第75話 誤解は解けるのか?

家に帰ると、かなちゃんがソワソワとしながら玄関で待っていた。


そして何故か矢野先輩もそこにいた。


僕にとっては両親の混乱を心配するよりも、

矢野先輩がそこにいた事が僕にとっての混乱だった。


きっとかなちゃんが不安で呼んでしまったんだ……


彼は僕の姿を見た途端安堵の笑みを僕に向けた。


「先輩、久しぶり! 元気にしてた?」


僕はなるべく、明るく挨拶をした。


僕が先輩を通り過ぎる時、

彼は心配そうに僕の手を取り

ギュッと握りしめ、そしてまた離した。


そして、


「お母さん、お久しぶりです。

お変わりありませんか?」


とお祖母さんに挨拶していた。


「浩二君…… 見違えたわ。

貴女も立派になって……

変わらず裕也と一緒にいて支えてくれてたのね」


と、お祖母さんも先輩の事を知っていたようだ……

まあ、幼なじみの二人だからそれは当たり前か……


そしてお祖母さんはかなちゃんの所で立ち止まると、


「あなたが要君ね。

裕也をずっと支えてくれて有難う。

やっと会うことが出来たわね。

それにこんなにも素晴らしい陽一君を……」


とかなちゃんの手を取り握りしめると、

涙を耐えて頭を下げていた。


お祖母さんのセリフから、

お祖母さんはがかなちゃんに会うのは初めての様だった。


「初めまして。要です……」


かなちゃんは何と言って良いのかわからない様だった。


「あの…… 取り敢えずはどうぞ奥へ」


とお祖母さんと佐々木君をリビングまで案内した。


「先輩、聞いてた話と違うじゃない!

優しそうなお母さんだよ?」


とボソボソというかなちゃんの声が聞こえて来て、

それはお祖母さんにも聞こえている様だった。


かなちゃんに受け入れられそうなのが分かったのか、

彼女の顔が少し安堵した様にみえた。


リビングに行くとあ〜ちゃんは持ち前の度胸の大きさで、

ソファーに寝転がってテレビを見ていた。


「まぁ、あなたが愛里ちゃんね。

本当に賢そうで綺麗なお嬢さんね。

それに本当にお父さんソックリで……」


とお祖母さんがあ~ちゃんとの初対面に感激してるところに、


「お祖母さんって、お父さんのお母さんなの?

私にとってはお祖母ちゃんなの?」


と尋ね、お祖母さんはその問いに、


「そうよ、そうよ。

あなたの祖母の佐々木都よ。

お父さんから一度も聞いたことないの?」


と返した。


そこは賢いあ〜ちゃん、


「お祖父さんやお祖母さんの話をすると、

お父さんが悲しい顔をするから何も聞かなかったの。

お父さんが悲しいのは嫌だもん。


でも、お祖父さんにも、お祖母さんにも凄く会いたかったのよ!

今日は会えて凄くうれしい!」


と彼女を傷付けないように言葉を選び、

逃げようとした僕とは大違いだ。


お祖母さんは、


「私も愛里ちゃんにあえてとても嬉しいわ。

これからはいつでも遊びにきてね」


と言っていたけど、お父さんは少し複雑な顔をしていた。


「あの…… 立ったままでは何ですので、

どうかお座りください」


そう言ってかなちゃんがお茶を運んできた。


「要君、有難うね。

素晴らしい子供達だわ」


お祖母さんが言ったのと同時に、


「で? 何故陽一があの家に居たの?」


とお父さんが本題に入った。


「全ては僕の仕組んだことなので、

僕が話します」


そう言って佐々木君が手を挙げた。


「良いだろう、君の話をまず聞こうじゃないか」


そう言ってお父さんはデーンとソファーに腰掛けた。


「僕、席を外そうか? プライベートな話だし……」


矢野先輩がそう提案すると、


「先輩は僕と此処に居て」


そう言って僕は先輩の手を引いて、

僕の隣に座らせた。


先輩が隣にいると、

何でもできそうな気がしたから。


少し勇気を分けてほしかった。


だから先輩も、そのまま僕の隣に腰かけた。


「じゃあ、まず僕のことから……


僕は佐々木悠生と言います。


さっき裕也さんと喧嘩していたのが父になる悠希です」


「そうか…… お前が悠希の……」


「父とは面識があったのですか?」


「ああ、これでも小さい時は割と仲が良かったんだよ。

お前の父とその兄は割と親族から爪弾きにされてたんだよ。

彼らの母親が原因でな。


で、仲良くしてたのが俺だけだったって事で、

俺が一番年下だったんだけど凄く仲良くてな。


兄みたいに慕ってたんだよ。


そうだったよな? お袋?」


「そうねえ、あの頃は私も含め、本当に皆酷かったわよね。

今もそんなに変わってはいないのだけど……」


「そうだったんですね。

それでその父なんですが、

裕也さんが家を出られた後に養子としてあの家に入ったんです。


僕には母違いの兄が居るんですが、

父が僕の母と結婚するために離婚までして……


それで、裕也さんと結婚するはずだった母……優香が僕の母になりました」


「え〜! 長瀬先輩が?!」


そう叫んだのはかなちゃんだった。


「あ…… ごめん……

凄くびっくりしちゃって……

まさか長瀬先輩が君の母親だったなんて……」


横では矢野先輩もショックな様にしていた。


「先輩、佐々木君のお母さん知ってるの?」


僕が耳打ちすると、


「知ってるも何も、彼女も僕たちの幼馴染で

政略結婚を退けても、裕也の事がすごく好きだった子なんだよ。

いや〜 この情報には僕もびっくりだよ。

裕也の従兄弟と結婚してたなんて……

彼女には要君もかなり泣かされたね〜」


とまた新しい情報に僕の目は回る様な感じだった。


「じゃあ、君のお兄さんはお母さんを追いやられた事を恨んでるんじゃないの?」


「聞くだけではそう聞こえるかも知れませんが、

兄の母は仕事人の様な人で、

家にも滅多に帰らず、父とも関係はあまり良くなかったようです。

だから兄は自分の母に育てられた事がないんです。


だから僕の母に育てられた様なもんで、

僕の母のことが彼は大好きなんです。


それに父もずっと母に憧れていた様で、

母と結婚できると知ると、非情なようですが、

何の躊躇いも無くすぐに兄の母と離婚しました。


きっと父的にはもう夫婦関係委は終わっていたんでしょうね……


それに兄の母もおそらく慰謝料に目が行ったんでしょうね。

佐々木家から莫大な慰謝料が提案され、

二つ返事で躊躇をせずに家を出て行きましたよ。


でもずっと憧れだった僕の母と結婚しても、

父は報われなかったんですね。


母はずっと裕也さんの事を思っていました。

父が彼女に愛されることは無かったんです」


「なぜそんな事が分かるんだ?

もうあれから10年以上経ってるんだぞ?


それに現に悠生も生まれているし、

未だって一緒にいるんだろ?」


「母のタンスの引き出しから、裕也さんの写真が見つかったんです。

母は何も言いませんでしたが、父は凄く怒って……


多分ストレスを溜めていたんだと思います。


お祖父様の跡取りとして養子に迎えられたのに、

中々政治家として成功しないし、

何かとあれば親戚中から裕也さんと比べられて……


極め付けが母の隠していた写真で……


僕は本当は母も父のことが好きだと思うのですが、

母も言葉少なでそればかりは僕にも確信はありません。


そう言った雰囲気が嫌で僕はずっと祖父母の部屋に入り浸りで、

兄は母になついていたのですが、

僕は大袈裟に言うと祖母に育てられた様なものなんです。


だから祖母がずっと会いたかった裕也さんやその家族に

もう一度合わせてあげたくて、

同じ学園に息子さんが居るって知って……

だから近づいたんです。


本当にすみませんでした。


でも、お祖父様も、お祖母様も

自分たちの過去をずっと後悔していたんです。


どうか、どうか、彼らの気持ちを汲み取ってください。


どうかお願いします」


そう言って佐々木君は土下座した。


「裕也、本当にごめんなさいね。

私達が間違っていたわ。


Ωはちっともαに劣ってなんかいない。


私たちは皆平等よ。


貴女が去った後、第二次性に対する法律が変わって、

貴女が本当は何を望んでいたのか分かって、

やっとそれが理解できたの。


私達の謝罪を今すぐ受け入れるのは難しいと思うけど、

どうかこれだけは覚えておいて。


私も、お父さんも、裕也の事を一日たりとも忘れたことは無かったわ。

息子として今でも愛してるし、

無くすまで気付かないとは本当にこのことなのねって実感したの。


私達は本当に心から改めたの。


それはお父さんも一緒よ。


あなたさえ良ければ、お父さんにも会ってあげて欲しいの」


お祖母さんの言葉に、

お父さんは難しい顔をしていた。


「先輩、お母さんが此処まで言ってくださってるから……」


かなちゃんがそう言うと、


「お前は彼奴にどんな仕打ちを受けたか忘れたのか?」


「でも……

 人は皆変わるんだよ?

だれでも許されるチャンスは持つべきだよ。


先輩には難しいかも知れないけど、

お父さんに会ってあげてあげたら?


それで、もしダメだったら、

またその時に考えても良いし……」


かなちゃんがそう言うとお父さんは苦虫を噛み潰したような顔をして、


「分かったよ!


要に免じて一度だけ、

一度だけ会ってみるよ。


もしそれで本当にダメだと思ったら、

2度目はないからな」


と答えたから、

僕はジャンプしてお父さんに抱きついた。


「お父さん、ありがとう!

お父さん大好き!」


お父さんはお祖母さんの方を見て、


「今日は来てくれて有難う」


とボソッと言った。


僕は嬉しくてお父さんにしがみついてワンワン泣いた。


そんな僕の背中を先輩はポンポンと叩いて、

あ〜ちゃんはお祖母さんに抱きついていた。


佐々木君は下を向いて泣いていて、

彼のそんな背中をかなちゃんはさすっていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る