第2章 変化

第21話 出会いと疑念

「もう結構歩いたよな?」


 東の城を出てから暫く歩いた一行。けれどいくら歩けども目的地に着く気配が無かった。古い地図を参考にしているという点が、既に目的地にしている城は存在していないのではという不安感を煽る。


「確かにちょっとおかしいかも」


 周囲を見回す。不死者たちが目印として辿ってきた川、その周りはどこまでも木々が生い茂っている。数日前から何一つ変わらない景色だ。


「ずっと同じところを歩いてるみたいですね…」


 ウェスタの発言に二人も頷く。こうも同じような景色が続いては、進んでいるという実感が全く湧かない。


「もしかしたらそういう結界に入り込んでるのかもな」

「ありえるね」


 不死者が冗談のつもりで言った一言で、エニュオは何かを考え始める。ウェスタと何かを話し合っている様子を見るに、この世界ではそう言った芸当も可能ではあるようだ。


「不死者君、ちょっとここで待っててね」


 そう言うとエニュオはウェスタを連れて先へ歩いて行く。


 ──丁度いいか。


 不死者は近くにあった石に腰掛ける。これからについて考えなければいけないことは山ほどあるのだ。それら一つ一つを今一度頭の中で整理する。

 集中するために瞼を閉じる。流れる川の音、風に揺らぐ木々の音。それらを聞いていると、ここが異世界であることを忘れてしまいそうだった。


「おーい」


 聞こえてきた声に瞼を開くとエニュオとウェスタが歩いてくるのが見えた。


「…どういうことだ?」


 おかしいのはその方向。二人は歩いていった方向と真逆の方向から歩いてきた。歩いていった方向から戻ってくるのならわかるのだが。


「やっぱり私達変な結界に入っちゃったみたい」

「というと?」

「簡単に言うと入ったら出られない結界かな」

「罠ってことか?」

「どうだろう、そもそもなんでこんな結界がこんなところにあるのかわからない」

「俺らを待っていたとは考えにくいか?」

「はい、調べてみたところずっと昔からある結界のようです」


 ずっと昔から森の中にある結界。普通に考えれば入ったら出られないという仕組みは罠で間違いないだろう。わからないのは何故ここにあるのか。魔物たちが人を狩るのに使っていたのだろうか。


「付近に魔物の痕跡とかは?」

「それが全く見つからないんだ」

「強い魔力反応も無いです」

「じゃあ放置されてるってことか?」

「その可能性が高いと思います」


 昔魔物が仕掛けた結界がそのまま放置されているという説。おそらくその可能性が一番高いのだろう。


「いや待て、なんで俺も巻き込まれてるんだ?」

「どういうこと?」

「魔力の無い俺はそういうの関係ないんじゃないか?」

「それがこの結界、地形ごと変化させてるんです」

「地形ごと?」


 ウェスタ曰くこの結界に組み込まれている術式は、結界内の地形そのものを作り変えるものらしい。結界の内側から外側に出ようとすると、起動する魔法によって瞬時に地形が作り変わる。魔法の世界においてはありえなくはないのだろうが。


「滅茶苦茶だな」

「そうなんだよ」

「ん?」

「滅茶苦茶なんだ。ここまでする意味がわからない。ね、ウェスタ?」

「そうですね。ただ逃がしたくないだけならもっと簡単なやり方があるはずです」

「じゃあ別の目的があると?」

「多分そうだと思う」


 地形を変えるなんて大層なことをする必要がある目的。そんなもの皆目見当もつかない。推測するにしても今は情報が足りなすぎる。かといって情報を得るために動くことも出来ない。


 ――あれ、もしかして今結構ヤバいのか?


 二人も同じように考えているのか押し黙ってしまった。不死者のみならここを抜けることは出来るのかもしれない。けれどそれに意味があるとも思えない。


「魔法陣の破壊は出来ないのか?」

「出来なくはないと思いますけど…」

「術式の位置も地形に合わせて変動しているとしたら厳しいと思う」


 再びの沈黙。それを破ったのは三人とはまた違った声。


「動かないで!」


 ローブを羽織った小柄な人影がこちらに弓を向けている。どうやら考えることに夢中になりすぎていたようだ。人影の接近に三人とも気付けていなかった。


「答えて!貴方たちは魔物に与する者!?」


 その質問に驚いた不死者だったが、瞬時にエニュオとアイコンタクトを取り口を開く。


「違う。俺たちは魔王を倒すために旅をしている者だ」

「ッそう…」


 三人に向けられていた弓が下ろされる。ローブのフードを取りながら人影がこちらに歩いてくる。


「ごめんなさい。ここに人が来ることなんて滅多に無かったから」


 声と体格で何となくわかってはいたが、現れた人物は少女だった。赤毛の少女、しかし普通の人間でないことが一目でわかる。髪と同化するように生えている大きな獣のような耳、そしておそらく臀部から尻尾のようなものが見える。


「私はべトレイ、この森で暮らしてるセリアンスロゥプよ」

「セリアンスロゥプ?」

「えっと、元は私たちエルフと同じ魔物の一種で動物の特徴を持った人に近い魔物です」

「あら、貴方はエルフなの?」

「はい!エルフのウェスタと申します!」


 不死者はエニュオからの視線に気付く。その意味を理解し、頷く。


、人間です」


 エニュオはそう名乗った。驚いて声を出そうとしたウェスタの口を不死者が手で塞ぐ。

 エニュオはこの少女を信用していない。結界の張られた森に住まう少女。結界の仕組みを考えると、彼女がこの結界を仕掛けてと考えるのが自然だ。であればまだ敵である可能性が否めない。


、人間だ」


 ウェスタは彼女を、というより他人を疑うことをあまりしない。だから何の躊躇もなく本名を名乗ったのだろう。であれば不死者やエニュオのことも名前で呼ぶに違いないだろう。けれどもしも相手が敵であった場合、名前を知られることにデメリットが発生する可能性がある。

 ではどうするか。答えは単純で偽名を使えばいい。問題はこれをどうウェスタに伝えるかだが。


「変な名前だろう?あだ名みたいなものなんだ」

「あだ名…?」

「ああ、本名とは違う呼びやすい名前だ。こうして旅をしている以上どこに敵がいるのかわからないからな。素性は隠すようにしてる」

「……なるほど、そうなのね」


 言い訳をしつつ釘を刺す。

 不死者がちらりとウェスタに目をやると何やら慌ててる様子だった。


「そ、そうなんです!私のウェスタってのも本名じゃなくってですね!」


 伝わりはしたようだ。けれど嘘を吐くこと自体に慣れていないのであろう。ウェスタはあたふたと言い訳を考えている様子だった。


「ウェスタ、落ち着いて」


 エニュオがそんなウェスタの口を押さえる。これ以上疑われるような発言は避けたいのだろう。


「貴方達が魔王に敵対する者ならば、頼みたいことがあるのだけど」


 そんな一行に、少女はそれまでとは明らかに違うトーンで語りだす。その雰囲気は重々しく、慌てていたウェスタも押し黙ってしまう。


「魔物に捕らえられている私の弟と妹を助けたいの。手伝っては、もらえないかしら?」

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