第10話 再出発
不死者を待ち受けていたのは様々な検査だった。採血に始まり魔力検査等というものまで、多種多様な検査を受けた不死者を待っていたのは。
「牢屋暮らしか」
連れてこられたのは小さな城の一室。重苦しい鉄製のドアと申し訳程度に空いた窓の鉄格子がより圧迫感を演出する。信用されていない以上当然ではあるのだが、漸く休めると思った矢先の出来事だ。精神的なダメージは大きい。
「団長から話があるそうだ。来い」
騎士団の対応も決して良いとは言えないものだった。敵意剝き出しの目線が不死者に突き刺さる。
「失礼します!」
やってきたのは小さな部屋。内装の絨毯やランプから貴族の一室を思わせる部屋だ。
「ご苦労。君は下がっていてくれ」
室内にはテーブルが一つ。それを挟むように椅子が一つづつ置かれている。窓側には既に騎士団長が座っている。目配せで着席を促された不死者はそれに従う。
ここにきた不死者がまず驚いたのが騎士団長の性別だ。身長や重厚な鎧から男性だと決めつけていたが、実際は美しい女性。とはいえ身長は不死者より高く190cmに届くほど。それに服の上からでも鍛えられていることがわかる肉体が、不死者から抵抗の意思を奪う。最も両手を縛られている以上抵抗は出来ないのだが。
「検査結果には一通り目を通させてもらった」
机の上の書類はどうやら彼の検査結果らしい。しかし書いてある文字は読めない。どうやら元の世界とは字体が異なっているようだった。
「結論から言おう。君は魔物ではない。疑ってしまい申し訳なかった」
騎士団長が頭を下げ謝罪の意を示す。不死者はそれに驚きを隠せない。
「その上で君に聞きたいことがある。そのために君をここに呼んだ」
間髪入れずに言葉を続ける。本題を理解する。考えられるのは記憶のこと、異世界のこと、不死のことの三つ。検査で聞かれた際すべてを話した不死者だが、何か気になる点があったのだろう。
「その前に一ついいですか?エルフの少女は無事ですか?」
完全に話のペースを握られる前に不死者から切り出す。草原であった騎士団員は保護対象と言っていたが、それを完璧に信じたわけではない。
「彼女ならこちらで保護している。この話が終わったら案内しよう」
「そうですか。わかりました」
どこまでが本当か、不死者はそんな風に疑ってしまう。
「では単刀直入に聞こう。我々エスペロ王国騎士団に力を貸してはもらえないだろうか」
不死者は自身の耳を疑った。
「それは、騎士団に入れということでしょうか」
「強制はしない。君の不死性の解明や記憶を取り戻す手助けをする。代わりにこの国の防衛に力を貸してほしい。もちろん相応の待遇も用意する」
大方を理解する。騎士団の者たちは戦場で彼の不死性を目にした。何度死んでも甦るというのは、戦場においてこそ輝くものだと考えたのだろう。
──だが。
「お断りします」
「…それは何故?君にとって悪い条件ではないだろう」
冷静に振舞っているようだが、動揺を隠せていない。ようやく騎士団長の感情が見えた気がした。
「俺にはやらなければいけないことがあるので」
「やらなければならないこと…?」
「魔王を倒すことです」
騎士団長の表情が引き攣る。不死者を見る目が狂人を見るそれに変わる。現実の見えていない哀れな者を見る目。
「この国を護って、その先はどうするんですか?」
「その先…」
「貴方もわかっているはずです。それではこの世界に未来はない。確実に人類は滅びます」
彼女は口を噤む。当然彼女だって理解しているはずだ。いや理解しているからだろう、そこまで人類を追い詰めた相手に立ち向かうことは出来ない。ならばせめて滅びまでの時間を先延ばしにするしかない。それがこの世界の人類。
「俺ならどうにか出来るかもしれません」
畳み掛ける。相手の意見に耳を傾ける必要はない。誰が不可能と言おうがやらなければならないのだ。それが彼自身がこの世界で為すべき使命、贖罪なのだから。
「…そうか、わかった。だがエルフの少女、彼女はどうするつもりだ」
「ここで保護していてください。その方が安全なはずです」
「彼女の意思は?」
「関係ありません」
ここまでの会話で、騎士団長が嘘をつけるような人間ではないとわかった。であれば、保護対象であるウェスタを無理に連れて行く必要はない。不死者のエゴに巻き込んで死ぬよりは、ここで滅びまでの時間をすごす方がいいだろう。
「君は何故、魔王を倒そうとしている?アレの強さを知らないからか?」
「強かろうが何だろうがやらなきゃいけないんです。それが恐らく、俺がここにいる意味だから」
「逃げたいとは思わないのか?」
「思いません。結果として、俺の手で一つでも多くの命が救えるならそれでいいです」
「…そうか。君のような者を、英雄と言うんだろうな…」
――英雄、だと?
頭に声が響く。発作のようなそれを深呼吸で抑え込む。
――違う。俺は英雄なんかじゃない。寧ろ真逆の。
しかし頭痛と声は収まらない。責め立てるように言葉が紡がれていく。
――忘れるな。お前は。俺は、死ぬべき人間なんだ。
「大丈夫か?呼吸が荒いようだが」
「…大丈夫です」
乱れた呼吸を整える。沸騰しそうな頭に、目一杯冷たい空気を取り入れる。そうして頭痛はようやく収まった。
「…明日には君は自由の身だ。最後にエルフの少女のところへ案内しよう」
騎士団長に連れられ外に出る。多くの人が行き交う音。様々な人の声。ここにいる人間で最後なのだ。この外にはおそらく人は存在しない。人類の最後の国。滅びへ向かう最後の地。
「ここだ」
案内されたのは豪華な館だった。元の世界でもテレビでしか見ないような豪華さだった。ウェスタと自身の扱いの差に驚きつつ、騎士団長の後に続く。
「あっ!不死者様!」
二階の窓から声がする。目をやると手を振るウェスタが見えた。部屋の中へ走っていく。おそらく降りてくるのだろう。
「随分と懐かれているのだな」
「そうみたいですね」
「本当にいいのか?これが別れで」
「はい」
玄関の大きな扉が開き、ウェスタが走ってくる。綺麗な服を着たその姿は、まるでどこかのお姫様のようだった。
「不死者様!もう検査は終わったのですか?」
「それがまだなんだ。俺の体にはわからないことが多いらしくて。だからウェスタはもう少しだけここに居てくれ」
「わかりました!でも出発のときは言ってくださいね!どこまでもお供すると決めたので!」
「…ああ、わかった」
ウェスタが手を振り館へと戻っていく。
初めて他人に嘘をついた。
──嘘を吐くな。
かつて義姉が言っていたことを思い出す。嘘をつくのはいけないことだと。でもこれは、彼女を守るための嘘なのだ。嘘も方便というもの。不死者はそう自分に言い聞かせる。なんだかそうしないといけない気がした。
翌朝、というよりは未明。目を覚ました不死者は荷物を纏めて出発の準備をしていた。荷物といっても元々着ていた黒ジャージに、ゴブリンの斧のみ。折れた剣はかけられていた魔法の調査のために騎士団に渡してしまった。
「もう行くのか」
「朝早いんですね」
城を出る直前、騎士団長に声をかけられる。
「これを持っていけ」
彼女から手渡されたのは直剣だった。重すぎず軽すぎないちょうどいい重量。長さも取り回しやすいサイズだ。
「そんな斧一本じゃ不安だろう」
「ありがとうございます」
「私はこれくらいしか力になれないからな」
「十分です」
彼女の顔は、決して明るいものではなかった。死にゆくものを見送る目。これまで多くの仲間を失ったであろう彼女の、寂しそうな目。
わかっているのだ。不死と言えど、それだけの男が魔王を倒すことはありえないと。人類はこのまま滅びていくのだと。それでも逃げることも、諦めることも出来ない。滅びを遅らせることしか出来ない無力な自分にも向けられた目。それが痛いほどわかる。
──だが俺は違う。
これは与えられたチャンスだ。犯した罪を償うためにも、必ず成し遂げなければならない。
不死者は彼女に背を向け歩き出す。冷たい朝の風が吹く。その風は、背を押す風にしては冷たすぎた。
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