第22話 条件付きの協力
「詳しく聞いても?」
「ええ、少し長くなるのだけど」
べトレイと名乗った少女は、一行に自身の境遇を語り始めた。彼女が生まれ育った村のこと、その村が魔物の群れに襲われたこと、彼女と弟妹は偶然逃げることに成功したこと、しかしその後に現れた魔物によって弟妹が攫われたこと。その一部始終を聴いてなお、不死者には疑念が残っていた。
「ではこの結界は元々は村を守るためのものだったと?」
「ええ、この結界から出られなくなった魔物を村の兵士たちが狩っていたの」
「この結界を解除する方法は?」
「村の中心部に魔法陣があるわ。それを破壊すれば解除できるはず」
しかし村の中心には今も村を襲った魔物たちが居るようだ。
──ならその魔物を倒せば万事解決か。
今までのことすべてが事実だとするとその村にいる魔物を倒せばすべてが解決する。だからこそ疑問に感じる。あまりにも出来すぎた話に感じてしまう。しかしこの結界を脱する術が不死者たちに無い以上、罠だとしてもこの話に乗るしかない。
「少し考えさせてください」
「もちろん。今しがた出会った貴方達に、私の都合で命を賭けろというのはおかしな話だもの。でも、私も手段を選んではいられないの…」
「フシシャ様、私もべトレイさんの気持ちがわかります。まだ救える命があるのなら力をお貸ししたいです」
ウェスタは何の疑いも持っていないようだ。ウェスタもゴブリンの群れに村を焼かれ、自分一人だけ生き残ったという。似た境遇からシンパシーを感じているのだろう。
――だからこそ危ないな。
理解出来てしまうから信じてしまう。この話が嘘や罠だと微塵も思わない。
人のことを信じられる、それは美徳である。しかし嘘を吐く人間はそこにこそ付け込む。損をするのはいつだって人を疑わぬ善人、得をするのは嘘を吐く悪人である。不死者の中には常にその考えがある。
故に今はウェスタの意見よりエニュオの意見を優先すべきだと判断した。
「アレイスはどう思う?」
それまで俯き考え込んでいたエニュオが正面を向きはっきりと言い放った。
「私は危険だと思う」
「それは!?もちろん、危険だけど……」
「じゃあ見捨てるんですか!?」
エニュオもまた、不死者同様べトレイのことを信じてはいないようだった。
「でも、今のままじゃ埒が明かないのも事実だ」
エニュオは言葉を続ける。
「だから危険だとわかった上で協力すべきだと思う」
エニュオの正しさを不死者は再認識する。この件に関わらないのであれば、いつまでたっても変動する地形から抜け出せないかもしれない。始めから一行に選択の余地など無いのだ。結界内に入ってしまった時点で、罠であろうとなかろうと、彼女の誘いに乗らないわけにはいかない。
「そうだな。そういう訳でべトレイさん、俺たちはあなたに協力します」
「よかった、感謝するわ」
胸を撫で下ろしたべトレイは、それまでの表情から打って変わり、満面の笑みを一行に向ける。
「ただし条件があります。俺が先頭、貴方は俺の後ろです」
「ええわかったわ。条件って、それだけ?」
「はい。これだけです」
もしもこれが罠で、彼女が敵だったとする。その場合陣形というのは非常に重要になる。最前を不死者が歩き、べトレイ、エニュオと並べば、不意打ちで襲われるのは不死者かエニュオになるはずだ。不死者にとって不意打ちは脅威ではない。エニュオもべトレイを警戒している以上、そう簡単に不意は打たれないだろう。ゆえにこれこそが最善の陣形のはずだ。
「わかったわ。じゃあ改めて、よろしく頼むわ」
「はい、よろしくお願いします。村の位置はわかりますか?」
「ええ、この結界は村を中心に地形が変動するの。だから多分、あっちのはずよ」
「じゃあ行きましょうか」
不死者を先頭に森の中を進む。結界の範囲は思ったより広いらしく、歩き始めて数十分が経っていた。目印としていた川は今はそのせせらぎすら聞こえない。
――魔物の気配が無いな。
歩きながら不死者は違和感を覚えていた。べトレイの話では、村は魔物の群れに襲われたということだった。ならばここまで魔物一匹にすら遭遇していないというのは、少しおかしい気がする。
「気を付けてください、この先に魔物が居ます」
「わかるんですか?」
「はい、足音が聞こえました」
どうやら大きな耳は飾りではないらしい。不死者たちには全く聞こえない足音を、べトレイの耳は捉えたようだった。
「撃ちます」
そう呟いたべトレイは弓を構える。ここは森の中、周囲には多くの木が生い茂っている。そんな環境で弓が有効だとは思えない。けれどべトレイは何の迷いも無く矢を放つ。
――何だ?
放たれた矢は、空中でその軌道を変えた。障害物となる木々を避けるように、自由自在に飛んで行く。そして数秒の間をおいて魔物の悲鳴が響く。確認のために矢の飛んで行った方向へ歩くと、その先には魔物が倒れていた。
「ワーウルフ、だね」
「私の村を襲った魔物よ」
倒れているのは人のような体格の狼。べトレイを獣のような人とするならば、この魔物は人のような獣だ。その首をベトレイの放った矢は的確に貫いている。
「すごいです!今のは?」
「私の魔法よ。矢に魔力を帯びさせてそれを動かすの」
「理論は単純だけどすごい精度だね」
「はい!すごいです!」
盛り上がる女性陣をよそに、不死者はその魔法について考察する。
自在に動かすことのできる飛び道具。もし速度も普通の矢より早いのだとしたら、相当協力な武器だ。精度については彼女の獣の聴力も合わさってのものなのだろう。相当な空間認識能力であると言わざるを得ない。
「すごいな」
「実は村でも一番の弓の腕だったの。皆からもいつも褒められて、って今は関係ないわね……」
「べトレイさん、気持ちはわかります。私もゴブリンの群れに村を焼かれましたので……」
「ウェスタさんもそうだったのね……ごめんなさい、辛いお話をさせてしまって」
──まずいな。
ウェスタは不死者の想像以上にべトレイに感情移入してしまっているようだった。まだ彼女が敵である可能性が残っている以上、深入りしすぎることは好ましくない。
「待ってください!ここから先魔物がこちらに走ってきています!数は三匹!」
微笑みを浮かべていたべトレイの表情が焦りの色に変わる。
「アレイス、やるぞ」
「うん」
不死者とエニュオは剣を構える。人と同等の体格で獣のようなスピードがあるのだとしたら相当厄介だ。それに今は出来る限り不死の力を見せたくはない。不死の力を知られているのと知られていないのとでは相当アドバンテージに差が出てしまう。
「ウェスタも援護頼む」
「はい!」
「来ます!」
視界に入った三匹、右に見えた一匹はエニュオの方へ向かった。これはエニュオに任せて問題ないだろう。左の二匹、これを不死者とウェスタ、そしてべトレイの三人で対処する。
「ガガァァッッ!!!」
不死者は飛び掛かってきた一匹に剣を突き刺す。しかしその勢いは止まらず、体は大きく後方へと吹き飛ばされる。ワーウルフと共に、絡まるように地面を転がる。剣が刺さった感覚は確かにあった。
急いで立ち上がる。手元にあったはずの剣はワーウルフの脇腹に刺さっていた。そのダメージは大きいらしく、ワーウルフは息を荒げふらふらと立ち上がる。
――なら斧で。
そこで気付く。今斧を持っているのはエニュオだった。ゴブリンキングとの戦いでエニュオが回収したまま、受け取るのを忘れていた。
「ははっ」
思わず笑いがこぼれ出てしまう。うっかりのレベルじゃ済まされない。
「グルルルル…」
ワーウルフは唸りながらこちらを睨みつけている。武器が無い以上、選択の余地は無かった。不死者は拳を強く握り締め構える。ワーウルフもその前足を地面に食い込ませ、今にも飛び掛かる姿勢だ。
「来いよ」
「グガァァァァァァ!!!!!」
牙を剥き突進してくるワーウルフ。異常な速度、それに大きな口。アレに噛みつかれればひとたまりもないだろう。
だが正面から迎え撃つ。相打ちでいいのならば、敵の異常な速度を利用しない手はなかった。右の拳を思い切り振りぬく。拳の先から腕、肩と骨が折れていく。踏ん張りきれず、再び後方に吹き飛ぶ。動かなくなったワーウルフが不死者の上に覆いかぶさる。
「よっこらせっと」
立ち上がろうとした瞬間、思い出したように右腕に痛みがやってきた。治っていない、ということは死んでいない。怪我を負って死なずに終わる、一番中途半端な形になってしまった。
不死者は倒れたまま、首だけを動かし三人の様子を探る。エニュオは問題なく一匹を倒したようだ。傷どころか呼吸が乱れている様子すらない。この程度の魔物ならば、まだ余裕があるのだろう。ウェスタとべトレイにも傷は見受けられない。漂ってくる焦げたような臭いから察するに、ウェスタの炎の魔法がワーウルフを襲ったのだろう。
「おーい。すまん、助けてくれ」
声に気付いた三人が不死者の元へと駆け寄る。エニュオが軽々とワーウルフの死体を持ち上げどかす。
「フシシャさん!右腕が!」
「ああ、これ…」
「どうするのフシシャ君」
「あー、頼めるか?」
「首でいい?」
「ああ、頼む」
「え、何を」
「えいっ!」
エニュオの振り下ろした剣は正確に首を捉え、不死者の意識はそこで途切れる。
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