが、怒ってなどいなかった。
ただ、この先、の事を考えると。
ロミロアの理性がいうのだ。
自分のためにも、ギルドラードの為にも、ここで婚約破棄をしておいたほうがいい、と。
言い淀むロミロアに、ギルドラードがきゅっと下唇をかんだ。
「だめ…か…?」
不安そうに揺れる瞳。
「だめというか…」
だめだ、と突き放すのが一番なのに、ギルドラードの顔を見ると、中途半端な言葉しか言えない自分に腹が立つ。
理性ではわかっているのに、彼を前にすると本能が訴えるのだ。
『こんなかわいい子を悲しませるなんてありえない!』と。
「僕…今回はその…たくさん誤解して、勝手にいろいろ思い込んで…でも、本当は、ロミロアと一緒にいたいんだ。ずっと一緒に…一緒に月をみながらお茶を飲んで、流れ星を見つけて微笑みあったりして。そうやって…生きていきたい。」
その言葉には、はっきりと聞き覚えがあった。
いや、言いおぼえ、というべきか。
確か4年前、自分が言った言葉。
「覚えててくださったんですね。」
「もちろん。そのイヤリングも…流れ星をデザインしたつもりだったし。」
きゅうん、と胸が締め付けられる。
(無理、私には無理。)
頭では、理性では、将来の事を考えて、何が正しいかなんてわかっている。
でも、この可愛らしく、自分を見つめる少年の手を振りほどくことなんて絶対にできない。
「ずっと、僕と一緒にいてほしいんだ。…今回の事は、どうか許してほしい。」
たとえ、この先2人が別れることになったとしても。
周りから『あの時婚約破棄しておけばよかったのに』といわれるような悲惨なことになったとしても。
それでも、これからの行動に、後悔はないとはっきり言える。
「許すには、条件があります。」
「条件?何?なんでもいいよ。」
「ほっぺたを触らせてください。存分に。」
「柔らかーい!ぷにぷにぃ~」
目じりを限界まで下げたロミロアはとても幸せそうに、ギルドラードの頬を撫でまわした。
ギルドラードはとても複雑そうな顔をしながら、
「…うん、まぁ君が幸せならそれでいいけど…」
と頬を差し出していた。
「やはり、あれだ。君にとって僕は小動物のようなものなんだな。そこは誤解じゃなかったみたいだ。」
「…まぁ、そうですかねぇ。小動物とは比べ物になりませんが。」
否定することもなく、頬を撫でまわすことを止めることないまま、ロミロアは答えた
。
「あまりギルドラード様の前で言うと失礼かなと思ってましたが…私、ギルドラード様のことが、かわいくてかわいくて仕方がないんです。」
「そうか…」
あまりに直接的なその言い方は、なぜか不快ではなかった。
ギルドラードは顔を赤くし、視線を外す。
「このままいつまでもぷにぷにでいてほしいくらいです。」
「…まぁ今のうちにかわいがっておけばいいよ。」
ギルドラードは、自分の頬を撫でまわすロミロアの手の上に、小さな手を重ねた。
「あと5年もすれば、俺がかわいがるほうだからね。」
ギルドラードはわずかにその手のほうへと顔を傾けると、ロミロアの手のひらにチュッと口づけをした。
「…!!」
ロミロアはとっさに手を離す。その顔は真っ赤だ。
(何今の、)
ドクドクと胸が高鳴る。
ギルドラードはその様子を見ると、楽し気ににぃっと笑みを浮かべた。
それはいつもの天使のような笑顔ではなく、何かたくらんでいるかのようなどこか陰りのある笑みで。
初めて見るその表情に、ロミロアの胸の高まりはますます高鳴り続けた。
「あれ、」
ギルドラードはギルドラードで、初めてみるロミロアの反応に、加虐心を覚えていた。
「あと5年も時間はいらなそうかな。」
「あと5年たっても、ギルドラード様はまだ14歳ですよ…。」
小さく呼吸をして自分を落ち着かせながら、ロミロアは答える。
「そのころには私は22歳、もっと大人です。」
「何年でもいいよ。一生一緒にいるんだから。これからの一緒に過ごす時間に比べたら、8年の年齢差なんてもう、どうでもいいや。」
「それは…」
「たとえ君が、異国の王子に恋をしようとも?僕はもう引かないから。」
にぃっとほほ笑みながら、ギルドラードはロミロアの前にずいっと顔を寄せる。
「君は一生、僕の者だよ。」
きらりと光る、ギルドラードの瞳。
(あぁ…もう…)
ロミロアは慌てて顔を背ける。
(まさか、9歳児がかっこいい…)
その言葉を口にすればギルドラードはますますその口元を吊り上げることになるだろう。
ロミロアはぐっとその言葉を飲み込んだ。
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