第18話 東の城③

 二人は固まったまま動かない。当然だ。目の前の人間が人殺しであると知って、どうするべきか思考を回転させているのだろう。


「じゃあ任せるね」


 そんなエニュオの答えに不死者は耳を疑った。


「驚かないのか?」

「いや、驚きましたよ!」

「うん、でも理由があるんでしょ?今度教えてね」


 一世一代のカミングアウトはあっさりと流されてしまう。不死者はなんだか拍子抜けしてしまった。


「ほら突っ立てないで。早く進もう」

「あ、いや、うん…」


 あまりにも軽く流された重大な告白。重苦しい雰囲気になることを想定していた不死者と二人には明確な温度差が存在している。


「何してるんですか?行きましょうよ」

「なんて言うか、切り替え早くない?」

「だっていつまでも重い雰囲気は嫌じゃない?」

「そうだけど…」

「もちろんこれから先、いくつも辛いことや苦しいことはあるよ。でもその度にくよくよしてたら何時まで経っても前に進めないよ。後ろを振り返るなとは言わない、けどいつまでも後ろを見ているのはよくないよ」


 ――いつまでも後ろを見ているのはよくない、か。


「…そうだな」


 エニュオの言葉で気を引き締める。今の彼にはやるべきことがある。なら後ろを向いて立ち止まっていてはいけない。犯した罪は消えないが、その罪を言い訳に進まないというのはよくない。


「行くか」


 不死者は再び剣を取り歩き出す。まだ世界を救うどころかこの城の攻略すら終わっていない。少しでも犠牲者を減らすためには少しでも早く世界を救わなければいけない。その為に今は進むしかない。


「ところでなんだけど、その服もう駄目になっちゃったね」


 順調に城を上っていると突然エニュオが話し始めた。不死者はようやく彼女が自由人であることを理解し始めた。よく言うならば切り替えが早いといったところか。そんな彼女が騎士団長で大丈夫だったのだろうかといらぬ考えが頭をよぎる。もしくはこれも騎士団長という重圧から解放されたからなのだろうか。


「しょうがないだろ、俺の場合」


 確かにウェスタに比べ不死者の服は既に穴だらけだった。しかし不死者が死を厭わない戦いをしている以上、これはどうしようもないことだ。効率を求める故の犠牲、それが彼にとっては服だったというだけだ。


「いっそ上は着ないとかどう?」

「いやどうじゃないだろ、なあウェスタ?」

「いいんじゃないですか?私は気にしませんよ」

「いや気にしてくれよ」


 最初に出会ったときのウェスタは無垢な美少女という印象だった。しかし実際にそばに居ると、無垢というよりは子供っぽいことに気付く。言動や態度の全てがよく言えば可愛らしく、悪く言えば幼稚だ。


 ──実年齢で言えばダントツで最年長の筈なんだが。


「この先の曲がり角、右からオーク一匹」

「了解」


 しかしお互いのことが理解出来てきたからか、戦いはどんどん楽になっている。連携力が高まったおかげでオーク数匹程度なら数秒で片付けられる。


「仲間って偉大だな」

「ふふ、そうだね」


 彼にとってこの世界に来て変わったことは仲間が出来たこと。もしかすれば向こうの世界でも頼りになる仲間が居れば少しは楽だったのかもしれない。


 ――いやそれは違うか。


 そんな自身の考えを即座に否定する。自分の罪は自分で抱えると決めたのだ。そこに仲間は関係ない。


「でも俺の罪は俺が背負うものだ。二人には関係ない。こればっかりは譲れない」

「そっか、そうだね。でももし辛くなったら、その時は話くらい聞かせてね」

「私も!お話ならいつでも聞きます!」

「ありがとう、そうさせてもらうよ」


 これからの旅でまた二人への印象は変わることだろう。けれどきっと変わらないこともある。深くまで踏み込まないでいてくれる二人の優しさを噛み締めながら歩みを進める。


「で、結局上裸にはならないの?」


 終わったと思っていた話が蒸し返される。


「ならない」

「そっか、いいアイデアだと思ったんだけど」


 そう答えるエニュオがどことなく残念がっているように見えたのは、不死者の見間違いだろう。


「思ったより苦戦せず進めてますね」

「そうだな」


 気付けば一行は上層階まで来ていた。けれど相変わらず遭遇する敵は少数のオークやゴブリンのみ。この様子なら正面から入っても問題はなかったのかもしれない。


「多分攻められることを考えてないんだろうね」


 実際その可能性は高かった。人間側の情報が流れているのだとすればその可能性はより高くなる。人間側が防戦で手一杯なら拠点防衛に人員を割くより攻撃に人員を割いた方が効率的だ。だが逆に言えばこの拠点のトップは人間とコミュニケーションをとり、また効率等を考えられる程度には知恵があるということだ。


「ここが最上階か?」


 階段が終わる。目の前には大きな廊下。そして大きな扉がある。


「おそらくそうだろうね」

「ってことはこの奥に親玉が居るのか。もう一度確認するぞ。命の危険を感じたら逃げろ。俺のことは置いていけ。わかったな?」

「はい!」


 三人はそれぞれ呼吸を整える。

 不死者は大きな扉に手をかけ、二人を見る。相手の強さがわからない以上、最悪の事態も想定しなければいけない。ウェスタもエニュオもそんな覚悟はとうに決まっているようだった。

 

「行くぞ」


 大きな扉をゆっくりと押し開ける。


「おや、客人かね?」


 扉の奥に広がっていたのは巨大な部屋。その奥の椅子に何かが腰を掛けているのが見える。その正体はすぐにわかった。けれど、いやわかったからこそ驚きが隠せない。


「驚いた。人間じゃないか、それにエルフも居る。巡回中の奴らは何をしているんだか」


 しわがれた声で流暢に語りかけてくるそれは、間違いなくゴブリンだった。しかしこれまでのゴブリンとは全てが違う。体躯は人より少し大きく、その体には鎧を纏う。頭には冠のようなものを被り、手には大きな杖を携える。

 そして何よりも。


「して何用だ?」


 人の言葉を完璧に話している。


 その声には威圧感があった。間違いなく今まで出会ってきたどの魔物よりも強い。格の違いが雰囲気や佇まいだけで理解できてしまう。


「お前がここの親玉か?」

「うむ、そうだが」

「そうか、俺達はお前を倒しに来た」

「倒す?ハッハッハッなるほど」

「一応聞いとくが、あんた人間の敵でいいんだよな」

「ああ、もちろん」

「そうかッ!」


 不死者は会話を終えるより早く走り出す。それと同時に二人に合図を出し戦闘を開始する。剣の届く距離まであと数歩。大きく剣を振りかぶる。


「吹き飛べ」


 次の瞬間不死者の肉体は宙を待っていた。直後に来る背中への衝撃。壁に叩きつけられて死んだことを即座に理解する。


 ――何が起こった!?


 急いで二人の様子を確認する。エニュオはまだ立っているが、ウェスタは杖を支えにしてようやく立てているといった様子だ。


「貴様、妙だな。あの衝撃なら死んでいるはずだが」

「悪いな、簡単には死ねねえ体なもんでよ」


 立ち上がり剣を取る。前方ではエニュオが敵に接近していた。


「ほう、貴様、人間にしては魔力量が多いな」


 しかし斬りかかったエニュオの剣は相手の体を斬りつけることなく、空中で停止している。


「なッ!?」

「魔力障壁だ。そんなことも知らんのか、今の人類は」

「エニュオさんッ!」


 声を合図にエニュオが一旦距離を置く。その隙を補う形でウェスタの炎魔法が襲い掛かる。しかしそれも届かない。


「エルフの娘は魔法を使うか。面白い」


 不敵な笑みを浮かべたまま、ゆっくりと玉座から立ち上がる。


「我はこの城の王、ゴブリンたちを統べる者。そうだな、ゴブリンキングとでも名乗ろうか」

「ご丁寧にどうもッ!」


 ダメ元で斬りかかる。しかしその剣はエニュオの時とは異なり、魔力の壁に阻まれることなく鎧を捉える。

 けれどそこまで。急ごしらえの剣技では鎧を断ち切ることは敵わず、再び吹き飛ばされる。


「何故だ?確かに魔導障壁を張ったはずだが」


 未だ相手の全ては理解できない。けれど不死者の攻撃のみ、阻まれることなく届いた。勝機があるとすれば恐らくそこだ。


「ッ!!!」

「チッ!」

「ウェスタ!」


 後ろからエニュオが斬りかかるが弾かれる。再びその隙をカバーするようにウェスタの魔法。今はそれを繰り返し相手の隙を待つしかない。


「興味深いが、三人まとめては面倒だな」


 ゴブリンキングの杖の先が光を帯びる。おそらく何らかの魔法の行使。


「エニュオ!ウェスタを守れ!」


 不死者が全力で斧を投げる。ほんの少し狙いがずれるだけでいい。二人を殺させないための一手。その斧を追うように走る。


「切り裂け」

「あ?」


 意識が飛ぶ。死の直前顔に鋭い痛みを覚えた。おそらくは斬撃だろう。蘇生は既に終わっている。この勢いのまま斬りつける。


「ほう?」


 しかし斧も斬撃も難なく躱されてしまう。嫌でもわかってしまう。目の前の敵、ゴブリンキングと名乗る魔物はまだ全然本気ではない。


「少年、貴様何者だ?」

「あ?何だいきなり」

「先程と言い今と言い、貴様は確実に死んだはずだ」

「ああ、死んだよ」

「ならなぜ立っている?アンデッドの類か?」

「知らねえよ、こっちが聞きたいくらいだ」


 ゴブリンキングの興味が不死者に向けられた。それは隙だ。逃がすにしろまだ戦うにしろ、二人に指示を出すなら今しかない。


「それに貴様、魔力が無いな。もしや貴様はこの世界の人間では無いのか?」


 ――は?


 その一言で不死者の思考が止まる。ゴブリンキングは向こうの世界を知っている。不死者がこの世界の人間でないことを知っている。


「つまりあの男と同じなわけだ」

「…あの男?」

「ああ、我々に協力している人間が居る。その男が話していた。魔力の無い、こことは異なる世界について」


 その言葉が意味するのはつまり、魔物たちに人間の情報を流した者は、不死者と同じ世界の人間であるということ。

 信じがたい情報に不死者の動きは完全に停止する。


「ハァッッッ!!!」

「おっと」


 隙を窺っていたエニュオの斬撃も鎧を掠めるだけでダメージにはならない。自身も戦わなければいけないことはわかっている。わかってはいるが思考の切り替えが上手く出来ない。


「ほれ」

「ッ!?」


 突如吹きすさぶ風。おそらくそれこそがゴブリンキングの魔法。


 ――かまいたちか!


 斬撃の正体に気付いた時にはすでに遅かった。傾く視界には剣を握った不死者自身の腕が映っている。そこで意識が途切れる。

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