第12話 防衛戦第二幕
人間対オークの戦いでは、オーク一匹に対して数人の人間で戦うのがセオリーだ。これはオークと人間の体格差を考慮したものであり、4人も居れば一匹のオークを倒すのには苦戦しないだろう。
しかしその戦場において、オークと人間の数はほぼ互角だった。人間とオークが正面から相対した場合、オークが勝つことがほとんどだろう。それほどまでに力の差は大きい。
だが例外もある。一つは人間側が高度な魔法を使えた場合。この場合力の差は関係ない。オークの攻撃が届くより先に魔法で殺すことが出来れば人間にも勝ちの目はある。しかし多くの人間はそんな威力の魔法は使えない。もし使えたとしても、それは長くは続かない。一匹を倒したところで次の一匹に殺されるだろう。魔力はこの世界の人間にとって体力と同じようなもの。使えば使うほどに肉体には疲労が蓄積する。高威力の魔法を高頻度で撃つというのは自殺行為に等しい。
だがこの戦場にはそれを成しえる者がいた。
「荒ぶる炎よ!眼前の敵を焼き尽くせ!」
エルフの少女ウェスタは、既に十を超えるオークを焼却していた。エルフと人間の違いは寿命や見た目だけではない。その魔力量にも大きな差がある。また魔力の回復速度も人間の比ではない。しかしそれでも。
「ハァ…ハァ…まだ!」
その肉体には疲労が見え始めていた。正確に言えば脳への負荷。魔法を使用する際には魔力を消費する。よって魔力こそが魔法の要のように思われるが実際には違う。魔力はあくまで魔法使用の燃料にすぎない。魔法において最も重要なのは脳である。魔力の操作や処理、術式の構築及び展開を行うのは脳だ。故に魔力量が多くても魔法を使えない魔物は多い。実際には脳へのダメージが深刻になる前に自身の魔力が切れる場合がほとんどだ。
しかし今のウェスタはそうではなかった。彼女自身も気づいてはいない。無尽蔵とも呼べるほどに魔力の回復速度が上昇していることに。本来時間をかけて回復するはずの魔力、それが見る見るうちに回復していく。故に先に悲鳴を上げたのは脳だった。
それでも彼女は魔法を使い続ける。頭は激しい痛みで割れそうだ。それでも、目の前の敵を打ち滅ぼすために。一人でも多くの人を救うために。何より自身を救った彼にもう一度着いていくために。彼女は戦い続けていた。
人間対オーク、二つ目の例外。それは単純に人間がオークより強かった場合。本来大きな差があるはずの人間とオーク。しかしそれを覆す力を持っていた場合。人間でありながら魔物以上の怪力を持っていた場合は、当然力の強い方が勝つ。そんな人間がどこに居ようか。けれどこれもまた、この戦場には存在した。
「ハァッッ!!!」
エスペロ王国騎士団、その長を務める彼女は、純粋な力でオークを薙ぎ倒していた。相対するオークたちは戸惑った。自身を力で上回る存在に。一匹また一匹と、巨大な槍がオークを貫き薙ぎ倒す。彼女は間違いなくこの戦場において最強の戦士だった。
「絶対にこの先へは行かせん!!!」
実際には彼女の力は純粋な力ではない。彼女は人よりはるかに多い魔力量を持って生まれてきた。しかしその代わりとでもいうように、彼女の脳は魔法が使えなかった。その魔力を放出する事が出来なかった。そこで彼女は自身の体内に魔力を循環させた。魔力を用いた魔法の代わりに、魔力を用いて肉体を強化した。鍛え上げられた肉体を魔力によってブーストする。それが彼女の戦い方だった。その効果は凄まじく、数匹のオークを相手にしても彼女はそのすべてを打ち倒していた。
――それにしても数が多い!数十匹どころじゃない!
しかし戦況は人間側の劣勢。集団で見たとき、人間側はオーク側に劣っていた。数の問題も勿論ある。しかし一番の問題は兵士に溜まった疲労だろう。魔導部隊も魔力の回復が万全ではない。敗北も時間の問題、そのはずだった。
――一部のオークが引き返していく?
一部のオークが後方へと戻り始めた。それに困惑したような様子のオークも居る。オークの統率が乱れ始めていた。
――何が…。
思い当たることが一つあった。先日の戦いでも起こった現象、その原因。ゴブリン側も人間側も予期していなかった存在。不死者。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
気付けば、再びあの大草原。不死者はエスペロ王国まで戻ってきてしまった。あれから森の中をオークを殺し、オークに殺されながら駆け抜けてきた。しかしその程度では群れの勢いは止まらなかった。
「ッ!」
また一匹オークを殺す。オークの考えは正しかった。彼が死なないとわかった以上、それを無視して目的地まで走る。数匹を足止めとしてあてがいその隙に進軍。至極真っ当な考えだ。現に彼がここにたどり着くまでにはそこそこの時間を要した。先頭集団に至っては既に騎士団と戦闘を始めていた。
――一匹でも多く殺す。
抱くのは殺意。あの時と同じ、目の前の敵を確実に殺すという意思。戦っているうちにわかったことがある。肉体の都合上、勝つ必要はないということ。相手は死ぬが不死者は蘇る。ならば相打ちでいい。敵の攻撃を避ける必要がない。寧ろ一発で死んだ方が立ち直りが早い。この戦いにおける最適解は一発で殺し一発で死ぬこと。
――よし、いや。
剣がオークの喉を貫いたのを確認する。オークの槍は不死者の腹を貫いている。しかしそれでは死に至らない。槍の柄を折り次の敵に襲い掛かる。
慣れてきたのかアドレナリンか、痛みは既に感じなくなっていた。殺害は徐々に効率化されていく。
ふと、先程のことを思い出す。魔物も命乞いはする。彼らも生物なのだから当然だ。
――だが殺す。奴らが人を殺すように、俺は魔物を殺す。
彼の根底にあるものはエゴだ。自己満足でしかない。そんなことはわかりきっていた。人間を助ける、他でもない自分自身のために。傍から見れば善性であろうその意思を、今再び噛み締める。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
不死者が群れの本体までたどり着いたことにより、傾いていた戦況が五分まで戻る。お互いにあと一手が足りない。このままでは泥沼の消耗戦。そうなった場合困るのは人間側だ。しかし人間側でこの戦況を変えられる者はこの戦場には存在しなかった。この戦場には。
初めに気付いたのは魔導部隊だった。後方からの支援や遠距離攻撃が主となる魔導部隊が、その存在にいち早く気付いた。自分たちの後方から来る存在に。ある者は夢だと言った。ある者は驚愕で硬直していた。またある者は間に合ったのかと安堵した。
「伝令隊より全軍へ!援軍が到着しました!」
戦場に大きな声が鳴り響く。魔法を使った伝達は、先頭で戦う者の耳にまで届いていた。
――援軍!?
心当たりがない。この戦いには本来城で待機しているはずの人員まで参加している。城に残っていたのは怪我人や研究班だけのはず。後方を確認する余裕はない。しかし確かに、後方には先程まではなかった気配がある。それも一人や二人ではない。数十人は居そうなほどだ。
――何が。
気付けば彼女と同じ最前線に、多くの兵士が集まってきていた。数的有利が生まれる。戦況が傾く。今度は先程とは逆、人間側に。次第にオークの数は減っていく。オーク一匹に対して数人の人間、セオリー通りの戦い。
逃げかえるオークたちも居た。しかしそれらが逃げることは出来なかった。自分たちの後方には既に大量のオークの死体があった。オークの知性はゴブリンよりも高い。故に気付いてしまう。ゴブリンであれば死体など気にせず後方へ駆け出していただろう。しかしオークはそれをしない。助からないのがわかってしまうから。
「ナゼ…」
一匹のオークが口走る。当然の疑問だ。後方に居た人間は、多少厄介だというだけで強くはなかった。力も弱く、すぐに死ぬ。何度も立ち上がるが、何度も死ぬ。痛いのは怖い。死ぬのは怖い。それは人間であってもオークであっても同じだ。だから痛めつけ続ければ、殺し続ければいつかは諦める筈だ。その筈だった。
そして気付く。何度も立ち上がることの脅威に。自分たちが力だけで勝てると判断していた存在の狂気に。
「ガアッ!?」
立ち止まってるうちにも、多くの同胞が死んでいく。確実に勝てる戦いの筈だった。しかし既に一部のオークは戦意を失っていた。
「グゾッッッ!!!」
ハンマーを構え走り出す。何がいけなかった。自分たちは正しかったはずだ。ならなぜ負けた?なぜ今自分は逃げるために目の前の人間に襲い掛かっている?わからない。オークはゴブリンよりも賢い。しかしそれでも彼らはそれを理解しえない。
振り下ろされたハンマーが不死者を捉える。それと同時に下からの剣が喉を貫く。相打ち。本来はそれで終わるはずの戦闘。しかしオークにとって相打ちは敗北だった。正面には人間の軍が、後方には不死者がそれぞれオークを殺すために存在している。この時点で勝敗は決していた。この日の戦闘を生き延びたオークは存在しなかった。
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