婚約破棄をぶち破る者
三日後、婚約破棄式の朝。
婚約破棄式は、王家も勢ぞろいする公の場ではあるが、決してめでたい式ではない。
ロミロアは常識に倣い、紺色の暗いドレスを着て、アクセサリーもすべて外した。
(…地味が過ぎる…)
その恰好はあまりにも、ロミロアの『地味顔』を引き立ててしまっている。
一つくらいアクセサリーをつけようか、と宝石箱を開くと、とても小さな宝石のついた星形のイヤリングが目に付く。
(…最後に開いておいてよかった。)
大切に、しまい込んでいたイヤリング。
去年の誕生日に、ギルドラードからプレゼントしてもらったものだ。
『プレゼントをいただけるのはありがたいですが、今までのような大きな宝石のついたものは不要ですわ。安物でも、ギルドラード様が選んでくれたものなら、何でもいいです。』
『プレゼントは何がいいか?』とギルドラードに問われ、ロミロアはそう答えた。
そして、このイヤリングが贈られたのだ。
星が連なり、耳元でキラキラと揺れる美しいデザインはギルドラードが自ら書いたものだという。
(とても、嬉しかったわね…)
嬉しすぎて、なくすのが怖くて、一度もつけることができなかった。
改めて、ロミロアは思う。
ギルドラードと過ごしたこの4年間は、やはり、とても心が温かくなる思い出ばかりだった。
たくさんの幸せをもらえた。
(お礼を言わなきゃいけないわ。)
ギルドラードが、自分に罪悪感を抱かずに済むように。
笑顔で婚約破棄式を迎えよう。
きっともう、二度と会うことはないのだから。
◆◆◆
婚約破棄式。
神の前で交わした婚約を、破棄することを、申立人、今回でいうギルドラードが、まずは一人で神に許しを請う。
その後双方の親族が会場へ入り、最後に申し受け人、つまりロミロアが会場に入る。
(うわぁ)
会場に入って、否応なくロミロアの目についたのは、妹シャリーンの姿だった。
王妃でさえ暗い色のドレスを着ているというのに、シャリーンのドレスは白。
あからさまに場違いすぎて、悪目立ちしまくっている。
(よりにもよって白いドレスって…)
教会で白いドレスを着る、ということは『結婚する当人』もしくは『婚約する当人』だけだという決まりがある。
つまりシャリーンは『今から私、婚約します!』と宣言しているようなものなのである。
当の本人は、母親に言われるがままドレスを着ただけで、おそらくそこに意味など何も考えていないのだろうが、これでは王や王妃に冷ややかな視線を向けられるのも、仕方がないことだといえよう。
宰相マーガスに至っては、笑いをこらえるので必死な様子で、うつむいて肩を震わせている。
(シャリーンは馬鹿でも、悪い子でもないのに…あんな母親が付いていれば心配だわ。)
これからは近くで、守ってあげることもできない。
妹の今後を考えると、不安で仕方がなかった。
「ロミロア・ハルク。前へ。」
神父の言葉に慌てて前を向くと、神の祭壇の前で、灰色の服を着たギルドラードが待ち構えていた。
彼は、振り向き、ロミロアを見ると、少しだけ驚いたように目を見開いた。
4年前の事を思い出す。
4年前もギルドラードは同じ位置に立っていて。
振り向いてロミロアを見ると、驚いたように目を見開いた。
「ロミロア、今日は特段に綺麗だね。」
自分の腰丈よりも小さな、男の子に、満面の笑みでそういわれ、可愛らしさから思わず抱きしめたくなったものだ。
あれから4年。
ギルドラードの身長は、今や自分の目線まで伸びた。
当然、あの時のように笑顔を浮かべることなどなく、少し気まずそうに、視線を外される。
ロミロアは小さく息を整えると、笑顔を作り、前へと進んだ。
(最後は、笑顔で。)
まずは申し受け人…ロミロアが婚約破棄書にサインをする。
さらさらさら、と迷いなくサインを書き込んでいるロミロアの手元に、ギルドラードの強い視線を感じる。
(そんなに見つめなくても、きちんとサインしますよ…)
丁寧に、最後まできっちりと文字の羽をつけ、ペンをギルドラードに差し出す。
「本当に、婚約破棄するんだ…。」
ぽそりとつぶやいたのだろう、場違いな妹の声が、静まり返った教会に響いた。
「ギルドラード様、」
流石に心配が過ぎて、ロミロアはギルドラードにだけ聞こえるような小さな声で、呼び掛ける。
「妹は無邪気でかわいい子ですが…世間知らずなところも多いです。どうか、ギルドラード様がお守りくださいね。特に、マーガス様の毒牙にはご注意を。」
ギルドラードはその言葉を聞くと、大きく目を見開いた。
ペンを受け取ることも忘れて、呆然とロミロアを見つめる。
「…ロミロア、君は…」
どう言葉を発すればいいのか、と悩んでいるようだった。
(シャリーンのことに、気が付いていたのか?ということかしら。誕生祭には私だって出席していたんだから、気づかないほうがおかしいと思うけれど…)
「気づきますよ。ずっとそばにいたんですから。」
にっこり、と笑顔を向ける。
「ギルドラード様の幸せを、心から願っておりますわ。」
ロミロアの言葉に、ギルドラードの眉がへにょん、と下がった。
それはまるで、子供が泣き出す前の、表情で。
(こんな顔、久しぶりに見た。)
ギルドラードも少しは、自分との別れを寂しく思ってはくれているのだろうか。
嫌われてしまったわけではないのだな、と少し嬉しくなった。
それだけで、十分だ。
「…イヤリング、似合ってる…」
ぼそり、とつぶやかれたギルドラードの言葉に、今度は作ったものではなく、自然の笑みがこぼれた。
「ありがとうございます。…ギルドラード様、さぁ、ペンを。」
ロミロアの言葉に、ギルドラードはきゅっと口を結び、何やら訴えるような目線を向けてくる。
「ギルドラード様…?」
「ロミロア、僕は、」
その続きは、あわただしく開く会場のドアの音でかき消された。
「大切な式辞の最中、申し訳ございません!!教会の周りをうろつく、不審な男を発見しました!」
「捕獲しましたが、まだ仲間がおるやもしれませんので、式を中断、王族の皆様型に置かれましては、至急城への非難を!」
警備のイカツイ男性二人が、水色の髪のイカツイ男性を抱え会場へ入ってきたのだ。
「だーかーらー、不審でもなんでもないって言ってるでしょ!?私は友達を迎えに来ただけよ!」
「ナーニャ!」
髪を振り回しながら、羽交い絞めされた状態で暴れる男。
ナーニャ・スカルト。
ロミロアの友人、隣国バルティ王国の王子の姿が、そこにあった。
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