第24話 獣王①

 一行は立ち塞がるワーウルフ達を薙ぎ倒しながら村の中心へと進んでいく。思っていたよりも数は多くなく、問題なく中心部に辿り着けそうだった。


「フシシャ君!?」


 不死者は自身の肉体を襲った痛みに気が付かなかった。否、そうではない。正確には痛みが来るよりも早く絶命していた。目を覚ました時には廃屋に倒れていた。


「騒がしいと思ったが、客人とはなぁ…」


 ソレはワーウルフとは明らかに違う。その体躯も流暢に言葉を話していることも。

 3mはあろうかという大きな体。その手には人では持つことすら適わぬであろう大剣を携えている。


「ッ獣王…!」

「おやおやおやべトレイじゃあないか。また餌を連れてきてくれたのかァ?」


 ソレはべトレイのことを知っているようだった。獣王という名前からここの親玉であることは間違いないだろう。


「なんで、ここに…!」

「言っただろう?騒がしかったからだよ」


 ソレの意識は今ベトレイに向いている。であれば今が不意を打つ絶好のチャンスだ。不死者は剣を拾う為、物音を立てないように立ち上がり走り出す。


「あれで死なないのか」


 再び意識が刈り取られる。走り出したはずの不死者の体は、見当違いの場所に倒れている。


「フシシャ様!大丈夫で――」

「おいおいおい。他人の心配をしてる場合か?」


 獣王と呼ばれた魔物は、いつの間にかウェスタの背後に立っている。


「はぁッッ!」


 エニュオの一閃がその肉体を捉えた。捉えた、はずだった。少なくとも不死者の目にはそう映っていた。


「なるほどいい動きだ。ただの餌にするには勿体ないか?」


 しかし獣王は無傷でべトレイの背後に立っている。速すぎるその動きは、不死者の目で捉えられるものではなかった。


「さてべトレイ」


 動くな、まるでそう命令されたようだった。動けば死ぬ。逃げるにしろ立ち向かうにしろ、それを遂行する前に殺されるだろう。この場の全員がそれを理解している。腰を抜かしているウェスタも、剣を構えているエニュオも、小刻みに震えながら立つべトレイも、全員が本能的に停止している。


「お前、裏切るつもりか?」


 再び獣王はベトレイを問い詰めている。ベトレイは俯いたまま小刻みに震えている。問いかけに対する返答は一向に無い。


 ――ビビるな、行くぞ。


 不死者が今やるべきことは、少しでも隙を作り出すことだった。ベトレイに向けられた意識を少しでも自分に向けさせる。そうして三人が動ける状況を作り出す。それがいかに難しいことか、今の不死者にはそれが理解できていない。

 呼吸を整え再び駆け出す。廃屋を盾にしながら不死者は獣王に近づく。


「やはり何かおかしいな?お前」


 次の瞬間には不死者の体は宙に浮いていた。視界が暗い。頭が痛い。そこで気付く。頭を掴まれ持ち上げられていることに。


「お前何なんだ?何故死なない?」

「こっ、ちが…ッ聞きてえ、よッ」

「今からお前の頭を潰す。わかるか?脳みそがぐちゃぐちゃになるんだ。普通は死ぬよなぁ?」


 不死者の頭を握る手に力が込められていく。


「その時お前はどうなるんだろうなぁ?」


 意識が途切れる。そして目を覚ます。


「ハッハッハッ!!!面白いッ!フシシャ、成程不死者かッ!」


 獣王は天を仰ぎながら大笑いしている。その理由は理解できない。けれどそれはようやく不死者が作り出した一瞬の隙だった。少なくとも一行にはそう見えていた。

 エニュオが死角から駆け寄る。振るわれた剣は獣王の首筋を切り裂く、ことなく空を切る。


 ――どこだ、今度はどこに行ったッ!


 刹那、不死者の背後から伸びた獣王の拳がエニュオの体を吹き飛ばした。


「エニュオッ!?」


 鎧を身に着けているはずのエニュオの体が、ゴム鞠のように吹き飛んでいく。

 不死者はそれをただ見ていることしか出来なかった。無事だろうか、そんな考えすらも浮かばない。無事であるはずがないことが、誰だって理解できてしまうからだ。


「べトレイ」


 背後から響く声に思考が止まる。不死者は獣王との遭遇後、既に三回その命を落としている。対して獣王には傷一つ存在しない。その事実が絶望感として一向にのしかかる。


 ――勝てない。


 ゴブリンキングのときとは違う絶望感。この世界に魔法があろうとなかろうと関係ない。生物として、この生き物には勝てない。ウェスタもベトレイも、それを理解しているだろう。

 

 ――ならせめてウェスタだけでも。


 既に不死者の思考は勝利を諦めていた。どうにかしてウェスタだけでも助けなければいけない。その為に思考を回す。


「べトレイ、そのエルフの少女を殺せ」

「ッ!」


 しかしその思考も、獣王の声によって停止する。

 逃げろと、ただ一言でいい。ウェスタにそう叫ばなければいけない。けれど声が出ない。叫ぶために吸った息が吐き出せない。それどころか呼吸すらも上手くいかない。不死者の肉体は既に、獣王という恐怖に屈していた。


 ――いや、まだだ。


 ベトレイと交わした約束を思い出す。彼女の弟妹を助ける代わりに不死者以外は撃たないという約束。


「……ッ!」


 しかし現実は甘くない。べトレイの引く矢、その先端はウェスタの方へと向いている。震えるその手とは真逆に、矢は真っ直ぐにウェスタを捉えている。乱れる呼吸と裏腹に、矢はしっかりとウェスタを捉えている。彼女がその手を離せば、矢はウェスタに突き刺さるだろう。

 約束は、彼女の弟妹を助けるという前提があってのものだ。それが不可能であるとベトレイが判断したのならば、不死者以外を撃たないなどという約束を守らなければいけない理由など無い。


「べトレイ!!!やめろ!!!!!」

「やれ、べトレイ」

「……ッッッ!!!」


 べトレイが手を放す。放たれた矢は一直線に飛んで行く。一瞬の出来事が、果てしなく長い時間のように感じられる。

 矢はウェスタの肩を貫き、それでもなお衰えぬ勢いで地面に突き刺さる。ウェスタの肩から噴き出る血飛沫が、芸術品のように美しく見えた。まるで不思議な夢のようだ。目の前の光景に、不死者はそんなことを思っていた。


「あ、あはは、あはははは……」


 べトレイの乾いた笑いが辺りに響く。ウェスタの小さな体が地面に倒れ、それを境に意識は現実へと引き戻される。


「い、たい……痛い痛い痛い痛い痛いッ!うわああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ごめんなさいッ!ごめんなさいッ!ごめんなさいッ!ごめんなさいッ!」


 ウェスタの悲痛な叫び声と、べトレイのどこに向けたかもわからない謝罪の声。それらは目の前の光景がどうしようもない現実であることを、不死者に叩き付けているようだった。


「そうだよなぁ。大事な弟妹とつい最近会った旅人、どっちが大事かなんて考えなくてもわかるもんなぁ」


 ニヤニヤと、笑みを堪えきれないといった様子の獣王。その口調はわざとらしく、その光景を嘲笑っているようだ。


「その弟君と妹ちゃんなんだが」


 それまでの言葉がべトレイに届いていたかはわからない。しかしその一言は確実に、べトレイの耳に届くようにゆっくりと優しく告げられた。


「ここに来る前に殺してきた」

「…え?」


 地に這いつくばりながら何かに届くように、縋るように謝罪を繰り返し泣き喚いていたべトレイの表情が、一瞬にして憎悪と怒りに満ちたものに変わる。


「…今ッ、今お前ッはッ…お前はッ、何て言ったッ!」

「聞こえなかったか?殺したって言ったんだよ」

「ブッ殺すッッッッ!!!!」


 瞬時に弓を引き絞り矢を放つ。しかしその矢が貫いたのは獣王ではなく、矢を放った彼女自身だった。放たれたはずの矢は獣王の手の中にあり、その矢はべトレイの心臓を貫いている。


「ッ!?」

「今までよく働いてくれた。向こうで弟や妹に会えるといいなぁ」

「…ろすッ!殺して、やるッ!」


 それでもべトレイの殺意は収まらない。矢筒から矢を引き抜き、力のままに獣王に突き刺す。しかし獣王は顔色一つ変えず、べトレイの体を持ち上げる。


「何をやって……」


 獣王はベトレイの肉体を腕の力のみで真っ二つに引き裂いた。血が、臓物が、骨が、それらだった何かが辺りに散らばる。あまりにもあっけない幕引き。ものの数分で不死者たちは壊滅し、べトレイはその生涯の幕を閉じた。


「さて不死者とやら」


 鮮血を浴びた獣王は、肩に刺さった矢を引き抜きながら、まるで友人に話しかけるように話し始める。


「俺に協力してくれないか?」

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