第13話 王前問答
戦いが終わると、その違和感の答えが見えた。自分と同じ最前線で戦っていた騎士たちはその場に直立していた。騎士たちの兜を外す。中身は存在していない。
――魔法か。
不死者とエルフの少女から話は聞いていた。廃砦を歩き回る中身の無い鎧。それと同じ魔法だろう。それにしてもこの数は。
「団長さん!」
声のした方向からエルフの少女が走ってきた。
「よかった。生きていたか」
「はい!えっと…あっ!」
辺りを見回していた彼女が声を上げる。東の方向。オークの死体の中に、彼は立っていた。
「不死者様!」
「ウェスタか…?なんでここに」
不死者と目が合ってしまった。思わず俯いてしまう。不死者の足音はゆっくりと近付いてくる。
「どういうことですか?彼女は保護されていたはずでは?」
「違うんです不死者様!私が同行をお願いしたんです!」
エルフの少女の声を彼は無視している。質問は騎士団長である彼女に対して投げかけられたものなのだ。
「すまない」
何とか口を開いて紡げた言葉はたったその一言だった。
「団長!戻りましょう!」
「…あぁ」
「不死者様、私たちも」
「いや俺は」
「いいですから!」
騎士団長は一足先に、逃げるように歩き出した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「この度はよくぞやった、騎士団の皆よ。そして不死者殿にエルフ殿」
不死者たちが連れてこられたのは最も大きく豪華な城の中だった。国王から贈られた感謝の言葉に場内が湧きたつ。
不死者はそんな国王に頭を下げつつ、彼を観察していた。年老いてこそいるが騎士団長のそれとも違う風格のある男。肉体も衰えきってはいないだろう。老人とは思えないほど体格の良い男だった。
「そなたらの力が無ければこの国は危うかったやも知れぬ」
騎士団長に言われるがまま片膝をついていた不死者だったが、ボロボロの黒ジャージのせいでどうしても拭いきれない場違い感があった。
「またそなたらから預かった折れた剣、あれにより魔導兵の作成に成功した。そのことについても、この場で感謝させていただきたい。ありがとう」
カギとなったのは不死者が拾っていた剣。魔法の解析のために騎士団に渡していたそれが、今回の戦いの流れを変えた。
少ない魔力量で標的を絞り戦う魔導兵。廃砦で戦った鎧の正体はそれだったらしく、あの剣を解析することでその技術を再現できたようだ。この技術があればこの国の防衛も楽になるだろう、と解析を担当していた人たちも不死者に感謝を述べた。
「してそなたら。魔王を倒すために旅をしているというのは本当か?」
「はい」
その答えに場内の騎士たちがざわつく。けれど王に驚いた様子はない。ただ淡々と言葉を述べる。
「ふむ。そなたらだけで成しえる事が出来るのか?」
「俺一人でもやるつもりです」
それに合わせるように不死者も淡々と答える。ウェスタは黙っている。
「そうか。エニュオよ」
「はい」
騎士団長が答える。名前を聞いていなかったことを、今更ながら思い出す。
「此度の戦いも騎士団長としてよく戦ってくれた。そなたは間違いなくこの国で最も強い」
「光栄に存じます」
不死者は彼女の戦いをしっかりと目にしたことがない。けれど騎士団長を務めていることから、この国で最も強いというのも頷けた。
──ってことはこの世界で一番強い人間なのか?
「此度の戦いを以てそなたの騎士団長及び騎士団の任を解く」
そこに続いた言葉は意外なものだった。先程と違い騎士たちは一声も発していない。ただ一人を除いて。
「何故ですか!?」
一人というのは他でもない騎士団長自身だった。突然の宣告、その理由を本人も理解できていない様子だった。
「先程言った通り、魔導兵の導入により我々の防衛はより一層強固なものとなった。それに伴い騎士団の人員を再編することとなった」
「では騎士団長には誰が!?」
「騎士団長には現副団長のデピュティに就いてもらう」
一人の騎士が一歩前に、そのまま国王に向かい首を垂れた。騎士たちはそれを黙って見ている。しかし彼女は納得できていない様子だった。
「これは決定事項だ」
国王が反論はさせないと言わんばかりに付け足す。
「ですが!今回の戦いでも死者が二名出ました!である以上は戦力不足になるのではないかと!」
不測の事態であったことに加え、疲労が重なった状態での死者二人。それは奇跡とも呼べるほど少ないが、それは戦いを俯瞰した場合の話だ。彼女個人の気持ちからしてみれば、二人の仲間を護れなかったという事実だけが残る。
――気持ちはわかるが。
彼女の掲げる理想は一人も死なないことだった。それが不可能だと理解していながら、なおもその理想に手を伸ばし続ける。それが彼女の在り方だった。
対して不死者は結果として一人でも多く救えればいいという考えのもと動いている。たとえそれが自分の命を落とす結果となっても。
この二つは似てこそいるがその本質は大きく異なる。不死者は全てを救いたいわけじゃない。そんなことは出来ないと理解しているから。
「…あんた、自分しか信じられないんだろ」
不死者の口が言葉を紡ぐ。一度開いてしまった口は止まることなく言葉を紡ぎ続ける。
「要するに自分が居ない騎士団ではこの国は守れないと、あんたはそう言ってるんだ」
「違…」
「違うのか?今のあんたの言葉は、俺にはそう聞こえたんだが」
今日の戦いでも死者が出た。これからもきっと死者は出るだろう。彼女はそれを恐れている。自分が護れなかったと、感じる必要のない責任を感じているのだ。不死者はそれを理解している。痛いほど理解してしまっている。
「あんた一人ですべてを守れるほど、世界は甘くない。命に代えてでも守りたい一人すら守れないことだってある。そういうもんなんだよ、世界は。それでも責任を感じたいんならそうすればいい」
拳を握り締めながら言葉を発する。騎士団長、エニュオに向けられていたはずの言葉。しかし今の不死者はその言葉を過去の自分に向けている。
「だがこの世界には、魔王とか言うのが居るんだろ?そいつを殺せば何かが変わるかもしれない」
だからこそ不死者は魔王を倒す。向こうの世界の戦争と違ってこの世界では原因が明確だ。それに不死の力があれば魔王を倒せる可能性はゼロではない。きっと辛く苦しい道程だろう。しかし彼にとっては厳しいからこそ意味がある。厳しいからこそ罪滅ぼしになる。
「不死者殿の言うとおりだ。そなたが責任を感じる必要はない」
「しかし…」
気付けば騎士団長は涙を流していた。不死者はちらりとウェスタの方に目をやる。ウェスタは何やら考えているような様子で下を向いている。静まり返った場内に彼女のすすり泣く音だけが響く。
「不死者殿」
――ここで俺に話を振るか。
「はい」
「彼女を、エニュオのことを頼みたい」
国王の言葉はその意味を理解しないまま、不死者の耳を通り抜けていった。それほどまでに信じられない言葉が、国王の口から発せられたのだ。
「そなたの言う通り、魔王を倒すことが出来ればこの戦いは収まるだろう。戦力は多い方がいいはずだ。彼女は強い。きっとそなたの力となる」
聞き間違えだと思いたかった不死者の思考を読んだように、国王は続ける。きっと戦力としては申し分ないのだろう。けれど仲間を増やすことにはリスクが生じる。仲間を失うというリスクが。
そのリスクを恐れたからこそ不死者はウェスタを置いて旅立った。ついていきたいというウェスタの気持ちを理解しているからこそ、嘘を吐いてまで置いて行ったのだ。
「お言葉ですが、俺は一人でやるつもりです。俺が魔王を倒す理由はただの自己満足です。それに付き合わせて人を死なせたくはありません」
「なら私も、自己満足で付いて行きます」
不死者の言葉を待っていたかのように、それまで黙っていたウェスタが口を開く。問題は不死者の発言のせいで、彼女の発言に筋が通ってしまうということだった。自分の意思で付いてくるというのならそれを止めることは誰にもできない。誰が止めようと不死者が魔王を倒そうとするように。
──そうやってお前のせいで人が死ぬのか?
頭に声が響く。しかし彼女の意思である以上、不死者に止めることは出来ない。人の意思を捻じ曲げるような力を不死者は持ちえない。
「…彼女の意思は?彼女にその意思が無いのなら無理強いするのはよくないかと」
何とか言葉を絞り出す。もうウェスタの同行を拒むことは出来ない。だがエニュオにその意志がないのなら、それを強制することもまた出来ないはずだ。彼女がこの国に残るのならば誰もそれを止めることは出来ない。
その場の全員の視線がエニュオに注がれる。
──頼むから断ってくれ。
「…行きます」
決して大きな声ではなかった。しかし確かに意志の存在する声。何かを決意した者の、確固たる意志を持った声。
「私は、怖かった。人が死んでいくのが。許せなかった、護れなかった自分が。それでも逃げ出す勇気も、諦める勇気も無かった。何より許せないのはそんな自分だった」
不死者はそんな彼女の言葉に耳を傾けていない。頭の中に響く自身を責める声と頭痛が、どんどん強くなっていく。
「しかし彼の言葉を聞き理解しました。護りたいと願うのなら、戦いの原因を解決しなければいけない。魔王を倒さなければいけない。もとより皆を護るために振るうと決めた力です。必ずや魔王を倒し、この戦いを止めることを誓います」
決意に満ちた声。その引き金を引いてしまったのは不死者だ。口は禍の元とはまさにこのこと。そんな軽率な発言を責め立てるように頭痛は強くなっていく。
「不死者殿、お願いできますかな?」
国王より投げかけられた問いに。
「…はい」
不死者が絞り出せたのはその一言だった。
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