第87話 城之内先生と海

「あ、ほら! 多分ここから行くんだよ!」


智君が、下へ行く階段を見つけた。


小さな小道から覗き込むと、

下の方に広がる海岸が見えた。


「ほんとだ~

ちゃんと海水浴場になってる。

人、割かしいるね~


でも子供が多いね? 大人はいないのかな?」


そう言いながら下へと降りて行ったと言っても、

わずか数段だけだ。


ビーチは思ったより小さく、

地元の子供らしき子たちが自分達だけで

まるでプールにでもいるかのように泳いでいた。


辺りを見回すと、向こうに岩場が見えた。


かなちゃんから聞いていた洞窟を探そうと思ったけど、

チョット見では分からなかった。


岩場の向こうは緑で囲まれていたけど、

洞窟がありそうな感じには見えなかった。


「僕、ちょっと向こうの岩場まで行ってみる」


そう言うと、


「あ、僕も一緒に行くよ」


そう言って城之内先生が一緒についてきてくれた。

智君は向こうの防波堤で

魚釣りをしている人たちの所に行くと反対の方へと行った。


岩場の方へ行くと、カニやヤドカリが沢山いた。


「先生、カニ! カニがいるよ!」


「そりゃあ、海だからいるでしょう?

陽一君、カニ見た事ないの?」


「いや、あるけど……

でも先生と一緒に見るカニは初めてじゃない!」


僕がそういうと、僕の横に先生もしゃがみ込んできた。


「ちっちゃくて可愛いね。 陽一君みたい」


「え〜! 僕、こんな小ちゃく無いですよ!」


「ハハハ! 陽一君は僕から見るとちっちゃいよ〜

すごく可愛い」


そう言って頭をクシャクシャっとして鼻を摘んだ。


確かに城之内先生から見たら僕は小さいかもしれない。


弟の良太さんがランウェイモデルだけあって、先生も背が高い。


きっと僕のお父さんくらいはあると思う。


僕がじっと先生を見ると、


「ねえ、本当に僕と付き合う気は無いの?

彼、結婚するんでしょう?」


と唐突に聞いてきた。


「先生、僕をロクデナシにしないで下さい。

彼がダメだったから次はあっちって……

これでも純なんです」


「知ってるよ。

もう5年も陽一君と一緒にいるんだよ〜

知ってるから陽一君が欲しいんだよ〜


僕のこと好きになってくれたら、

ほら、今陽一君が言った様に、

陽一君は純だから僕の事だけて見てくれて、

絶対浮気の心配無さそうだし、

心から純に僕に尽くしてくれそうだし、

純に良い奥さんになりそうだし、

それに何より、純に僕の子供達のいいお母さんになりそう!


ね? 純だらけでしょ?」


そう言われて、僕は素直に嬉しかった。


「先生、僕に対してそんな事思ってたの?

少し買いかぶりすぎですよ。

僕はそんないい子じゃないですよ?」


「そりゃあ、最初は凄く可愛い子が来たなって程度だったけど、

陽一君って高校生になっても心は凄い清らかなんだもん。


話してて、凄い素直に純に育ったんだろうなって分かるよ。


それもご両親の賜物なんだろうけど、

そこに矢野さんがいたって言うのはチョット妬けるな〜


少なくとも、今の陽一君を形成するのに、彼の影響もあったって事だしね」


僕は先生の方を見てビックリした様に、


「先生でも妬いたりするんですか?!」


と言ってしまった。


先生はクスッと笑うと、


「そりゃあ人間だからね〜

お腹すけばご飯食べるし、

ご飯食べたらトイレにだって行くし……


悲しかったら泣いちゃうし、

気になる子に好きな人がいれば嫉妬だってしちゃうよ〜」


と恥ずかしそうに言った。


「先生って結構選り取り見取りで生徒達にも

結構告白されてましたよね?」


「まあ、告白される事はいっぱいあるけど、

知らない子達って嫌だよ。

何考えてるか分からないし、

その点陽一君だったらもう要点掴んでるし……


安心して僕を預けれるって判断したんだ」


先生の冷静な分析に僕は少しビックリしたと言うか、

感情的に物事を捉えるんじゃなくって、

ちゃんと、僕という一人の人間を見てくれているんだって凄くうれしくなった。


でもそうかといって先生の事をすぐ好きになれるわけではない。


でも、心動かされる要因になる理由にはなれる。


僕は立ち上がると、

静かに波打つ砂浜を見て、


「今って満ち潮なのかな?」


とぽつりと言った。


「いや、岩が結構出てるからこれは引き潮だろうね。

満ち潮になると、きっとあの木の根っこの所まで海水が行くと思うよ」


城之内先生が指さした方を見ると、岩場と土の境目らしきところに、

向こう側の木の根っこがあらわになってそびえたっていた。


「これ、潮は引いたばかりかな?」


会話の流れを変えて申し訳ないと思ったけど、

今の僕には先生の告白?に何と返せばいいのか分からなかった。


まだまだ自分の事だけで一杯、一杯だ。


そんな僕の心情を分かってか、

城之内先生はニコリとほほ笑むと、


「どうだろうね? 砂が渇いてるから、

引いて時間は立ってるだろうね。


そろそろ満ちてくるんじゃないかな?」


と静かに答えた。


先生にそう言われ、ぼんやりと洞窟の事を考えていた。


“今日はもう探すのは無理かな?”


足元の岩を見ると、真ん中にくぼみがあって、

そこに小さな魚が取り残されて元気に泳いでいた。


その場にしゃがみこんで魚が泳ぐのを眺めたり、

そばに来たカニを枝でつついたりしていると、

僕の前にもう一つ影が出来た。


「もうすぐご飯だそうですよ」


と先輩の声がしたので上を向くと、

彼が城之内先生の隣に並んで僕を見下ろしていた。


「ありがとうございます。

わざわざ来ていただいてすみません」


と城之内先生が挨拶をすると、

いきなり城之内先生に対して質問をしていた。


「君は陽一君と同じ生徒ってわけではないよね?

どのような関係なのかな?」


と問う先輩に、


「ハハハ、同じ高校生にしては老けて見えますよね」


と返し、


「いや、そんなつもりでは……」


と二人はチグハグな会話をしていた。


僕はスクッと立ち上がると、


「先輩、僕の塾の先生兼、

高校の教師でもある城之内先生です。


で、先生、こちらは僕が小さい時からお世話になっている

矢野さんです」


とお互いを紹介した。


「あ~ これは、これは、陽一君が大変お世話に……」


ってか、貴女は僕の両親?というような挨拶を

早速先輩は城之内先生にしていた。


「陽一君から聞きましたが、

最近、ご婚約されたようで、おめでとうございます。

先ほどの綺麗な方が婚約者の方ですよね」


先生がお祝いの言葉をかけると、

ありがとうございますと一言言った後、

話をそらすようにして、

別の話題へともっていった。


「あの……少し気になるのですが、

教師というものは一生徒と個人的に仲良くなって

プライベートで一緒に出掛けても良いものなんでしょうか?」


先生は先輩を見ると、


「矢野さんはどのようにお考えですか?」


と尋ね返した。


「え? 私ですか? 私は……」


そう言って先輩は口を噤んだ。


「食事の用意が出来てるんですよね。

行きましょうか?


僕は智樹君を呼んできますので、

お先に陽一君をお願いします」


そう言って先生は防波堤の方へと向かって歩き出した。


“先輩と二人きりにしないでよ!”


と心の中で叫びながら、

僕が先生の去っていく背中を目で追っていると、


「行こうか?」


そう言って先輩が僕に声をかけた。


僕は黙って先輩の後をついて行った。


「ねえ」


と言って先輩が立ち止まったので、

僕も立ち止まった。


先輩の顔を見上げると、


「城之内さんって……」


と尋ねてきたので、


「城之内先生が何か?」


と尋ね返すと、


「いや、良いんだ、忘れて」


と中途半端な感じで少しモヤッとした。


その時向こうで、


「浩二さん!」


と先輩を迎えに来たのか、

詩織さんが手を振っているのが見えた。


「僕は一人でも大丈夫だから、

行っても良いですよ?」


そう言うと、先輩はいともあっさり、


「じゃあ」


と言って詩織さんの方へ走って行った。


それが僕にとって凄く違和感だった。


でも先輩は直ぐに僕の方へ戻ってきた。


「? どうしたんですか?

詩織さんと一緒に行かないのですか?」


「いや、彼女はちょっと先にあるコンビニに行かなくちゃって……」


「一緒に行ってあげないの?」


僕がそう尋ねると、

先輩は少し複雑そうな顔をした。


僕が心配そうに先輩の顔を覗いていたのが分かったのか、


「お刺身がすごくおいしそうだってよ。

陽一君、茶わん蒸しも好きでしょう?

茶わん蒸しもあるんだってよ」


そう言って微笑むと、僕の歩幅に合わせてゆっくりと旅館まで歩いてくれた。

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