第86話 両親の想い出の海
僕は告白をしようとは決めたけど、
そのシチュエーションばかりに頭が言って、
失恋をした時の事をはっきり言って考えていなかった。
良く、失恋をした後は死にたくなるとか、
ご飯も喉を通らなくなると聞くけど、
僕は神経が太いのか、そう言うわけでは無かった。
最初からそうじゃなかった訳ではないけど、
2、3日もすると、
精神的にもかなり落ち着いた。
何だろう?
それは不思議な感覚だった。
本当だったら凄く悲しいのだろうに、
何だか見えないベールで包まれて、
悲しみから守られている様な感じがずっとしていた。
最初はどうしようか悩んだ海も、
結局は計画通り行くことにした。
大人数の旅行になってしまったけど、
矢野先輩の隣にはちゃっかりと詩織さんもいた。
予想しなかったわけではないけど、
最初彼女の姿を見たときは度肝を抜いてしまったけど、
これからこうやって家族同士の付き合いが始まっていくのだろうか……
僕は当たり障りのない挨拶をすると、
プイっとよそを向いた。
駅に着いた時、先輩はまだ構内へ行かない僕を呼び止めて、
「まだ行かないの?」
と声をかけてきた。
横では詩織さんが先輩の腕に手を絡ませて
「早く行こうよ」
とせかしていた。
「僕、友達を待っているのでお先にどうぞ」
そう言うと、まだ僕に話しをしたそうな先輩を無理やり引っ張ったようにして、
詩織さんはズンズンと先に進んでいった。
先輩は僕を振り返り、振り返り結局は詩織さんについて行った。
僕は暫く駅の前で智君や城之内先生がやって来るのを待った。
木村君は大我君の撮影が入ったため急に来れなくなり残念だったけど、
智君の彼女の彩香ちゃんは来てくれた。
皆がやって来ると、連れ立ってホームへと歩いて行った。
「おっはようございま~す!」
と智君が元気よく挨拶をすると、
皆が一斉にこっちを向いた。
僕の家族は詩織さんを先輩の伴侶として認めて無いという訳では無いけど、
そこには異様な空気が流れていた。
そして詩織さんはその中で1人だけ浮いていた。
それは、傍からみていた皆が感じたことだった。
僕たちは少し離れたところに立った。
「矢野さんの彼女、ほら、何て言ったっけ?
詩織さん? 彼女、前にも会った事あるけど、
あんな感じだったっけ?」
智君がヒソヒソと聞いて来た。
智君に指摘され、僕は彼らの方をチラッと見た。
確かに何処か雰囲気が違う。
何処が違うのかと聞かれると、
うまく説明できない。
此処から彼等の会話は聞こえないけど、
明らかにかなちゃんは愛想笑いをしている。
肝心の矢野先輩はちゃんと詩織さんの隣に立ってはいるものの、
浮かない顔して心、此処にあらずだ。
“昨夜は眠れなかったのかな?”
自分でそう思って心がズキンと来た。
“もうあの寝室も詩織さん仕様になっているのだろうか……?”
以前先輩を訪れたときは、キッチンやリビングは思いっきり勝手が変わっていた。
そしては僕は、それは先輩のスタイルではないことを知っている。
でもベッドルームだけは変わっていなかった。
そこには僕の知っている空間がちゃんとあった……
でも二人の事を考えると嫉妬で狂いそうになるので、
なるべく2人の事は考えない様にした。
僕は智君の方を向くと、彼の質問に対して
肩をすくめて見せた。
その瞬間電車が入ってくるベルが鳴ったので、
僕たちは黄色いラインに並んで立った。
僕の両親は矢野先輩と詩織さんと一緒に座り、
智君のガールフレンドの彩香ちゃんはあ~ちゃんと座り、
僕と智君は城之内先生と一緒に座った。
早速お菓子を出して回し食いをしていると、
「君達は楽しそうだね」
とかなちゃんがやってきた。
「どうしたの?
また腰が痛いの?」
僕が尋ねると、かなちゃんは自分が座っていた席をチラッと見て、
「それがさ〜 聞いてよ〜」
と、智君の隣にちゃっかりと座り込んできた。
「何々? スキャンダラスな匂いですね」
と智君がふざけた様に言うと、
かなちゃんはチラッと向こうを見やって
僕たちの会話が聞こえないのを確認すると、
「それがさ〜」
と始めた。
「僕さ、ハッキリ言って、詩織さんの事あまり知らなかったんだけど、
会ったのも、結婚することが決まって挨拶に来た時が初めてなんだよね」
「え? そうだったの?」
とそっちの方に僕がびっくりした。
彼女の事だから、何度も先輩の職場に来たことがあるのかと思った。
「そうなんだよ、それでさ、別に悪い人じゃないんだけど、
その時の二人の印象っていうのが、
先輩、何でこの人選んだんだろう?って疑問?
ほら、そんな事、婚約直後に直接聞けないじゃ無い?」
「どうしてそう思ったの?」
僕がそう尋ねると、
「実はね……」
と来た所で、
「おい、要、次の駅で下車だぞ!」
お父さんがかなちゃんを呼んだので、
「じゃあ続きはホテルでね」
そう言ってかなちゃんは自分の席に戻って行った。
かなちゃんの言いたかった事が凄く気になった。
本当は今直ぐ聞きたかったけど、
下車準備をしなければいけない。
上の棚からボストンバッグを下ろすと、
電車の窓から外を見た。
僕たちの席の窓から見える景色は、
さっきまで平地だったのに、もう既に海に変わっていた。
水面がキラキラと光って綺麗だけど、
海水浴場という様な感じでは無い。
“こんな所に本当に海水浴場があるのかな?”
そう思っていると、電車が停まった。
荷物を抱え電車を降りると、
僕の鼻一杯に潮の香りが広がった。
大きく息を吸って、
“海の匂いだ〜”
と僕は思わずつぶやいた。
「そうだね、海だね」
そう言って城之内先生がクスッと笑った。
続けて、
「陽一君、可愛い。
荷物持ってあげようか?」
ときたので、あまりにもの大胆な掛け声にギョッとした。
「ねえ、城之内先生って、陽ちゃんにいつもああなの?」
と、かなちゃんが智君に質問する声が聞こえて来た。
智君がチラッと僕の方を見ると、ニヤッとして
「そうですね〜
これなんてマシな方かも?
何時もは、あれや、これも……
ご両親の前だから遠慮してるのかな?」
と皆んなに聞こえるように言ったので、
「智君! 何なの、そのあれやこれやって!
そんな事したこと無いでしょう!
それにその手つき!
ちょっといやらしいよ!」
と僕がドギマギとしてしまった。
もちろんこのやり取りは先輩にも聞こえていたはずだ。
僕は恥ずかしくて、穴があったら入りたかった。
別に先輩に聞こえたからってどうかなるわけでは無いけど、
出来れば先輩には聞いて欲しく無かった。
智君にギャーギャーと突っかかっていると、
旅館の送迎バスがやってきた。
「佐々木様ご一同でよろしいですか~?」
と運転手さんが声をかけると、
僕たちはバスに乗り込んだ。
『ねえ、陽一君、矢野さんと原田さんって変なカップルだよね』
と、僕の隣に座った城之内先生が耳打ちしてきた。
『どういう意味ですか?』
『婚約してるんだよね?』
『100%間違いありません。
ちゃんと結婚式の招待状も来ました!』
『だよね~』
そう言って先生は首をかしげていた。
“かなちゃんといい、先生といい、一体どうしたんだろう?
二人とも大人だから僕の感じれない何か変なバイブを感じてるのかな?”
不思議に思っていると、
「陽ちゃん、陽ちゃん、ほら、この民宿!
ここが僕たちがここへ来た時に泊まった所だったんだよ」
とかなちゃんが目の前を通り過ぎていく
古びた民宿を指さした。
「この民宿もうやってないみたいだよ?」
と僕が言うと、
「そうなんですよね〜
この民宿をされていたご夫婦も歳を取られてね〜
跡取りがいなかったので閉められたんですよ。
なんせ小さい街だし、
これと言って観光するところもないし、
あるのは海ばかりですからね〜
若者も此処には留まらないんですよ」
とバスの運転手さんが教えてくれた。
かなちゃんは通りすがり悲しそうにその民宿を眺めていたけど、
僕たちの泊まる旅館はその民宿の目と鼻の先にあった。
バスが玄関で止まると、
「お疲れさまでした。それでは滞在をお楽しみください」
そう言ってバスの運転手さんが僕達を旅館の前で下ろしてくれた。
そこまで大きな旅館というわけでは無いけど、
オーシャンビューの部屋は最高だった。
部屋割りは言うまでもなく大人はカップル、
子供プラス城之内先生は男女に分かれての部屋割りとなった。
部屋のカギをもらって部屋に入ると、
道を挟んだ向こうが直ぐ海になっているのが窓から見えた。
窓を開けると、潮風が気持ちよくザ~っと部屋の中を吹き抜けた。
窓から景色を見回すと、
かなちゃんが言っていたビーチらしきものがあの民宿の先にあるのが見えた。
「僕、ちょっとビーチまで行ってみるけど、
一緒に行きたい人!」
と尋ねたら、智君が
「はい! は~い!」
と手を挙げた。
「今着いたばかりなのに、
君たちは元気だね~」
城之内先生は少しジジ臭いことを言っていたけど、
結局は僕たちに付いてきた。
彩香ちゃんはあ~ちゃんに温泉探しと称して
ホテルの探検に連れ出されてしまった。
他の大人たちは夕食までのんびりとしてると言ったので、
早速僕たちはビーチに向かった。
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