第19話 東の城④
「風の魔法か!」
「流石に気付くか」
手の内が明かされたというのに、変わらずゴブリンキングは余裕を保っている。
「では次の段階だ」
今度はゴブリンキングの周囲を包みこむように風が吹き荒ぶ。
「さて、これにはどう対処する?」
ゴブリンキングを守るように吹く暴風。一見すれば自身を守る魔法。しかしその風は人を切り裂くほどの威力がある。攻防一体、自身を守る盾にして敵を斬り刻む剣。
――クソッ!どうする!
ウェスタの魔法は炎。凄まじい暴風相手では意味を為さないだろう。エニュオを以てしてもあの風の中では無事ではいられないはずだ。かといって彼に打つ手があるわけでもない。
「手詰まりか?」
そんなこちらの心情を見透かすように言う。ゴブリンキングの言うことは正しい。今の不死者達では風の壁を超える手段が無い。
ウェスタは不死者とエニュオの様子をキョロキョロと伺っている。どちらかが動くのを待っているのだろう。エニュオに目をやると丁度彼女と目が合う。それを確認したエニュオはゴブリンキングの足元に目線を移す。
――足元、そうか。
たった一つ、可能性は見つかった。しかしそれはあくまで可能性。うまくいく保障など無い。けれど今はその可能性に賭けるしかない。
「ウェスタ!エニュオ!こいつは俺が引き受ける!階段まで走れ!」
二人を信じて叫ぶ。その真意を汲み取ってくれることを信じる。
「わかった、任せる。行くよウェスタ」
「え!?」
「いいから!」
ウェスタの手を引きながらエニュオが階段に向かい走る。もう片手にはいつもの剣でなく、不死者が投げた斧を握っている。
「逃がすとでも?」
二人目掛けて放たれた風の刃を不死者がその肉体で受ける。鋭い斬撃で胸に傷が出来る。しかしそれは問題ではない。
──二人に傷は付けさせない。
「聞こえなかったか?てめえの相手は俺だよ」
剣を投げ捨てる。恐らく覚えたばかりの剣術ではゴブリンキングには通用しない。それが理解できてしまう。故に拳を握り締め構える。
「何のつもりだ?」
「斬られる痛みを教えてもらった礼だ。教えてやるよ、殴られる痛みってやつを」
駆け出す。吹きすさぶ暴風の壁に躊躇なく飛び込む。瞬間、その体は切り刻まれる。直後蘇生が始まり、再び斬り裂かれる。それを繰り返す。牛歩でもいい。一歩ずつ、確実に進む。
「なるほど、死を厭わないからこそできる芸当か」
そしてついに暴風の壁の内側に入る。睨みつけたゴブリンキングは依然余裕を保ってほくそ笑んでいる。
「ハッハッハッ見世物としては面白かったぞ!?」
話を遮るように思い切り拳を叩き込む。降りぬいた拳は確かにゴブリンキングの顔面を捉えた。そこでお互いの動きが止まる。
「…貴様、何をした」
「言ったろ、殴られる痛みを教えてやったんだよ」
直後暴風の壁が消え、前方からの突風で不死者の体は後方へ吹き飛ばされる。ゴブリンキングの鼻からは血が流れ出ている。
「魔力の無い体だからか?」
ゴブリンキングは心底理解できないという表情をしながら、何かをぶつぶつと呟く。そこに先程までの余裕は見られない。まだ勝ったわけではない。わかっていても抑えられない。
「貴様、何故笑っている」
「いやさ、余裕ぶってたのに急に焦り始めちゃって」
ここぞとばかりに腹の底からの想いをぶつける。ヘイトを買う一番の方法とは何か。
「間抜けだな」
それは挑発だ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
彼女は不死者を信じた。彼が自分を完全に信用しきっていないことはわかっていた。それでも彼を信じた。彼を信じた自分を信じた。
「エニュオさん!逃げるんですか!?」
「違う、あの風の壁の欠点を見つけた」
「え!?」
説明は走りながら行われる。
エニュオはゴブリンキングの魔法についてある仮説を立てた。あの風の壁は恐らく下からの攻撃はカバーできない。何故なら足の下まで風の壁を張ってしまっては地面まで抉ることになるからだ。
空中浮遊が出来るならそれでも問題ない。しかし相手はそうしなかった。地面に足を着いたまま風の壁を作っていた。つまり真下は防御が薄くなっている可能性がある。問題はどうやって下から攻撃するか。
「ウェスタ!相手の位置って大体でもわかる?」
「はい!大体なら魔力感知でわかります!」
「なら真下まで案内して!」
「はい!」
聴覚や嗅覚は肉体に魔力を回すことで強化できる。けれど彼女は魔力感知が出来なかった。より正確に言えば、魔法自体が殆ど使えない。
生まれつき恵まれた魔力を持っていながら、魔法の使えない脳で生まれてきてしまった。そんな彼女はすべての魔力を肉体強化へと回している。魔力を体外ではなく体内で燃料として消費することで身体能力を飛躍的に向上させたのだ。
しかしこれには弱点がある。魔力障壁等魔力を阻む術式に、彼女はその肉体ごと阻まれてしまう。つまるところエニュオにはゴブリンキングに対する有効打が無い。
――でも彼は違う。
魔力を有さない体。この世界に存在しない筈の肉体。それは魔力障壁に阻まれることが無い。不死者の攻撃であれば通るかもしれない。
しかしそれでも決定打とはならない。なら自分たちがやらなければいけないのは。
「あいつの意識外から確実に仕留める!」
正面から二匹のオーク。しかし二匹程度なら問題なく押し通れる。ウェスタを魔力探知に集中させるためにも、道中の魔物は全てエニュオ一人で倒さなければいけない。
「近づいてます!次の角を右!」
指示を受けながら走る。そこには五匹のゴブリン。全員が武装していることを確認する。体内の魔力を全力で循環させる。一匹を盾で弾き飛ばし、同時に二匹目を斬る。飛び掛かる三匹目を盾で殴りつけ勢いのまま身を翻し四匹目を斬る。最後の一匹を突き刺し制圧完了。時間にして十秒。少しでも時間が惜しい今、魔力の出し惜しみはしていられない。
「ここです!ここの真上に居ます!」
「ウェスタ!最大火力で上に攻撃お願い!」
「魔法陣の展開と詠唱を行います!完了まで守ってください!」
「了解!」
足音が近付いてくる。数は十以上。しかしその数も、今の彼女を相手にするには少なすぎる。
──ウェスタに傷は付けさせない!
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
何度も肉体を切り裂かれる。既に痛みは感じない。今は二人を信じるしかない。
「貴様は何のために戦う?」
「あ?」
突然ゴブリンキングからの攻撃が止まる。
「不死の肉体を持っているとはいえ、何故そこまで死への躊躇が無い」
「罪滅ぼしだよ、過去のな」
ゴブリンキングの表情は読めない。
「…貴様もこちら側に来ないか?」
「断る」
投げかけられた問いに即答する。その問いに悩む要素など微塵も無い。
「何故だ?貴様が人間だからか?」
「違う。俺は困っている人を助ける、あんたらが困ってるようには見えないんでな」
義姉の言葉、彼の生き方を決めた言葉。それが彼の唯一の行動理念。この世界を救うのも多くの人が困っているから。その人たちを助けるために魔王を倒すと決めたのだ。
「では人間と魔物の立場が逆だったら?」
「…何?」
「もしも魔物側が滅亡の危機に瀕していたら、貴様は魔物側に与するのか?」
一瞬、思考が揺らぐ。もしもそうなっていたら自身はどうしていたのだろう
か。
「考えたことも無かった」
そんなこと想像すらできない。魔物は人を殺す。しかし人もまた魔物を殺す。同じだ、人も魔物も。つまり重要なのは人であるかではない。
──なら俺は、また人を殺していたのか?
「答えが出ないか、それでいい」
その言葉に思わず耳を疑った。相手の質問の意図を理解しかねる。
「私は人も魔物も平等に憎んでいる」
「どういうことだ?」
人を憎むのはわかる。同胞を殺す敵だから。しかし魔物を憎む意味がわからない。
「人も魔物も本質は同じなのだよ。魔物が人を殺すように、人も魔物を殺す。生態にこそ違いはあれど、本質は変わらない。わかりあえぬものを排除することで統一した気になるんだ」
「話が見えてこないな、何が言いたい?」
口はそんな言葉を紡ぐ。けれど不死者の頭は、既に彼の思想を理解している。恐らく否定しなければならないはずのソレに、ある種共感すらしてしまっている。
「君は私と同じだ。言葉を変えて再び尋ねよう。私と手を組まないか?私は人間を滅ぼした後、すべての魔物を滅ぼすつもりだ。人も魔物も平等に醜い存在なのだから。君にもそれがわかるだろう?」
──それは、違う。
今明確に、不死者とゴブリンキングの間に線が引かれた。根本にあるものは同じでも、至った結論は異なるものだ。恐らく平行線上にある思考。それゆえ理解出来る。それゆえ共感できる。一歩違えば完全に重なっていたであろうそれは、たった今交わらないことがわかった。
「断る」
確かに醜い人間が存在するのは事実だ。自分のためだけに魔物側に情報を流すような奴さえいるのだ。しかし全ての人間がそうではない。人を信じ、人の為に生きれる人間だっている。そんな人間に助けられた。そんな人間を助けたいと思った。
「そうか、それが君の正義だからか?」
「正義だとか悪だとかじゃねえよ。単純にてめえと考えが一致しなかっただけだ」
その言葉にゴブリンキングは満足げに笑う。
「そうか、安心したよ。それが君の正義感から来るものなのだとしたら、君は期待外れだったことになる」
「勝手に期待してんじゃねえよ、気持ち悪ぃ」
再び威圧感が増す。杖の先の光がより一層強くなる。
「考えが合わないのなら仕方ない」
不死者も気合を入れなおす。ビリビリに破れた上着を脱ぎ捨て、再び拳を構える。
「ならば死ねッ!」
「ぶッ殺してやるよッ!」
風の刃、その下を掻い潜るようにして避ける。今の彼にとって死はタイムロスだ。出来るだけ数を減らすべきだ。
暴風の壁に左の肩から突っ込む。瞬間、全身が引き千切れる。即座に蘇生され、そのタイミングで足を踏み込む。それを繰り返し、上半身が暴風壁の内側に入る。すかさず右の拳で顎を殴りぬける。
何度も繰り返すうちに、不死者はあることに気付いた。一つは風の壁を張っている間はゴブリンキングは一歩も動かない、否動けないのであろうということ。もう一つは暴風壁と同時に使える魔法は刃状の風のみだということ。
つまるところ殴れる距離まで近づけば、不死者を吹き飛ばす為に暴風壁を解除するタイミングが生まれるはずだ。
――何ッ!?
しかし暴風壁を解除されない。それどころか暴風はより一層激しいものとなる。
――そのつもりなら付き合ってやるよッ!
殴り続ける。風の刃が不死者を切り裂く。蘇生が終わるや否や再び切り裂かれる。しかし確実に一発ずつ、拳を顎に叩きこむ。
「ハハハハハハハハハハッッッッ!!!!!」
突如ゴブリンキングが笑い始める。
──殴られすぎで頭がおかしくなったのか!?
「面白いッ!面白いぞッ!」
その瞬間、地面に大きな魔法陣が出現する。
「下かッ!?」
驚いているゴブリンキングの反応から、それがウェスタかエニュオのものだと理解する。範囲内には不死者も入っている。後ろに下がろうとしたところで気付く。暴風壁が無くなっている。つまり今、ゴブリンキングは自由に動ける。他の魔法が使える。
「魔導障壁ッ!!!」
「させるかッ!!!」
不死者の拳が顎を捉える。直後下からの業火により意識が途絶える。
そして目を覚ます。
状況がわからない。周囲を見回す。
「不死者様!」
聞こえてきたウェスタの声に安堵する。どうやら二人は無事らしい。辺りの瓦礫から、自分が一階層下に落ちてきたことを知る。見上げれば城の天井には大きな穴が開いていた。放たれた魔法の威力を想像し背筋が凍る。
「なるほど…考えたな…」
声に振り返る。そんな威力の魔法を受けながらなお、そこにはゴブリンの王が立っていた。しかしその体の殆どは焼け焦げ、鎧も溶けてしまっている。
生きているというよりは死んでいないという状態。しかし死んでいないという事実に再び緊張が走る。
「まだ生きてッ!」
エニュオが武器を構える。しかし襲い掛かってくる様子はない。ゴブリンキングはゆっくりとその口を開く。
「フハハ…不死の者よ、貴様は探し続けるがいい…人間側に与する理由を…」
最後に言い残したのはそんな言葉。言い終えると同時に倒れたゴブリンキングの死体は、灰のように砕け散る。
(もしも魔物側が滅亡の危機に瀕していたら、貴様は魔物側に就くのか?)
――理由か。
困ってる人を助ける。不死者はそれが罪滅ぼしだと思って、そうしていればいつか許されると思ってこれまで生きてきた。この世界に来ても、多くの人が困っているから魔王を倒すと決めた。なら困ってる魔物を見つけたとき、自分は手を差し伸べるのだろうか。
「あの、考え事してるところ悪いんだけど一ついい?」
「ああ、どうした?」
「服、着た方がいいよ」
「え?」
エニュオが申し訳なさそうに言う。ウェスタは真っ赤になった顔を手で覆い隠している。そこで今の状況を完全に理解する。
「いやいやいやこれはあの違くて!」
「うん、あの炎に巻き込まれたんだもんね。服も燃えてなくなるさ」
蘇生の際、肉体は元に戻っても服は戻らない。そのことを完全に失念していた。
「ほらこれ、よかったね私が不死者君の荷物も持ってきてて」
「あ、ああ。ありがとう」
エニュオに手渡された服を急いで着る。今の不死者の戦い方では、服などいくらあっても足りないだろう。また考えることが増えてしまった。
「そういえばエニュオさん、今不死者様のこと不死者君って言いました?」
「だって一緒にここまで来たけど、不死者殿って感じでもないかなって」
「まあ確かに、殿は固いかもしれないな。もう大丈夫だぞウェスタ」
ウェスタは不死者が着替えている間もずっと手で顔を隠していた。別の方向を向けばいいと思った不死者だったが、なんとなくそれを口に出すことはしなかった。
「何はともあれ、勝ったんですよね?」
「ああ、俺達の勝ちだ」
確かな勝利。それも明らかに格上の相手に対してのものだ。油断は禁物だが、この経験は彼らにとって大きな自信となるだろう。
しかしまだ先に進むための情報は少ない。
「だがまだ探索する必要があるな」
「そうだね、情報が少なすぎるし」
「じゃあもう少し頑張りましょう!」
一行は再び城内の探索を開始する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます