第20話 東の城⑤

「これは、地図か?」

「うん、多分そうだね」

「でもこれ何か変じゃないですか?」


 辿り着いたのは書庫だった。情報を得るのにこれ以上ない場所。そこで不死者は地図のようなものを見つけた。

 机の上に広げられた地図にどこか違和感を覚える。この城の周りには建物一つ見当たらなかった。けれどこの地図では周辺に街のようなものが広がっている。またエスペロ王国のあった場所にはもっと大きな国が存在している。


「昔の地図?」


 考えられる可能性の一つ、これが魔王が現れる前のものであるということ。そう考えるのが妥当だろう。


「否定はできないね、けどありえるのかな?」

「どういうことだ」

「魔王が現れたのって私が生まれるよりずっとずっと昔のことなんです。その当時の地図が今も残っているのでしょうか?」


 102歳のウェスタが言うずっとずっと昔。もしも本当にその時代の地図だとするならば、きれいに残っていることに確かに違和感を覚える。


「魔法で保護していたとか?」

「出来なくはないです。でも」

「やる意味が無いよね」


 エニュオの言う通り、その行為に意味は無い。現在とは大きく異なる遥か昔の地図を保管しておく意味など、いくら考えても答えは見つかりそうにない。


「他にも何かないか見てみよう」


 不死者は地図を折りたたみ鞄にしまった。書庫はそれなりの広さがある。手分けすれば少なからず先に進むための情報が得られそうだ。


 ――とはいったものの俺まだ字読めないじゃん。


 手分けというアイデアは正しいものだったが、それは全員が一定以上の成果を得られる場合に限る。文字が読めない不死者が書庫から得られる情報などほとんどないに等しい。


「あ?」


 なんてことを考えながら歩いていた矢先、一冊の本が目に留まる。


 ――この世界における魔力及び魔法覚え書き。


 目に留まった理由は単純。それが不死者にも読めたから。異世界の言語で書かれた本の中でただ一冊、その本の背表紙には日本語が記されていた。

 本を手に取り頁をめくる。そこにはウェスタやエニュオから聞いたようなこの世界の魔法や魔力についてが全て日本語で記されている。それだけではない。当時の勢力図や出会った魔物の特徴、これまでに確認した魔法の種類も多く書いてある。

 思わぬ収穫ではあるが、問題点も存在する。現状この本を読めるのは不死者だけであるという点。魔物の特徴等は口頭でも説明できるだろう。けれど魔法についてなどは難しい。

 だがそれを差し引いても大きな収穫であることに変わりはない。不死者は書庫を探索する二人を集めた。


「というわけだ」

「すごいです!私は読めませんけど、これって大きな進歩ですよね!」

「うん、でも知らなかった。過去にも異世界から来た人が居たなんて」


 もう一つの問題点はこれを書いた者の存在。ゴブリンキングの言っていた魔物側に就いたという人間、不死者と同じくこの世界の者ではない人間。一冊の本が、その存在を証明している。


「その人も、不死なのでしょうか」


 ウェスタが呟く。その可能性もありえるだろう。異世界人が不死の力を得ているとするならば、それが魔物側に就いているというのは脅威だ。早急に対処法を考える必要があるだろう。


「そっちは何か見つけたか?」

「私は特に、歴史書とか物語ばっかりだった。それも魔王が現れる以前の」

「私もです。全然収穫なしです…」


 この城で手に入った情報を整理する。

 まずは大昔の地図。どれほど地形が変わっているのかはわからないが、完全に使えないというわけではないはずだ。

 次に魔物側に就いている人間、それも異世界人。これは大きな脅威となるだろう。しかし現状ではどうすることも出来ない。

 そしてゴブリンキングのあの言葉。


 ――人間側に就く理由、か。


 少し考えてはみたが、今の不死者ではそれを上手く言語化することは出来なかった。困っている人を助ける、それが不死者の行動理念。けれど立場が逆だった時、不死者は咄嗟に魔物側に就くとは答えられなかった。何故かは彼自身にもわからない。その理由を探せとゴブリンキングは言った。その答えもこの旅で見つかるのだろうか。


「次はどこへ向かう?」


 切り出したのはエニュオだった。不死者は先程鞄にしまった地図を改めて広げる。やはり今の地形とは大きく異なっているが、少なからず手掛かりにはなるはずだ。


「この辺がエスペロ王国のはず」

「この町か?」

「このお城が描かれてるところですか?」

「うん、小さい頃歴史で習ったの。昔はもっと大きな国だったって」


 大きな国であったが徐々に魔物に押し込まれ今の大きさになったといったところだろうか。たしかに国というには小さく、街というには大きく感じた。そう言った事情があるならそれにも納得が出来る。


「じゃあこのお城はここですかね?」

「そうなのか?」

「多分そう。このマークを見て、こっちを北に見るの。そうすると東の方向にあるお城は?」

「確かにこれか」


 東西南北を表すマークも不死者の世界のものとは異なっていた。とは言ってもその程度ならすぐに覚えられるだろう。


「ここから一番近い城に向かうべきだろうな」

「魔物が拠点にしてる可能性が高いのはそうだろうね」

「そうなるとここでしょうか?あっでもここに毒沼注意って書いてますね」

「じゃあこっちはどうだ?」

「高い山が二つあるから直線で行くのは厳しそうかな」

「ちょっと距離は離れちゃいますけどここはどうでしょうか?川沿いに行けば辿り着けそうですし」

「そこならいいかも。川沿いに行くなら水の心配もしなくていいし、食料も魚が取れれば問題なさそう」

「じゃあここを目指すか。となるととりあえずこの川を目指そう」


 次の目的地は決まった。魔王がどこにいるのかわからない以上、この城のような魔物の拠点と思しき場所を虱潰しに回るしかなかった。


「二人は怪我とかないか?」

「私は大丈夫」

「私も大丈夫です!」


 不安点があるとすれば今回のように魔物の親玉が居た場合。厳しい旅になるとは思っていたが、現状の戦力ではだいぶ厳しいものがある。かといって人を増やすのもその分不死者以外の死というリスクを抱えることになる。


「また考え事?」

「ああ、ごめん何か言ってたか?」

「私達に話せる事だったら相談してほしいなって」

「そうです!不死者様はいっつも一人で難しい顔をしてます!もっと私たちも頼ってください!」


 ――頼って、か。


「わかった、正直に言おう。今回の戦いは運よく勝てた。だが次もこう上手くいくとは限らない。はっきり言って戦力に不安がある」

「そうだね。三人しか居ないし」

「確かにそうかもです」

「だが人を増やせば俺にとっては守る人が増えることになる。その分隙や弱点も出来やすくなるわけだ」

「この世界にどれだけの人が生き残っているかもわからないしね」

「そうですね…」


 事実の羅列が与えるのは絶望だった。この世界に存在する人間の総数すら今はわからない。その中で安心して戦力として加えられる人間なんて何人居るだろうか。恐らく居ないと考えたほうがいいだろう。

 ではこの三人で魔王を倒せるだろうか?と聞かれれば、その答えはノーだろう。魔王がどれほどの力を持っているのかわからない以上、決してイエスとは言えない。今回ゴブリンキングを倒せたことすら奇跡に近いものなのだ。


「今はどうしようもない。だがそういう不安点があるっていう話だ」

「ありがとう、話してくれて。私もいろいろ考えてみるよ」

「私ももっと強く慣れるよう頑張ります!」


 悩みの種は尽きない。けれど今は進むしかない。


「とりあえず行くか」

「そうだね」

「はい!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「報告をよろしいでしょうか?」

「何だ?」


 世界のどこか、聳え立つ巨大な城の玉座。そこに座る男は既に、この世界への興味を失っていた。すべてが自身を認め、望むものすべてが手に入る世界。それすらも彼にとっては一つの段階でしか無いからだ。


「ゴブリンたちに任せていた地域で異変が起きたようです」

「そうか」


 だからそんなこともどうでもいい。今更この世界がどうなろうと知ったことではない。


「それよりも、門はどうなっている」

「現在術式の開発及び実験が進行中です。ですが現状、厳しいと言わざるを得ません」

「だが不可能ではない、だろう?」

「…はい」

「ならいい。そのまま続けさせろ」

「かしこまりました。ゴブリンたちの件はいかがいたしましょう」

「どうでもいい」


 彼を止められる存在はこの世に存在しない。彼の悲願の達成も、そう遠い話ではないだろう。


「…もうすぐだ。もうすぐ貴方は救われる」


 世界のどこか、聳え立つ巨大な城の玉座。そこに座る男の瞳は、既にこの世界を見てはいない。

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