第14話 三人一部屋
「改めてよろしくお願いします。エニュオさん!」
「はい、よろしくお願いいたします。ウェスタ殿」
「私には敬語じゃなくていいですよ!その方が私も気が楽です!」
城の一室で明るくあいさつを交わす二人とは逆に、不死者の気分は沈んでいた。戦力的に言えば大幅な強化であることは間違いない。けれど彼からしてみれば、二人の命に気を遣う必要が出来てしまったわけだ。
一人のときに感じたメリット、それはどんな滅茶苦茶な戦法であれ最終的に敵を殺せればいいという点。端的に言えば敗北条件が無いということ。だがこれからは二人が死ぬことも敗北条件に含まれる。これは大きな欠点となってしまう。
「不死者殿?やはりご迷惑だったでしょうか?」
「いや、迷惑ってわけでは…」
はっきり言えば迷惑ではある。不死者の性格上、彼女たちの命を無下にするという選択は出来ない。仲間として同行する以上死んでほしくはない。
「いいんですよ!私たちは自己満足で付いて行くんですから」
拗ねたようにウェスタが言う。ウェスタを守るためとはいえ嘘を吐いていたことは事実だ。理由は説明したものの、それ以降目に見えて態度が変わった。
年齢を聞いた後ではあるが、その様子を何処か子供っぽいと思ってしまう不死者だった。
「この際二人が付いてくるのはいいです。仕方ないし」
どうやら二人の意思は固いようだった。何度か別室で説得を試みた不死者だったが、その全ては失敗に終わった。人が一度固めた決意をどうにかできるほど不死者は話術に長けていない。
「ですがこの条件は守ってもらいます。一つ、自分の命を優先すること。二つ、いざというときは俺を置いて逃げること。いいですか?」
「はい。約束します」
「嘘を吐かないことも追加してほしいです」
「…じゃあそれも」
どうやらウェスタは結構根に持つタイプのようだ。不死者は心に留めておくことにした。
「じゃあ改めてよろしく。ウェスタ、エニュオさん」
「はい!」
「はい」
その日は国王に勧められ王城に泊まることになった。そこで問題は起こった。
「えっ!同じ部屋に泊まるんじゃないんですか?」
「いやそれは色々とまずいだろ!」
どうやらウェスタは全員同じ部屋に泊まるものだと思い込んでいたらしい。元々一人で旅をしていたのだ、寂しいのもあるのだろう。もしくは村でそうしていたのかもしれない。
「だってまた一人で行っちゃうかもしれないじゃないですか!」
しかし理由はそのどちらでもなかった。
ウェスタは不死者が自分を置いて行ったことをまだ根に持っているらしい。確かに昨日の今日だ。信じきれない気持ちは不死者にもわかる。
だが同じ部屋に泊まることの方が問題だろう。不死者はエニュオに助けを求める。
「流石に同じ部屋はまずいですよねエニュオさん!」
「いえ、別に問題はありませんが?」
──マジかよこの騎士団長。いや元騎士団長か。
年頃の男女が同じ部屋に泊まるのは、向こうの世界では大問題だ。ウェスタが見た目通りの年齢じゃないのは理解したが、それでも本人曰く17,8歳ほどらしい。向こうの世界では犯罪になってしまう。
そこである考えが浮かんだ。
「わかりました。同じ部屋でいいです」
それから女性陣は風呂へと向かった。不死者はこの世界にも風呂があることに驚いたが、元の世界の古代ローマにもあったことを思い出した。納得出来なくはない。
案内された部屋は想像より広かった。飾りつけこそ煌びやかなものではないが、柔らかなベッドがあり室温も魔法によって温かくなっている。そこで改めて魔法の万能さを実感する。どうやらこの世界で魔法は電気の代わりも担っているらしい。
「戻りました~!って、何やってるんですか…?」
そんな部屋の隅で、不死者は腕立て伏せをしていた。元々は向こうの世界での習慣だ。けれど改めて強くなる必要がある今、これまでよりも念入りに行わなければいけない。
「何って、見ての通り、鍛えてるんだ」
「いやそれはわかるんですけど…なんで今…ねえ、エニュオさん?」
「綺麗なフォームです。欲を言えば下げたままの姿勢を一秒ほど保てばより効果的かと」
エニュオのアドバイスをさっそく取り入れる。確かに負荷が増えるのを感じた。これまでは独学でやっていた不死者だったが、騎士団長から教えてもらえるというのは心強かった。
教わった方法で繰り返す。これまでかいてきた汗と違い、自主的な運動で流す汗というのは気持ちがいいものだ。
「俺も汗を流してきます」
「あっはい」
ウェスタは困惑したような表情を浮かべていた。
「ふう」
風呂場は銭湯のように大きな湯船のものだった。中には誰も居ない。ちょうどいい機会、風呂に浸かりながらこれからのことを考える。
まず目指す場所は東だろう。そこで情報の一つでも手に入ればいいが、問題は何もなかった場合。そのまま東に向け進むには、あまりにも情報が少なすぎる。ウェスタの居た村のように隠れた集落でもあれば話は別だが。
考え事をしているとつい癖で顎を触ってしまう。そこで気付いた。
「髭剃らないと」
風呂から上がり用意してもらった服に着替える。脱衣場であろうその部屋を見回すと何枚か並んだ鏡を見つけた。近くに剃刀らしきものもある。文明のレベル自体は現代にも通ずるものがある。魔法の有無以外は中世とかに近いのかもしれない。
「よし」
久方ぶりの髭剃りを終え、部屋に戻る。彼にとって本当の勝負はここからだった。
「戻りました」
「あっおかえりなさい!」
二人はベッドの上に座り何やら談笑していたらしい。ここに来るまでにウェスタが見せた笑顔とはまた異なる笑顔、こちらが本来のウェスタの笑顔なのだろう。ようやくリラックスできたのならよかった。不死者としてもそれは喜ばしいことだった。
「改めてここまでのことをウェスタさんよりお聞きしていました」
「ああ、なるほど」
怪しい人物と騎士団長、そんな立場で話していた時とは違い、彼女はとても丁寧にやさしく話している。こうして見ると彼女も相当の美女だ。年齢はまだ20代だろうか、少なくともウェスタよりは年上に見える。身長は高く鍛え上げられた体は引き締まっている。風呂上がりだからか後ろで纏めていた灰色の髪も今は下ろしている。
「髭を剃られたのですね。お似合いです」
「あ、ありがとうございます」
褒められ慣れていない不死者は思わず戸惑ってしまう。
「エニュオさん!一ついいですか?」
「はい、何でしょう」
「敬語、やめませんか?」
ウェスタの急な提案に今度はエニュオが戸惑う。不死者のときもそうだった。ウェスタは敬語が苦手なのかもしれない。
「不死者様も!まずは形からでも仲良くいきましょうよ!」
──ああ、そういうことか。
彼女は恐らく心配しているのだ。最初にエニュオと不死者が相対したときはお互いに敵意の目を向けていた。仲間になった以上仲良くした方がいいのは確かだ。だからと言って敬語を辞めるというのはおかしな話な気がしないでもないが。
──それにウェスタはずっと敬語だし。
口に出そうになった言葉を飲み込む。不死者としてもこれ以上彼女の機嫌を損ねろのは好ましくなかった。
「それでよろしいのでしたら」
「私はそっちの方が嬉しいです!不死者様もそうですよね?」
「俺は別にどっちでも」
相変わらず戸惑っている様子のエニュオだったがどうやらウェスタの熱意に折れたらしい。
「じゃあ、そうする。これからよろしく。ウェスタ、不死者殿」
「はい!よろしくお願いしますエニュオさん!」
「ああ、よろしくエニュオ」
「ふふっ、なんだか照れるね」
思わずエニュオが笑い出す。つられてウェスタも笑い始める。当然のことだが騎士団長という肩書が外れれば、彼女も普通の女性なのだ。それがわかっただけでもウェスタには感謝しなければいけない。
こうして三人は改めて仲間としての結束を固めたのだった。
「えっと、不死者様?寝ないんですか?」
それはそれとして、不死者は再び筋トレをしていた。先程とは違い今度はスクワットだ。これからの徒歩での旅に備え、足を鍛えておくに越したことはない。
「膝が少し前に出すぎ、それと手は前に伸ばした方がいい」
「なるほど、ありがとう」
「私先に寝ますからねー」
「ああ、もう少しやったら俺も寝るよ」
不死者は二人が眠りについたのを確認する。程よい疲労感が心地よかった。
それは不死者の癖だった。何かを考えまいとしたり、何かから気を逸らそうとするとき不死者は筋トレに逃避する。今回の場合もそうだった。
ひとまず安全な場所にたどり着いたことで不死者には気の緩みが生じていた。これまでであれば考える余裕のなかったことを、考える余裕が出来てしまった。
健全な成人男性であれば、美女と美少女と同室で寝るという緊張感が理解できるだろう。何かが起こってしまってもおかしくはない。けれどそれが起きればすべてが終わる。不死者はそんな緊張感を筋トレで押し殺していた。
「ふう」
数十分後、不死者にも眠気が訪れた。ベッドの方では、二人が静かに眠っている。
「俺も寝るか」
幸いこの部屋にはソファーが存在した。最悪の場合床で寝ることも覚悟していたが、それは避けられた。
ゆっくりと目を閉じる。これからのことを考えているうちに、意識は深く沈んでいった。
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