ショタ王子はただただかわいい

 結局、婚約破棄式は、いったん中止となった。


 ぐしゅぐしゅとギルドラードは涙しながらも、ロミロアのドレスをつかみ、決して離さなかった。


 仕方がないので、ギルドラードと、王・王妃・マーガス宰相の乗る、王家用の馬車に、ロミロアも乗車し、城へと戻る。


 馬車の中で、時々しゃくり声を上げながら、ギルドラードは今回の心境を語りだしたのだった。




◆◆◆


 ことの発端は、約1年前。

 ギルドラードが初等部に入学する1か月前の、ロミロアの誕生日のことだった。


 ギルドラードは、誕生日というイベントの日をロミロアと二人きりで過ごしたかったのだが、父である王が『食事に招待しないさい』なんて余計なことをいうものだから、しぶしぶ城にロミロアを呼び、王・王妃とともに食事をした。


 その後、ギルドラードの部屋で、ロミロアと二人きりになり、ソファーに二人並んで座って、たわいのない会話を交わした。


 特別なんてこともない、ロミロアと二人で過ごす時間が、ギルドラードはとても好きだった。

 ロミロアは、周りの子供たちと違い、とても落ち着いている。

 それでいて他の大人たちとも違って、過度な期待をギルドラードに込めることもなく、全力でギルドラードを甘やかしていた。


 ロミロアの前だと、子供に合わせてふるまうことも、大人を演じてふるまうこともしなくて済む。

 ギルドラードが一番、『自然体』でいられるのは、ロミロアの前だけだった。


 しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎる。

 「そろそろお暇しますね。」

 とソファーを立ち上がろうとしたロミロアに、ギルドラードは慌ててプレゼントを渡した。

 何か月も前から、悩み、考えてデザインした、イヤリングだ。


 自分がデザインした、ということを告げると、ロミロアはまるで花を咲かせたかのように、ぱぁっと明るくなって、全力で喜んでくれた。


 「とっても!とっても嬉しいですわ!」

 ロミロアははしゃいで、ぎゅうっとギルドラードを抱きしめた。


 ふわりとロミロアの優しい髪が頬にあたり、ほんのりとシャボンのようないい匂いがした。


 「は、放せ、おい。」

 何故だかとてつもなく恥ずかしくなって抵抗すると、慌ててロミロアはぱっと離れた。

 「失礼しました。嬉しくてつい。大切にしますね。」


 そういいほほ笑むロミロアの顔が、あまりにも眩しくて、なんだか尚更恥ずかしくなって、顔が赤く火照っていくのが自分でも分かった。

 真っ赤になった顔を見られるのが恥ずかしくて、うつむいていると、

 「そろそろお暇致しますね。」

 とロミロアがソファーから立ち上がった。

 「…あぁ、また。」


 普段なら馬車まで見送るのだが、余裕がなく、そのままロミロアが部屋から出ていくまで、ギルドラードはピクリとも動かなかった。


 (あぁあ、もう、)


 ロミロアが出て行ってから、頭を抱える。


 暖かくてやわらかくて、あれ以上くっついているとなんだかやましい気持ちになってしまうような気がして、ついつい突き放してしまった。

 ハグなんて、他国ではあいさつ代わりに他人とでも交わすというのに。

 自分の何と、余裕のないことか。


 (おめでとうって言葉すら言えてない…。)


 しばらくそうして自己嫌悪に陥っていると、顔の熱が冷めていった。


 (やっぱり見送りに行こう)

 立ち上がり、部屋を出ると、ドアの外に警備が二人、立っている。


 「ん?君たち、ロミロアの見送りは?」

 「あ、はい。ちょうどマーガス宰相が来られまして、自ら見送られるということでしたので。」

 「へぇ…。マーガス、まだ城にいたんだ。」

 

 (普段は夕方になったらすぐに屋敷に帰るのに…)

 少し疑問を抱いたが、その時は特段、何も考えなかった。

 

 ロミロアが馬車に乗る前に、『お誕生日おめでとう』と伝えなければ。

 それだけを考えて、小走りに城の廊下を走った。


 ちょうど、玄関の前に、ロミロアとマーガスの影があった。


 「ロミ…」

 声をかけようとしたとき、マーガスが何か四角の箱を、ロミロアに渡した。

 「はい、これ。」

 とてもそっけなく、とても乱暴に。


 なぜかとっさにギルドラードは柱の陰に隠れた。

 何か、見てはいけないものを見てしまった気分だ。


 「これ…まぁ…素敵…。」

 箱の中からは、大きなサファイヤの宝石のついたブレスレットが入っていた。

 マーガスはとてもうれしそうに、ブレスレットを手首にはめようとして、宝石が重たかったのか、金具を止める途中でブレスレットを落としそうになっていた。


 マーガスはロミロアの手首と、ブレスレットをつかみ、

 「落とすとかありえないよ。傷なんかつけたら許さないからね。」

 とぶつくさつぶやきながら、その金具を止めていた。


 ロミロアはとても満足そうに、手首にはめたブレスレットをマーガスに見せ、

 「もちろん、大切にしますわ。」

 とほほ笑んだ。


 照れ臭いのかマーガスは、不機嫌そうなふりをしてそっぽを向いた。




 馬車が玄関先につき、玄関が開いた。

 月明かりが、マーガスとロミロアの影を作り、マーガスの影が、ギルドラードの足元まで伸びてきた。


 (マーガスは…背が高いな…)


 なぜかギルドラードは、柱に隠れたままぼんやりとそんなことを考えていた。

 『誕生日おめでとう』の言葉を贈ることはできなかった。




 (マーガスがロミロアに、大きな宝石のついたブレスレットを贈った)


 (ロミロアはそれを嬉しそうに受け取った)


 (マーガスの身長はとても高く、ロミロアと頭一個半分ほども違った)




 その三つの事実は、もやもやとギルドラードの胸を支配していった。




 このブレスレット。

 これはもちろん、マーガスが自分で準備したものではなく、王妃に言われてロミロアに不服ながらに渡した、『王家の瞳』のついた、『王太子妃に贈られるブレスレット』である。

 であるからこそ、ギルドラードが目にしたものは、実際にはロマンチックのかけらもなく、

 『何故この女にこれを贈らなきゃいけないんだ…。くそぉ、これはメアリーの物になるはずなのに』というマーガスの思考と

 『王太子妃に贈られるものだって!わー、嬉しい!ぷくく、マーガス様悔しそう』というロミロアの思考がバチバチに絡み合ったものだったわけだが…


 ギルドラードはその事実を知らぬまま、時は流れた。




◆◆◆


 初等部に入学し、真っ先に声をかけてきたのが、ロミロアの妹のシャリーンだった。


 真っ先に話しかけてきた言葉は、こうだ。

 「あ、貴方がギル様ね!一目でわかるわね!お姉ちゃんがかわいいかわいいって連呼するのもわかる気がするわ!」

 「か、かわいい…?」


 ギルドラードは物心つく頃には『神童』と呼ばれていた。

 周りからの期待も高く、厳しい教育の下、『美しい』『立派』『大人顔負けだ』などという誉め言葉はいくらでも浴びていたが、『かわいい』という言葉とは無縁に育った。


 「ろ、ロミロアは僕の事をかわいいって言ってるのか…?」

 「えぇ、本当にもううるさいくらい!でも実物を見ればわかるわね。確かにお姉ちゃんの言うとおりだわ。リリーと同じくらいかわいいわ!」

 「…リリーとは…?」

 「小鳥よ!私が飼ってるの!」


 …つまり、自分は小鳥と同じレベルだと…?


 「ち、ちなみに…ロミロアはマーガスの事とか…なんか言ったりするか…?」

 「マーガス様の事?そうね、顔はかっこいいのに、とかなんとか…」


 ちなみに、何とか、の後に続く言葉は『中身がひどすぎる』である。


 「か、かっこいい、か…。」

 「え、なに、ギル様落ち込んでる?あれ?私なんか変なこと言った?」 


 ロミロアはマーガスのことが好きなのではないだろうか。

 そして自分のことは、かわいい小動物のようにしか思っていないのではないだろうか。


 そんな不安が胸を締め付けていった。




 それ以降、シャリーンとはよく会話を交わした。


「かっこいい男性というのは、どういうものなんだろう。」

 「うーん、わからないですけど。クラスの女子たちはギル様の事をかっこいいって言ってたりしますけどねぇ。」


 ギルドラードは同学年の女子がすこらぶる苦手だったが、シャリーンだけは別だった。

 

 ロミロアとよく似た目元をしているせいだろうか。

 それとも『媚びない』『裏表のない』『悪意のない』その物言いのせいだろうか。

あっという間にロミロアにとってシャリーンは友人と呼べる立場になった。

 

 「あ、そうだ。今女子の間でロマンス小説が流行ってるんですよ。そこに出てくる王子様がかっこいいんですって。」

 

 シャリーンにそういわれ、早速ギルドラードはロマンス小説を買い、読みふけった。

 

 ストーリーは実に陳腐で、ご都合展開が続くものが多かったが、少しも『かっこいい男性』のヒントを得ようとしたのだ。


 流行だったのだろう。

 小説に出てくる、王子やヒーローの特徴は、すべて『無口でクール』だった。

 背が高く、たくましく、強く、頼りがいがあり、無口で、時折照れ屋で、だが決めるべき場所では臭いセリフも平気で言える。

 そんな男性だった。


 『背が高く』『たくましい』に至っては、ギルドラードがいくら努力しても今すぐに同行できるものでもない。

 ギルドラードは内面的なものを参考にすることにした。


 その結果、『甘いものが嫌い』で『ブラックコーヒーを好む』無口で、そっけない、キャラクターを、ロミロアの前で演じるようになった。

そういうキャラを演じて、ロミロアと過ごす時間は、以前のようには楽しいものではなかった。


 ロミロアの手首にはいつも眩しく光るあの、ブレスレットがあった。

 ロミロアの耳元に自分が送ったイヤリングがつけられることはなかった。


 ギルドラードのもやもやはより深く色濃くなっていった。


(ロミロアとマーガスは思いあっているのかもしれない…)


そう思いながらも、確かめる勇気はなかった。

それに、仮に思いあっていたからといってなんだというのだ。確かめる必要なんてない、と自分に言い聞かせた。


ロミロアは自分の婚約者で、自分は王族。

王族との婚約を破棄など出来るわけがない。


卑怯でも悪者でもなんでもよかった。


(早く大人になりたい…)


早く大人になって、マーガスよりも体格のいい、頼りがいのある男性になれば、きっとロミロアの気持ちも…。



 


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