第17話 東の城②

 そして目を覚ます。

 不死者は足元に倒れている魔物を軽く蹴る。反応はない。投げた斧を拾うと、背後から声が聞こえた。


「不死者様!」


 二人が不死者に駆け寄る。見た目で分かるような大きな外傷は無いようだ。


「すまん、大丈夫だったか?」

「うん、こっちは大丈夫。途中矢が飛んできたのはびっくりしたけど」

「でも偶然オークに刺さったんですよ!運が良かったです!」


 魔法を使う魔物が居ることは聞いていた。けれど武器に魔法をかけるという発想は不死者には無かった。魔法の種類をもっと聞いておくべきだったと今更ながら後悔する。


「この魔物が矢と魔法で攻撃してきてたんだ」


 三人は足元に転がる魔物の死体に目をやる。


「この魔物が何か知っているか?」

「いや、初めて見る…。ゴブリンのような見た目だけど体躯は人間と同等、こんな魔物は聞いたことも無い。ウェスタは知ってる?」

「いえ、ゴブリンの仲間なのかなぁとしか」


 この世界の住人である二人も知らない魔物。対策を立てる必要がありそうだがそれには情報が足りない。


「それ持っていくの?」

「この大きさなら俺でも使えるだろうと思って」


 不死者は魔物の持っていた弓と矢筒を拾い上げる。前にゴブリンが使っていたものは小さくて使えそうになかったが、この大きさならば問題なく使えるだろう。


 ――まあ弓なんて使ったことないけど。


 探索を再開する。けれど不死者の頭の中は先程の魔物のことでいっぱいだった。

 耳や鼻などはゴブリンの特徴を色濃く有していた。しかし魔法を使用していた点やその体躯からは人間に近いもののように思える。だがゴブリンやオークの仲間であれば、騎士団長としてそれらと多くの戦いを経験しているエニュオが知っててもいいはずだ。ウェスタの村を襲ったのもゴブリンだったということを考えると、先程の魔物は完全な別種と考えたほうがいいのかもしれない。


「止まって」


 エニュオが何かに気付いたらしい。耳を澄ますと小さな物音が聞こえてきた。考え事で欠けていた周囲への警戒を反省する。


「何の音でしょう?それに何か変な臭いもする気が」


 言われてみれば先程まで感じなかった臭いを感じる。それは不死者にも覚えのあるような臭い。


「公衆トイレだ…」


 その正体に辿り着く。現代の公衆トイレのような臭い。ほとんどの人間はそれを不快と感じるだろう。歩みを進めれば進めるほど臭いは強くなっていく。


「何ですかそれ?」

「え、あーそうだな。まずトイレってこの世界にある?」

「うん、結界式のがあるよ」

「結界式?」


 不死者は聞き慣れない言葉に思わず聞き返してしまう。


「どういう仕組みなんだ?」

「私が説明しましょう!簡単に言えば対象を絞った変化魔法です!」

「変化魔法?」

「はい!多くの場合は土や水に変化させます!」

「そうなんだ、初めて知ったかも。よく知ってるねウェスタ」


 誉められたウェスタは誇らしげに胸を張っている。対象を変化させる魔法。あまりに便利な魔法にしかし不死者はもう驚かない。


 ──物を変化させる魔法か…待てよ。


「もしかして生物を変化させたりとかも出来るのか?」

「出来ないです!死体とかは出来ますけど」


 死体は可能だが、生物は不可能。その境界線は何なのだろうかとふと考える。けれどそんな思考に意味は無い。魔法を使うことのできない不死者にとって魔法の理論は関係のないものだ。


「話を戻す。公衆トイレっていうのはそのトイレを誰でも使えるようにした施設って感じだ」

「なるほど、そこの臭いに似てるんだ」

「ああ、結構似てる」


 思いきり話が脱線してしまったが、不死者はまた一つこの世界について知った。旅立つときに貰った比較的柔らかい紙はトイレットペーパーのような役割なのだろう。向こうの世界のトイレットペーパーほど柔らかくはないのだが。


「ん?もしかしてウェスタも変化魔法使えたのか!?」

「いえ、使えないです…」

「えっ、じゃあここまで来るときのトイレって」

「その話はやめよう」


 エニュオに肩を掴まれる。鍛え上げられたエニュオの握力は相当なものだ。激痛が不死者の肩を襲う。ウェスタは顔を真っ赤にして俯いている。そこでようやく気付いた。


「本当にごめん…」

「いや、大丈夫ですから…先に進みましょう…」


 無意識とはいえモラルに欠けた発言を謝罪し、探索を続ける。臭いの元を探しながら歩くと一際重厚な扉の前へと辿り着く。強烈な臭いの元は扉の奥にあるようだ。扉の奥からは金属の音と破裂音、それとわずかだが水音も聞こえてくる。


「間違いない、この中からだね」

「魔物が居るとみて間違いないだろう。行くぞ」


 頷いたエニュオが勢いよく扉を蹴り開ける。中にはオークが三匹と。


 ――人間!?


 一匹のオークは座って正面に人間を抱きかかえているように見える。オークも人も装備どころか何も身に纏っていない。

 不死者は理解してしまう、そこで何が行われているかを。

 を理解した瞬間、肉体が動き出す。死の瞬間とはまた違った肉体から意識が離れる感覚。制御を失った肉体が跳ねるように駆け出す。意思による動きではなく、反射や本能による動き。と同じ。


「ッ!?ウェスタ!援護お願い!」


 一人で動くことは二人を危険に晒すことと同義だ。落ち着いて行動しなければいけない。


 ――うるさい、黙れ。


 乱れた呼吸のまま駆ける。剣を握る力が一層強くなる。


 ――殺してやる。


 ソレに剣術は必要ない。手に持っているものが刃物である以上既に答えは出ている。いつだってそうだった。もそうだった。

 オークは人間を放り投げ何かを叫んでいる。それが威嚇だったのか別の何かだったのかはわからない。剣をオークに突き刺す。その勢いのまま倒れたオークに馬乗りになる。剣を引き抜き再び刺す。刺す刺す刺す。


 ――殺す。殺す。殺す。確実に殺してやる。


 そこにあるのは純粋な殺意。ただそれだけを剣に乗せオークに叩き付ける。

 とっくに動かなくなっていたオークから剣を引き抜き、投げ捨てられた人間に目をやる。人間の女性の体は白く濁った液体に塗れている。

 腹の奥底から不快感と共に込み上げてきたそれを口から吐き出す。


「不死者様!?」


 突然の嘔吐に慌てて二人が駆け寄る。他の二匹は二人がうまく倒したようだ。


「すまない…勝手に、動いて…」

「いえ、そんなことより大丈夫なんですか!?」

「俺は、大丈夫だ…ちょっと取り乱した、だけだから…それより彼女を…」


 深呼吸をして落ち着こうとするがうまくいかない。どころか古い記憶が止めどなく溢れてくる。


(君は悪くない。だから泣かないで、謝らないで)


 ――違う。俺が悪いんだ。


(命には問題ありません。ですが…)


 ――全部俺のせいだ。全部全部俺の罪だ。


(意識が戻るかどうかは現状わからないとしか)


 ――この罪は絶対に、命を懸けてでも償う。だから、だからどうか。


(お姉ちゃん以外にも困っている人が居たら助けてあげてね。)






 ――





「…死者様!?不死者様!?」


 ウェスタの声で意識が現実へと引き戻される。


「彼女は!?」

「残念だけど…もう死んでからだいぶ経っているみたい…」


 ぐったりと倒れたまま動かない女性を見る。虚ろな瞳は既にどこも見ていない。


「それともう一つ、聞きたくないことだろうけど」

「…何だ?」

「多分さっきの魔物の母親もこの人」

「そんな…!?」

「そう、だろうな…」


 この女性がここに居たことで先程の魔物の謎が解けた。ゴブリンのような特徴を有した人間の様な魔物。あれはおそらく人間とゴブリンのハーフだったのだろう。その可能性を全く考えていなかったわけではない。

 後ろでウェスタの嘔吐する音が聞こえる。


「魔物たちだけの仕業だと思うか?」

「わからない、けど裏に人間がかかわってる可能性は高いと思う」

「そんな、そんなことって…」


 人間に自らの子を孕ませる。それは明らかに魔物が思いつくようなことではなかった。この城に情報を流していたという人間が関わっていると見ていいだろう。

 不死者の底からどす黒い感情が湧き上がる。憎悪という言葉がふさわしいだろうか。そんな悪趣味なことを考える人間が、この世界に存在している。それも魔物側に。


「エニュオ、人を殺したことはあるか?」

「無いよ、魔物なら数えきれないほど殺したけど」

「そうか、なら見つけたときは俺が殺す」

「不死者様はあるんですか…?人を殺したこと…」

「ある」


 恐る恐る訪ねてきたウェスタに、不死者はすぐに返答する。


「詳しいことはまたいつか話すが」


 彼の生き方を変えた出来事。彼が犯した罪。今の彼を作り上げた根源にあるもの。


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