第16話 東の城①

 仲間が増えたおかげで旅は順調に進んでいった。三人も居ればオークやゴブリンの一匹二匹は敵でなく、野生の動物や植物のおかげで餓死とも程遠い。不安が残っていた夜間についてもウェスタの結界のおかげで快適だった。それでも交代で周囲を警戒する必要はあるが。

 また、不死者はエニュオに剣術を教わり始めた。せっかく貰った剣、それをいつまでも出鱈目に振るう訳にはいかないだろう。同時並行で文字も教わる。こちらは剣術よりもだいぶ苦労しそうだった。

 そんな旅も五日目、一行はついに巨大な城に辿り着いた。


「大きいですね…」


 王国の城がそこまで大きいものでなかったとはいえ、その二倍はありそうな巨大な城。近づくにつれ魔物の数が増えていたことを考えても、ここには何かあるのは間違いなさそうだった。

 三人は城を前にして改めて気を引き締める。


「問題はどこから入るかだな」


 さすがに正面から入ろうとするほど馬鹿ではない。この城に巣食っている総数不明の魔物に対して、三人という数はあまりにも少なすぎる。あくまでも不意打ちが前提となるだろう。

 城の外観を見渡す。窓はあるが位置が高い。あるかどうかはわからないが裏口を探すことにした。正面の大きな門よりはいいだろう。


「待って、静かに」


 歩き始めた二人にエニュオが制止を促す。二人はそれに従い動きを止め黙る。ウェスタに至ってはわざわざ口を押えている。

 風が耳を撫でる。静寂が辺りを包み込む。


「ついてきて」


 突然エニュオが歩き出す。意味はわからなかったがとりあえずついていくことにした。エニュオは迷いなく歩いていくが、城からはどんどん遠ざかっていく。不死者もウェスタも困惑の表情を浮かべながら歩く。

 そうしてエニュオについていくと小さな川に出た。


「やっぱり」

「水の音が聞こえたのか?」


 不死者とウェスタの耳には、ここに近づくまで水の音など聞こえていなかった。それが聞こえていたのならば相当な地獄耳といえるだろう。

 けれどやっぱり意味がわからない。何のために、そう尋ねようと不死者が口を開いたのと同時にエニュオが話し始める。


「あの城に近づくにつれ魔物は増えていった。これはあそこが魔物の拠点だからだと思う。そう考えたときに一つ疑問が浮かばない?食料や水源の確保について。食料は動物で補うとして水も何らかの方法で確保しなければいけないはず」

「それこそ魔法で出せたりしないのか?」

「出せなくはないと思います、私には出来ないですけど。でもたくさんの魔物に分け与えられるほど出そうと思うと魔力が足りなくなると思います」

「うん、それに魔法を使えるほど知能の高い魔物が居るかも怪しい」

「そうなると水はどこかから確保するしかないのか」

「そう、だからここ」


 不死者はそこでやっと理解する。つまりあの城には水路が存在するはずなのだ。その水路が繋がっているのはあの城から最も近いこの小川である可能性が高い。彼女はそこまで考えて行動していた。その頭の回転の速さに思わず感嘆の言葉が漏れる。


「すごいな」


 改めて騎士団長、エニュオという人物が旅に同行する頼もしさを知る。彼女は騎士団長として戦闘面は勿論、多種多様な知識も備えているのだろう。


「じゃあ行こうか」


 上流に向かい歩きだす。十数分もすると川が分かれている個所を発見した。おそらくここを辿ればあの城の水路に繋がっているはず。今すぐにでも進みたい気持ちをグッと抑える。今の不死者は一人じゃない。


「準備は大丈夫か。疲れてたりするんだったらここで一度休もう」

「私は大丈夫」

「私も大丈夫です!」

「よし、行こう」


 ものの数分で城の水路に到達する。より一層警戒を強めて歩く。

 先頭で進むのは不死者。何らかの罠や、魔物との遭遇も不死者が先頭なら問題はない。

殿はエニュオが務める。彼女の聴覚があれば不意打ちにも気付けるはずだ。それに純粋な戦闘力も高い。またいざというときは中央のウェスタを連れて逃げられるだろう。

 ウェスタは常に周囲に簡易的な魔力結界を張ってくれている。不死者が気付けない魔力についてはウェスタの結界を頼るしかない。


「大丈夫そうだ」


 あっさりと城の中に入る。城の中には様々な動物の骨が転がっていた。周囲に目をやるが魔物は見えない。足音を抑えながら城内を進んでいく。


「あのランタンの炎、魔法です」


 少し進んだところでウェスタが小さく報告した。廃墟のようにも見える城内はランタンの灯りで照らされていた。そのランタンこそが、この城内に何者かが居る事実を強調している。

 問題はそれが魔法によるものであるということ。人間やそれに与するエルフのような魔物ならいいが、敵対する魔物が魔法を使うのだとすれば非常に厄介だ。


「待って、前方右の部屋から物音がする。おそらくゴブリン数匹の足音、どうする?」

「詳しい数はわかるか?」

「いや、そこまではわからない。でも多くは無いと思う」

「戦う、か」


 息を潜めながら扉に近づき、勢いよく蹴り開ける。室内にはゴブリンが四匹。それぞれ右に一匹左に二匹奥に一匹。突然の出来事に驚いているのか、ゴブリンたちに動きはない。


「エニュオ、左は任せた!ウェスタは奥に魔法!」


 不死者は右の一匹に襲い掛かる。剣はゴブリンの腹をいとも容易く突き破る。すぐさま引き抜き首元を斬りつける。悲鳴をあげる間もなくゴブリンは絶命する。

 左の二匹はエニュオが問題なく倒している。奥の一匹もウェスタの魔法によって死んだ。三人での戦闘にもだいぶ慣れてきたとはいえ妙な違和感がある。


 ――何かがおかしい。何だ、何がおかしい?


「今のゴブリンたち、どう思う?」

「弱すぎる気がする。そもそも武器も持っていなかったし」

「確かに、すぐに襲っても来ませんでした」


 違和感の正体はそれだった。砦や森の中、エスペロ王国に攻め込んできたゴブリンたちに比べ弱い。魔物たちにも人間と同じように役割分担があるのだろうか。だとすれば今のゴブリンたちが戦闘要員ではなかったとも考えられる。しかし今は推理材料が足りない。


「待ってください!これ、見てください!」


 驚いた様子のウェスタが何かを持ってくる。紙の束、いや書物のようなものか。書いてある文字は読めない。これもこの世界の言葉なのだろうか。


「なんて書いてあるんだ?」

「なるほど、どうやら日記のようなものみたい。でもこれって」

「はい、恐らく人間のものだと思います。ゴブリンに文字が書けるとは思えませんし」

「じゃあ相当古いものなのか?この城が魔物に奪われる前とか」

「いえ、そこまで古いものじゃないと思います。どちらかと言えば最近のものみたいです」


 最近人間が書いたものがこの城にある。そんなおかしな話に首を捻る。そんなことがあり得るのだろうか。もしかするとこの城には人間が幽閉されているのだろうか。魔法を使うほど賢い魔物が居るのならそれもありえない話ではなかった。


「不死者さん、今から最悪の場合について話すね」

「え?ああ」

「これは、恐らくだけど魔物側に情報を流している人間のもの。それが最近のものだった。その意味はわかるよね?」

「…は?」


 不死者には一瞬、エニュオの言っている意味が理解できなかった。魔物に情報を流している?何のために。その疑問は口から出る前に解決してしまった。自身の安全のため。魔物に情報を流すことで自身だけでも助かるため。人類が滅んでも、自分が生きていればそれでいい。魔物に殺されるくらいなら魔物に協力する。そんな考えを持った人間も居る。

 わからない話ではない。何度経験しても死ぬのは苦しくて辛くて怖い。しかしだからと言って自分がそれから逃げるために他人を犠牲にするのは。


「許せるかよ…」

「落ち着いて、感情的になっちゃだめだよ」

「…そうだな」


 エニュオの言うとおりだった。不死者は頭に上った血を抑えるため深呼吸する。

 灰に冷たい空気を取り込み、負の感情と共にそれを吐き出す。その問題について考えるのは時が来たらでいい。今は先に進まなければならない。


「これからも魔物が少数だった場合は戦おう、数が多いときは無理に戦う必要はない。一応俺が指示を出すが無理だと思ったら言ってくれ」

「うん」

「はい!」


 部屋を出て探索を再開する。その後も何匹かのゴブリンと遭遇したがそのどれもが弱かった。武器も持っていなければ逃げ出すゴブリンまでいた。

 どうやら不死者の推測は当たっているらしい。戦闘要員がゼロということは無いだろうが、森の中を巡回していたのが戦闘要員だとすれば今この城の中の戦闘要員は少ないはず。戦闘要員が少ないうちに決着をつけるのが最善手だ。


「止まって、この先に階段。そこからオークが二匹降りてくる」

「ウェスタ、魔法の準備を」

「はい!」


 自身を落ち着けるように一息つく。後ろではウェスタが杖を構え、隣ではエニュオが合図のタイミングを計っている。


 ――一人じゃないんだな。


 ふとそんなことを考える。彼は向こうの世界でも一人のことが多かった。しかし今は違う。頼もしい仲間に恵まれた今は負ける気がしない。


「今!」


 それは合図と同時だった。突然のことに声が出ない。しかし確かに、何かが不死者の体を貫いていた。


 ――まずいッ!


 エニュオは一匹のオークにすでに斬りかかっている。後ろを振り向く。長い廊下の先で何かが光っている。何故不死者を狙ったのかはわからない。けれど危機は去っていない。思考を回す。次に狙われる可能性が高いのは、護らなければいけないのはどっちなのか。ウェスタは何が起こったのかを理解できていない様子だ。エニュオは既にオークと戦闘を始めている。


「ウェスタッ!エニュオの援護ッ!すまんエニュオッ!オークは任せるッ!」

「は、はい!」

「了解ッ!」


 二人を信じる。今はそれしかなかった。幸いまだ脚は動く。吐き出した血も拭わずに走り出す。目指すは廊下の最奥。光がより一層強くなる。

 二射目。避けることは考えない。後ろにいる二人に当てないためにもすべて不死者が受けなければいけない。心臓を射抜かれる。体を貫いているのは矢だった。しかしただの矢であればこの距離を直線で飛んでくる筈がない。


 ――魔法か!


 無理やり自身を納得させる。暗くなっていく視界、けれど意識が途切れるまで走るのは止めない。三射目が左肩に刺さり意識が落ちる。

 

 前傾姿勢のおかげで倒れながらも前には進んでいた。再び走り出すと同時に光が強くなる。四射目が腹に突き刺さる。そこでようやく姿が見えた。

 ゴブリンのような見た目だが人間ほどの大きさ、そしてオークとも違う見たことのない魔物。それが弓を引く。それと同時に矢の先が光を帯びる。光は徐々に強くなっていく。

 不死者は剣を左手に持ち替え右手で斧を振りかぶる。


 ――当たってくれッ!


 五射目と同時に斧を投げる。姿勢が変わったせいで矢は不死者の真横を一直線に飛んでいく。


 ──しまったッ!


 不死者に当たらなかった矢は、エニュオたちに向かい飛んでいく。けれど振り向かない。今は二人を信じるしかない。

 両手で剣を構え斬りかかる。斧を避けたせいで体勢が崩れている魔物を剣が捉えた。不死者はエニュオに教わった剣術通りにその剣を振るう。


 ──確かこうッ!


 斬りぬいた勢いを利用し刀身の向きを変える。今度は今の軌道をなぞるように斬りあげる。最後に全体重を乗せて突く。血飛沫と共に魔物が倒れる。

 限界はそれと同時に訪れた。


 ――少しは強くなってんのか。


 途切れゆく意識の中で不死者は自身の成長を嚙み締めた。

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