第88話 トラップ
僕は何故か先輩と一緒に祠の中に立っていた。
「これ、泳いで行けないのかな?」
「ちょっと無理だと思うよ?
この洞窟から出た所に渦が出来るって言ってたから
少なくとも泳いでは行けないね」
そう言って先輩が一つの平な岩に腰を下ろした。
僕たちは今、両親の想い出の祠でトラップされている。
何故こんな事になったのかというと、
僕がどじったからだ。
祠のある洞窟へ入り口は、引き潮の時は通れるけど、
満ち潮の時は通れない。
祠のある周りの、少しの空間だけ海水が入ってこない。
僕は両親にこの場所を聞いて
皆んなには告げずにこの場所に1人で来た。
少し此処で考えたっかた。
でも少し長居をしてしまった。
気ついた時にはもう海水がそこまで来ていて、
この洞窟から出る事が出来なくなっていた。
それじゃ何故先輩がいるのか?
それは…… 先輩もそこに居たから。
じゃあなぜこんなことになってしまったのかというと、
それは早朝に始まった。
「君たちこんな朝早くから何やってるの?」
よく眠れなくて早く目が覚めた僕は、
海辺を散歩しようと海岸へやって来た。
すると数人の男の子達が、
向こうの茂みの中で
あみに虫かごを下げて何やらやっていた。
「ほら!」
そう言って見せてくれた虫かごには
大きな虫が二匹入っていた。
「これ、カブトムシだよね?」
そう尋ねると、
「シー」
と人差し指を口に押し当てて、
「ほら、そこにもう一匹いるんだ。
だから静かにしないと逃げちゃうよ」
そう言ってヒョイヒョイと目の前にある大木に登っていった。
「君、木登り上手だね」
僕がそう言うとその子は、
「この辺んじゃ登れないと変だよ」
と僕を不思議そうに見下ろした。
「ねえ、君達、この辺に祠があるの知ってる?
洞窟みたいな中にあるって聞いたんだけど……」
子供達はお互いを見合って、
「お兄ちゃんの言ってる洞窟って
そこの先にある洞窟だと思うけど……
でも何も面白い物なんて無いよ?
古い祠があるだけでさ。
潮が満ちると帰って来れなくなるから
子供達だけでは近付いたらダメなんだ」
そう言ってチョット先にある岩場の窪んだところを指さした。
「ありがとう」
そう言うと、僕は岩場まで戻った。
少し岩場と土の境目を山手の方へ進んでいくと
その洞窟はちゃんとそこに姿を表した。
「凄いや……
本当にあったんだ……」
僕は興奮した様にして中へ進んだ。
少し中は薄暗かったけど、
祠のところまで来ると、
ちゃんと灯りは灯っていた。
此処だ……
お父さんとかなちゃんが永遠の愛を誓った所なんだ……
凄く不思議な感覚だった。
確かに凄く静かで別世界の様だった。
周りを見回すと看板らしきものがあって、
そこには海の安全をお祈りして祀った祠だと書いてあった。
僕はそれを読んでクスクスと笑っていた。
“かなちゃんとお父さんって海の安全の神様に永遠の愛を誓ったのか……
プクク、その時の神様の顔を見てみたかったな〜
冷や汗モノだったかも……”
と自分の両親ながらに可笑しくて涙が出そうだった。
何だかな〜
そう思って、振り返ると、
後ろに先輩が立っていたので腰を抜かすほどビックリした。
「先輩! ビックリした!
こんな朝早くから何してるんですか?!」
「いや、眠れなくって海辺を散歩してみようと思ったら
陽一君の姿がみえて追いかけて来たんだ……
子供達と話してたみたいだけど、
一体何話してたの?」
「子供達……
木登り上手だねって……
それにこんなに朝早く何やってるのかなって……」
「で? 彼らは何やってたの?
虫取りとか?
この時間帯だとカブトムシとかかな?」
「よく分かりましたね?!
どうして分かったの?
セミとかだって取れるでしょ?」
「いた、セミは日中の方が撮りやすいでしょう?
それに比べカブトムシは夜行性だから早朝でないと隠れちゃうからね〜」
「そういえば先輩も小さき時捕まえたって言ってましたよね」
「よく覚えてたね」
そう言って先輩はビックリしてたけど、
僕は先輩の顔を見て
「そりゃあ、先輩の事だったら……」
そう言いかけて口を噤んだ。
「受験の準備はどう?」
と先輩が違う話を振って来たにで少しホッとした。
「この夏休みが終わったら勝負が始まりますね。
ねえ、先輩のアメリカ留学はどんな感じだったの?」
僕がそう言うと、
「チョット此処に座ろうか」
と、ちょうど良い具合のベンチみたいな岩があったので、そこに腰掛けた。
きっとこの岩はベンチを意識して置かれたのだろう。
「こんな所にこんな祠があったなんて全然知らなかったな……
陽一君は知ってたの?」
「僕は両親から聞いてはいたんですが、
さっきの子供達が正確な場所は教えてくれたんです」
そう言って僕は、
“本当だったら今は凄い絶好のチャンスなのに……”
と此処で告白しようとした思いが喉元まで出かかった。
でも先輩の
「僕のアメリカではね……」
と言う言葉でいとも簡単に引いていってしまった。
先輩が話し終わった後、
「波の音ってリラックス出来て良いですよね」
と言う僕の言葉で、
「え? 波の音?」
と2人一緒に気付いた時は、
もう洞窟の半分まで潮が満ちて来ていた。
「あちゃ〜 やっちゃったね……」
先輩も失敗したというような顔をしていた。
「信じられない……
どうやったらこの状況を見過ごす事が出来たの?!
本当に、何も分からない子供じゃないのに!」
僕たちは呆然と立ち尽くした。
「ねえ、これって泳いで行けないのかな?」
との冒頭にくるのである。
まあ慌てても起きてしまった事は仕方無い。
僕は慌てて携帯を探し始めた。
「あれ? あれ?」
どこにも見当たらない。
「どうしたの?」
「僕が此処にいるって誰も知らないから
お父さんにラインしようと思ったけど、携帯持ってきて無いみたい……
先輩は誰かに言ってきた?」
僕は祈る様な気持ちで尋ねた。
「いや、僕も黙ったまま出て来たんだ……」
「携帯は?」
先輩は少しゴソゴソとポケット探った後、
「いや、僕も持って来てないみたいだ……」
と万事休すだった。
僕が慌て始めたのが分かったのか、
「大丈夫だよ。
こっちに来て座ったら?
朝食に僕たちが、い無い事が分かれば、
誰かが探しに来てくれるよ。
幸い潮はここまでは来ないみたいだし、
誰かが見つけてくれるまで座っていよう?」
先輩がすごく落ち着いていたので
何だか大丈夫だと言う気になってきた。
先輩の隣に腰を下ろすと、
先輩はまだ少し震えていた僕の手をずっと力強く握っていてくれた。
「陽一君はアメリカの大学に受かったらその後の予定はどうするの?
ほら、出発とか……」
「僕ね、アメリカの大学、プライオリティーに変えたんです」
「え? じゃあ、受かれば行っちゃうの?」
僕は頷いて、
「その大学一本で行くことに決めたんです」
そう言った瞬間、先輩の僕を握る手にさらに力が加わった様な気がした。
先輩は何も言わなかった。
洞窟の中は薄暗くて先輩の顔が影になってしまえば、
その表情を読み取る事はもう難しかった。
その時洞窟の入り口の方から光が見え、
「陽一! いるのか?!」
と声がした。
僕は水際まで寄って行くと、
「お父さ〜ん」
と大声を出した。
するとボートに乗ったお父さんと城之内先生が直ぐに姿を表し、
ボートがまだ止まっていないのにも関わらず、城之内先生は飛び降りると、
「起きたらいないから、凄く心配したんだよ!」
僕の横に立っていた先輩をすり抜けて僕に抱きついて来た。
先輩はその時はもうすでに後ろ姿になっていたので
僕には先輩の顔は見えなかったけど、
懐中電灯を持ってやって来たお父さんが先輩の顔を見て、
「浩二…… お前……」
とだけ言っていたのが聞こえた。
僕たちは海岸沿いに戻ると、
船を貸してくれた漁師の方に丁寧にお礼を言うと、
その場でお父さんにこっ酷く怒られた。
城之内先生に手を引かれ僕は先輩の横を過ぎる時に、
「先輩、行こう。
きっと詩織さんも心配してると思うよ」
そう言って先輩を後にした時、
僅かにだけど、僕は小さな携帯のバイブの音を先輩のポケットの中から聞いたような気がした。
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