第23話 目論見と信用と

「なるほど。不死者、ね……」

「なかなか飲み込みづらい話だとは思うが理解してくれるとありがたい」


 不死者はべトレイに自身の肉体についてを説明する。死んでも蘇生すること、蘇生した際に怪我が治ること。残るもう一つの特性についてはまだ明かさない。


「いえ、実際にこの目で見たんだもの。納得せざるを得ないわ……」


 べトレイは困惑した様子だったが、どうにか納得したようだ。まだ彼女を信頼出来ていない状態で、不死者は自身の手の内を晒すことになってしまった。


「これなら、本当に倒せるかも……」


 小さな声で呟くべトレイの声は、不死者にしか聞こえていなかっただろう。


 ――本当に?


「そうだアレイス、斧渡したままだっただろ。返してもらえるか?」

「ああ、そういえばそうだったね。はい」


 これで不死者の使える武器は剣と斧の二つ。基本的には剣で戦うのが望ましいが、サブウェポンが必要になることもあるだろう。


「見えてきました!あそこです!」


 べトレイの指した方向には小さな村。そこを先程戦ったようなワーウルフの群れが徘徊している。村の中央にはうっすらと光が見える。おそらくそこに結界の基となる魔法陣が存在するのだろう。


「数が多いね……」

「ああ、どう侵入する……?」

「中央に行く抜け道があったはずだわ。今も存在すればだけど……」


 ――抜け道、か。


 元々は彼女の住んでいた村だ。抜け道の存在を知っていてもおかしくはない。おかしくはないのだが、どうにも引っかかる。最初に感じた違和感と同じで、あまりにも都合がよすぎるように感じる。


「誘い込まれている?」

「……どういうことでしょう?」


 真っ先に反応したのはべトレイだった。ウェスタは理解できていないようだが、エニュオも不死者と同じ結論に至ったようだった。


「状況を整理するぞ。俺たちはこの結界を出たい、べトレイさんは魔物に捕らわれた弟妹を助けたい。どちらの目的にとっても障害となるのが、村に居座っている魔物だ。だから俺たちはその魔物を倒し、魔法陣を破壊するためにここまで来た。目的地は村の中央で、そこまで行く抜け道も存在する」

「はい、ですから抜け道を使って急いで魔物を倒しましょう。そうすればすべて解決します」

「そうだ、すべて解決するんだ。それはあまりにも、都合が良すぎないか?」


 その言葉でウェスタも気付いたようだ。今の状況はあまりにも不死者たちにとって都合が良すぎる。これではまるで。


「誘い込まれてる。違うか?」


 不死者に睨みつけられたベトレイが目を逸らす。おそらく図星だろう。


「やっぱりな。改めて聞くが、べトレイさん、あんたの目的は?」


 べトレイの額には汗が浮かんでいる。ほんの少しの間をおいて、ベトレイは真っ直ぐに不死者の目を見つめながら告げる。


「私の目的は、弟と妹を、助ける事よ……!」


 震える声、けれどそこには絶対の意思があった。すべてを決意した声。それほどの覚悟を、決意を抱いているのだ。きっと彼女はその目的の為なら手段を選ばないだろう。


「……そうか」


 不死者にはそれを止めることは出来ない。大切な人が生きていて、まだ助けられる可能性があるのだ。ならばどんな手段を用いても助けたい。その気持ちは痛いほど理解できる。


「相手を欺くために、俺を撃つのは許す」

「え……?」


 ベトレイは拍子抜けしたような声を上げた。


「だが二人のことを撃つのは許さない。それだけは覚えておけ」

「……っ」


 ウェスタとエニュオは黙っている。


「俺はあんたを信じる。二人のことは撃たないってな。だからあんたも信じてくれ。俺たちは魔物を倒し、あんたの弟妹を助ける」


 あとは信用の問題だ。不死者は彼女を信じるしかない。彼女は先刻、本当に倒せるかもしれないと、そうこぼしていた。それは彼女が一行に僅かでも希望を見出したということだ。その希望を信じてもらう、それしか出来ない。


「わかったわ……私は貴方達を信じる……」

「よかった。じゃあ行こうか、親玉をぶっ倒しに」


 改めて気を引き締める。

 村を占領しているという魔物の親玉。それがゴブリンキングと同等、もしくはそれ以上に強かった場合、苦戦を強いられることは間違いないだろう。ゴブリンキングに勝てたことすら奇跡に近いのだ。ベトレイも戦力に出来るのならば、そうしない手はない。

 だからこれは感情論ではない。少しでも勝ちの可能性を近づけるための判断だ。不死者は自分自身にそう言い聞かせる。言い訳のように。


「ここよ」


 べトレイに案内された先は小さな洞穴だった。曰く一軒の民家に繋がっているらしい。何かしらの非常時に備えてのものだったらしいが、有効活用はされることはなかったようだ。

 中に灯りは無く、ウェスタの炎の魔法が無ければ一歩先すらも見えない。敵の足跡等が無いことを見るに、敵は抜け道の存在は本当に知らないのかもしれない。


 ――あるいは知っていてあえて放置しているか。


「着いたわ」


 重い石の扉を開けた先は民家の地下室だった。魔物に占拠されているとは思えないほど整った内装は、些か不気味なほどだった。


「ここは魔物に知られていないのか?」

「ええ、多分知られていないと思う」

「じゃあ何でここから逃げなかったの?」


 エニュオが問う。確かに魔物側に知られていない道があるのなら、そこから逃げれば良かったはずだ。しかしそれをしなかった。そこにも何か理由があるはずだ。


「結界か?」

「ええ……村から外に出たところで、結界がある以上はその効果範囲からは出られないわ……」

「だから使っても意味が無かったと」

「それもあるけど……」


 そこでべトレイは言いよどむ。何かを言うべきか否か、とても悩んでいる様子だ。それから少しの間をおいて、彼女は口を開いた。


「一番の問題は――」

「この術式、ですよね?」


 それまで口を閉ざしていたウェスタが、突然ぽつりと呟いた。


「この通路、相当強い認識阻害の術式がかけられています。隠匿魔法と言うのでしょうか」

「その通りです。そもそも私がこの通路を知ったのも偶然でした」


 話を聞くと、彼女もこの通路を元から知っていたわけではなかったようだ。魔物たちから逃げている途中、幸運にも発見したらしい。そこまでしてこの通路が隠されていた理由は不明だが、そのおかげでベトレイは生き延び、また不死者たちも無駄な戦闘を避けて村の中央付近に辿り着けた。今はその事実に感謝するべきだろう。


「ここから表に出て右に向かうとこの結界の中心部があります」


 階段を上り終え、荒れ果てた民家の中で一行は作戦を立てることにした。


「前衛は俺が行く。べトレイさん、援護してくれると助かる」

「わかりました」

「アレイスはウェスタを守りながら付いてきてくれ」

「わかった」

「私はどうすればいいですか!」

「ウェスタは魔力探知を張り巡らせながら魔法での攻撃を頼む。何かあったらすぐに知らせてくれ」

「はい!頑張ります!」

「最後に、命の危険を感じたらすぐに逃げろ。自分の命が最優先だ」


 全員が息をのむ。武器を握る手に力がこもり、鼓動や呼吸が早くなる。

 一番重要なのはべトレイの弟妹の救出だ。二人の人質を救出し、その後に魔法陣を破壊する。その過程で遭遇するであろう魔物の親玉も撃破する。それが容易でないことは、誰の目で見ても明らかだろう。無謀にも近いそれを、しかし成し遂げなければならない。


「目標はべトレイの弟妹の救出、及びこの結界の中心部魔法陣の破壊」


 ――本当に、出来るのか?


 そんな弱音を吐きたくなる自分を、今にも震えそうな自分を鼓舞するために、不死者は叫ぶ。


「……行くぞ!」


 開け放たれた扉が開戦の合図。この戦いの行く末など知る由もないまま、不死者たちの戦いは幕を開けた。

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